第40話「キマイラ」①
異歴1143年にエルサレム王国のフルク王が亡くなり、ボードワン3世が新たに国王に、その母メリザンド様が摂政に就きましたその翌年、異歴1144年12月23日、聖地エルサレムに激震が走りました。この日、ザンギーが十字軍国家の一つであるエデッサ伯国の都エデッサを一ヶ月の包囲の末、陥落せしめたのです。エデッサ伯国は最初に成立した十字軍国家であり、その都の陥落は大きな衝撃となって駆け巡りました。聞いた話によると、陥落の際、惻隠の心に動かされたザンギーによりアルメニア人とギリシャ人は助けられたそうですが、フランク人の多くは老いも若いも市民も聖職者も関係無く虐殺されたそうです。
それから年が明け異歴1145年。留まるところを知らないザンギーの快進撃にテンプル騎士団の総本部がある、ここエルサレム王国も様々な情報が飛び交い騒ぎとなっていました。十字軍国家の中でも最も北にあるエデッサ伯国から距離があるとは言え、ザンギーの最終目標はこの聖地なのですから……
「こんな時にエデッサ伯国に行けと言うのですか」
「正確にはエデッサ周辺、だな。エデッサから周辺の都市に逃れる避難民が、その途中の荒地にてもう何人も怪物の餌食になっている。その怪物の正体を調査し退治する事は、テンプル騎士団が掲げる理念に合致しているからな」
ご主人様が朝課にて言い付けられた特別任務。その詳細を総長ロベール様の部屋にて聞いているのですが、珍しく気の進まない返事をするご主人様。
「エデッサならテンプル騎士団の所有するバグラス城の方が近いですが、そこの連中に任せる事は出来ないのですか?」
「バグラス城は規模も小さく、詰めている修道騎士も少ない。それに今はエデッサ陥落の対応で忙しいらしくてな。今回の任務もバグラス城から本部へ、怪物退治の達人を寄越してくれという要請が来たのが発端なのだ」
「……了解しました。エデッサ伯国周辺に出没すると言う怪物の退治に向かいます。生きて帰れたらまた会いましょう」
一礼して総長の部屋から出るご主人様。自分の部屋に戻ると、早速旅の準備に取り掛かりました。まずは荷造り、荷物袋に武具やら寝間着やら鍋やらハンモックやら酒ビンやらを荷物袋に詰め込みます。テンプル騎士団の会則により、荷物袋は3つまで、即ち修道騎士であるご主人様の袋1つと、楯持ちである私の袋2つまでと定められていますが、今回は不必要そうな物をじゃんじゃん外し、何とか2つに抑えることができました。
「ご主人様、荷物はこんな感じてどうでしょうか」
「上出来だ。にしてもエデッサ伯国、あのバカの建てた国に行く事になるとはな……」
荷物袋の上に腰掛け、何やら考え事をするご主人様。どうやらエデッサにはあまりいい思い出は無いようです。
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