第42話「キマイラ」③

 アンティオキア公国の都アンティオキアまで迷う事も無く辿り着いた私達。周囲を高い城壁と多くの塔に囲まれたこの都市は、見た目通りの難攻不落な巨大城塞です。陽も傾き始め、多くの人達が幾つもある城門から市内に入って行くのが見えます。


「ご主人様、今日はここで宿泊ですね?」


「いや、バグラス城までもう少しだ。今日はこのまま進むぞ」


「でもまだ半日以上は掛かる道のりですよ。今夜は無理せずここに宿を求めた方が……」


「ダメだ。もし途中で陽が落ちたらそこで野宿だ」


「しかし……」


「いいから行くぞ。もう今の俺にはアンティオキアに入る資格なんて無いんだからな」


「承知しました」


 頑なにアンティオキア市内に入ることを拒むご主人様。言ってみればアンティオキアはご主人様の第二の故郷みたいなもの、何も気にすることは無いと思うのですが。と考えつつアンティオキアを通り過ぎ山間の道に入った所で案の定、すっかり陽が落ちてしまいました。致し方ありません、今日も野宿です。宿を取っていれば、せめて藁葺きベッドで寝られたのですが。


 私の準備したパンとチーズに塩漬け肉を食べ、ワインも飲まれたご主人様。その後、私は先に休んで良いとの事なので毛布にくるまりましたが、その時チラリと見た、焚き火の側に座りアンティオキアを眺めるご主人様の物思いに耽る横顔は、何か懐かしそうにしていると言うか、物哀しそうにしていると言うか、複雑な表情を浮かべていました。


 そして明くる日、日差しの眩しさで目を覚ますと、ご主人様は既に起きており、荷物袋にワインの瓶やら鍋やらを詰めてる所でした。それを見て慌てて毛布から這い出し、駆け寄ります。


「申し訳ございませんご主人様!遅くなりました」


「おはよう寝坊卿。さっさと準備して出発だ」


 正直まだ眠いですが、ご主人様を働かして私は高いびきなど出来るはずもありません。目をこすり、欠伸を堪えながら馬に手綱と鞍を付け、出発です。


「もう少しでバグラス城ですね、ご主人様。一体どんな所なのですか?」


「アンティオキア公国の北端近く、エデッサ伯国とサラセン人の支配地域にほど近い場所にある城だ。ザンギーの本拠地であるアレッポからも近いんだが、正直小さな城だな」


 アレッポやエデッサ伯国から近いと言う事は、今や最前線とも言える場所に建つ小さな城。正直不安になりますが、今回の任務はサラセン人との戦闘ではなく、怪物の退治。怖気付いていたら、私まで怪物の腹の中に入ってしまいます。丘を越え荒野の向こうに見えてきたバグラス城を前に、そう自分に言い聞かせました。

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