第41話「キマイラ」②

「エデッサに行くのはヤッファやテコアに行くのとは訳が違う。長旅になるから準備は怠るなよ」


「はいご主人様。騎士団付きの鍛治師と革細工師に依頼して鞍と鐙の修理はもちろん蹄鉄の付け替えも済みましたし、それに馬には特別にカラス豆を混ぜた牧草を食べさせました」


 エデッサ伯国は十字軍国家の中で最も北に位置しており、エルサレム王国からはトリポリ伯国、アンティオキア公国を越えてようやく到達できる場所です。しかもエデッサ伯国は海に面していない内陸部に位置しており、ユーフラテス川沿いにある都までは遠く険しい道のりで、ここからだと20日から1ヶ月は掛かる距離。加えて戦場の跡となると、当然多くの怪物とサラセン人が跋扈しているとも考えられますので、準備は万全にしておくのに越した事はありません。何せ、怪物とは人の心が荒み、血の流れる場所に多く出没するものなのですから。


「ならそろそろ出発するか」


「はい、ご主人様!」


 こうして私達のエデッサ伯国への旅が始まりました。目的地はバグラス城、テンプル騎士団所有の城塞の中では、最もエデッサ伯国に近い城。まずはそこで怪物についての情報収集です。本当はヤッファ辺りから最寄りの港まで船で行くのが早くて安全なのですが、もちろんそんな贅沢をする金も支給されず、ひたすら徒歩と馬で目指すこととなります。


「こんな時にエデッサに怪物退治とはな……本部はよっぽど俺を厄介払いしたいと見える」


「そんな事はありませんよご主人様。今回の任務も、怪物退治の達人としてご主人様が選ばれたのですから」


「物は言いようだな。とにかく今は到着した頃にはエデッサ伯国全てが既にサラセン人の手に堕ちてたなんて事が無いのを祈るだけだ」


 エデッサが陥落したとは言え、エデッサ伯ジョスラン様は未だ健在、今は反攻作戦を練っている最中とも聞きますし、そうすぐには大丈夫だと思いますが……確かに不安です。


 とは言え任務は任務。本部を出発して、海沿いの都市を繋ぐ道をひたすら歩きます。最初に訪れた国、エルサレム王国の北、サン・ジル伯レーモン様とそのご子息ベルトラン様が建国したトリポリ伯国は面積だけなら十字軍国家最小ですが、トリポリを初め多くの港湾都市を抱えています。


 しかしその更に北にある、アンティオキア公国はタラント公ボエモン様が獲得した公国なのですが、エルサレムを除いては十字軍国家最大の都市アンティオキアを擁するとても大きな国、おまけにビザンツ帝国との宗主権争いが絶えない場所です。ですが、ご主人様はこの国の地理に明るく、道に迷う事もなくスイスイ通って行くのでした。






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