第52話「グーラー」①

 異歴1146年9月15日、エデッサが陥落してから約2年が経過した頃、ザンギーが亡くなりました。破竹の勢いで勝利を重ね、十字軍国家に脅威を与え続けたイスラム教勢力の実質的な指導者の死因は、寝てる間に彼の酒を盗み飲みしていた下僕が、それをたまたま起きてきたザンギーに見つかったため、罰せられるのを恐れるあまり短剣で刺し殺したためでした。


 異歴1146年10月27日、これを好機と捉えたエデッサ伯ジョスラン様は現地キリスト教徒であるアルメニア人の黙認の下、エデッサへの入城に成功。エデッサ奪還成功と言う快挙を成し遂げたかのように見えました。が、それは本当に一瞬の喜びでした。


 異歴1146年11月3日、ザンギーの跡を継いだ息子のヌール=アッディーンが再びエデッサを攻略、アルメニア人は全員処刑されるか追放。ジョスラン様は再び逃亡に成功されたらしいですが、これでエデッサ伯国の滅亡は完全なものとなりました。


 さる1145年12月1日には、聖地にいる同胞の危機を知り、ローマ教皇エウゲニウス3世が新たな十字軍の編成を求める勅書を出し、既に何人もの貴族や王が十字を取る、即ち参加を表明しているとの事ですが……


 こんな時でも、いやこんな時だからなのか、怪事件の起こる聖地エルサレム。そしてもはや当たり前のように、その調査と解決を言いつけられるご主人様。


「全く、厄介ごとばかり俺に押し付けやがって。その内、追放がてらに1人でエデッサ伯国を奪還して来いと言われるぜ」


「そんな事はありませんよご主人様。怪事件の調査や怪物退治を言いつけられるのは、ご主人様が名実共にテンプル騎士団一の怪物退治の達人だからです。何せキマイラを倒し、その首を持ち帰った方なのですから」


「キマイラの首と言っても、山羊の尻に繋がった蛇だけどな……」


 やれやれと言わんばかりのご主人様。とは言え今回の怪事件、つまり聖地エルサレムを最近賑わせている"人食い事件"、つまり被害者は婚姻をしたばかりの新郎で、それがある日食い荒らされ、無残な死体となって発見された事件となれば、ご主人様も真面目に調査に取り組まざるおえません。本当にご主人様は素直ではありませんね。

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