第51話「キマイラ」⑫

 ご主人様に槍を喉奥に突き立てられ、怒り心頭のキマイラ。シャルロット様に飛び掛かり、その太い前足が振り下ろされる、その瞬間でした。


「ぐっ……!」


 咄嗟に"火の奇跡"も使えず、盾も持たない無防備のシャルロット様を押しのけ、ご主人様がその一撃を受けたのです。


「レード!」


 キマイラの鋭い一撃を右手で受けたご主人様でしたが、チェインメイルの腕部分から革手袋はもちろん、中の手甲まで切り裂かれ、もう血塗れです。


「俺に構うな!熱いのをかましてやれ!」


「うっ……うん!」


 シャルロット様の左腕から再びほとばしる炎。キマイラもそれに対して、火の息を吐き出しますが……


「グォ……!グォォア……!」


 次第に火の息は小さくなってゆき、荒々しく吐き出される息もだんだんと聞こえなくなり、ヨダレを垂らしもがき苦しみだすキマイラ。終いにはドッと倒れ込み、ピクピクと痙攣した後、動かなくなってしまいました。


「ふぅ……自らが吐き出す高温の火の息により喉奥に刺さった槍の穂先が溶け、気道が塞がり窒息死。上手くいったな、シャルロット」


「そんな事より腕を見せなさい!……うわぁこれはひどい……直ぐに治療するから、じっとしてて!」


 そう言うと、シャルロット様は慣れた手つきで腕の上方を革紐で縛ってから流れ出る血を拭き取り、強い酢を腕に塗り傷口を縫合し始めました。


「くぅぅ!染みるぞ!」


「消毒のためよ。騎士なんだからこんな事で泣き言言ってどうするの」


「それにしてもベレロポンのキマイラ退治の応用とは、どこでギリシャ神話なんて知ったんだ」


「あなたよ」


「俺?」


「四年前、私に木剣とロザリオを渡しながら言ったじゃない。剣だけじゃなく、チェスや本にも嗜まないと立派な騎士になれないって。あれから私、剣だけじゃなく本にも打ち込んだのよ。チェスの方は全く上達しなかったけど」


「そうか……少し見ない間に随分と立派な騎士になったものだな」


 優しい手付きで包帯を巻くシャルロット様を見つつ、しみじみと言うご主人様。それを聞き、シャルロット様も満更では無いようです。


「そっ、そんな事より首!キマイラの首はどうするのよ!結局この場合はどちらがトドメを刺した事になるのよ!」


「考えるまでもない。2人で協力して倒したんだ、トドメも2人で刺したって事になる」


「そんな事言っても……」


「そしておあつらえむきに、この怪物には首が2つある。それぞれを切り落として持って帰れば良いって訳よ」


「……!なるほどねっ!」


 こうしてエデッサ周辺に出没し、避難民を襲うと言う凶暴な怪物、キマイラの討伐は完了しました。今回の怪物はさしものご主人様でも、1人では手に負えなかったでしょう。立派な騎士となられたシャルロット様に再会という神様の思し召しに感謝です。……私も脳筋と思ってたのを取り消さなければなりません。

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