陸羽茶室銃殺事件 ダイジェスト版
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陸羽茶室銃殺事件 ダイジェスト版
香港・中環にある陸羽茶室は1933年開業の由緒ある飲茶専門店で日本人向けのガイドブックには必ず紹介されているほどの名店である。
だが、そんな陸羽茶室で2002年11月30日、現地時間午前9時過ぎに殺人事件が発生したのである。それも、営業中の店内で白昼堂々と犯行は行われたのだ。
被害者となった林漢烈は、元は玩具商で 「キャベツ畑人形」の仕入れで財を成し、更に不動産投資、株式売買などで巨万の富を築き上げた典型的な「成金」である。彼は、葉巻と赤ワインを愛したことから「雪茄林」(葉巻の林)と呼ばれ、社交界で名をはせていた。
だが、そんな林漢烈も深圳市内のゴルフ場会員権にからんで2億香港ドル(当時のレートで約30億円)の債務を抱え、債務の清算の為、裁判を起こそうとしていたが、それとは別件で香港新界・元朗区の不動産業・楊家安ともめ事を起こしていた。
楊家安は元はテレビ局の俳優で、テレビドラマ「大俠霍元甲」に出演経験があり、
ドラマや映画のアクション監督(日本で言う殺陣師に近い)を務めた後、元朗区で不動産業を始め、これが大儲けとなり、広東省佛山市の名誉市民となっていた。
林漢烈と楊家安には借金問題があったと言われ、更に、女性問題なども加わり……
2002年の夏頃には楊家安は林漢烈に対する憎悪と殺意を抑えられなくなっていた。
「林漢烈の王八蛋にはこの世から消えてもらう」
決意を固めた楊家安は香港の中でも湖南省系やくざの大物で「小毛」の二つ名を取る劉一賢と義兄弟の契りを結んだ。
劉一賢は地回りやくざの謝冰に200万香港ドルを渡して林漢烈の殺人をするよう命じた。一方で、劉一賢は楊家安の妻の甥・何可夫と楊家安の運転手の崔銘揚に林漢烈の写真や 身辺調査の資料を九広東鉄線と香港MTR観塘線の乗換駅である九龍塘駅の出口で渡した。
2002年11月上旬、謝冰はマカオ人の男を使い、二人の元中国人民解放軍兵士を深圳市福田区内にあるディスコに呼び寄せた。一人は、張志新、もう一人が楊文だった。楊文は人民解放軍時代は銃の扱いに長け、「槍王」(ナンバーワン・シューター)の異名を持っていたが、除隊後は失業し、その日の生活に困る有様だった。
謝冰はマカオ人の使いを通じて、張志新・楊文に40万香港ドルで林漢烈の殺害を依頼、香港への渡航費用と偽造パスポートの他、林漢烈の写真、行動パターンの資料を渡した。
「この銃で林漢烈を殺せ」
11月27日、深圳市の羅湖口岸から入境した張志新・楊文は九広東鉄・旺角駅(現・旺角東駅)で謝冰と合流し、携帯電話と銃を受け取った。
張志新・楊文の二人は11月28日と29日に中環・陸羽茶室周辺で林漢烈を待ち伏せしたが、林漢烈は来なかった。だが、二人はその間に店の下見と周辺の地理を覚えていたのだ。
――― そして、運命の11月30日がやってきた。
その日、午前9時に林漢烈は友人3人とともに入店。18番テーブルに座った。
「ヤツは18番テーブルにいるぞ!」先に入店していて、それを確認した張志新は携帯電話で楊文に連絡した。
「ちょっと、ごめんよ」その足でカウンターに行き、勘定をしようとした。
「なんですか?」カウンターにいた従業員は普段聞き慣れている広東語とは違った
普通話で喋る張志新に少し戸惑いつつも返事をした。(この人、大陸から来た人なのかな……?)
「全部でいくらだい?」
「勘定ですか?ちょっと待ってて下さい」
数分後、従業員は伝票を基に料金を告げた。「70.4ドルになります」
「分かった!100ドル払う!お釣りはいらない!……それと、ちょっといいかな?トイレはどこだい?」
「後ろの方を右に曲がってください」
「分かったよ、ありがとう!」
「どういたしまして!」
張志新はカウンターで勘定を済ますと、従業員にトイレの位置を聞き、トイレに向かった。
そして、張志新と入れ替わるようにして楊文が現れた。
楊文は気配を殺しながら林漢烈の背後に近づくと…… 躊躇なく、ゼロ距離から左のこめかみと腹部に発砲した。
「いやあああああァァッーー!」
「何事だ!何が起きたってんだ!?」
「あの人が銃で撃たれたんだ!」
「死んでます!もう、死んじゃってますよォォォッ!」
突然の出来事であった。林漢烈は脳天から大量に出血して昏倒し、彼の友人や他の客、そして店の従業員たちは恐慌状態になっていた。
「本当に酷いよ!」
「いったい、どうしたらいいの?」
「とにかく警察に電話だ!」
林漢烈は救急車で病院に搬送されたが、既に心停止状態だった。死亡時年齢54歳。
張志新・楊文の二人は店内の混乱を尻目に逃走。1キロほど離れた上環の信徳中心に隣接するフェリー乗り場からマカオ行きのターボジェットに乗って逃走した。銃と来ていた上着は逃走途中のファーストフード店のゴミ箱に捨てたとも、マカオのレストランで処分したともいわれている。
更に楊文はマカオからフェリーに乗って広東省珠海市に逃走した。
「ご苦労だったね。まずは1万ドルずつ払うよ」
その後、二人は謝冰と深圳で落ち合い、成功報酬として1万ドルずつ受け取り、湖南省内に潜伏し、残りの報酬を待つ事となった。
だがしかし、香港警察と広東省公安庁の捜査が進む中で、不正パスポートの使用で足がついた張志新は12月15日に湖南省長沙市内で逮捕。
更に数日後には楊文の友人で二人を匿っていた鄔衛吾も逮捕。
12月18日には雲南省西双版納に逃亡していた謝冰が逮捕。
殺害実行犯の楊文は2003年1月、湖南省張家界で逮捕された。
警察はすでに逮捕した4人への追及から、劉一賢の存在を割り出し2005年12月に逮捕。劉一賢の逮捕とほぼ同じ頃、即ち2005年12月、事件の黒幕・楊家安は深圳市内のカラオケバーに いたところを何可夫と崔銘揚とともに逮捕された。
2007年7月、深圳市中級人民法院で3回の審理を経た判決が、8人に下された。
事件の黒幕・楊家安、終身刑。
謝冰に200万ドル渡し、林漢烈の殺害を命令した劉一賢、終身刑。
実行犯に報酬と銃、携帯電話を渡して司令塔的な役割を果たした謝冰、終身刑。
楊文の凶行をアシストした張志新、懲役13年。
殺害実行犯の楊文、死刑。
張志新・楊文の二人を匿った鄔衛吾、懲役3年。
尚、何可夫と崔銘揚は証拠不十分により無罪となった。
有罪となった6人のうち、楊家安と劉一賢以外は犯行を認めた。楊家安は今も頑なに否認し、無罪を主張しているそうだ。「私は林漢烈などという男は知らない。これは私を嵌める為の罠だ。そうに決まっている!」
陸羽茶室は事件発生後も、捜査当局から営業中止命令が出てないことを理由に捜査中も営業を続けていた。そして、現在も香港中環・スタンレー街で営業中である。
「お勘定!」と一人の日本人観光客が普通話で従業員に言った。
「お勘定ですか?わかりました」
「とても美味しかったです。全部でいくらになりますか?」
「伝票渡すからちょっと待ってて」
(点心2つで142.8ドルか。噂通りに高いな)そんなことはおくびにも出さず日本人観光客は言った。「150ドル払います。お釣りは要りません!」
「そりゃ、どうも。ええっと、お客さんは日本人ですか?」
「そうですが」
「実は、この18番テーブルで殺人事件が起きたんですよ!」
「それを早く言え!!」
事件があった18番テーブルは欠番にならずそのまま残してあるが、やはり地元の人間はそのテーブルには座りたがらず、事情を知らない日本人観光客が通されることが多いそうである。 (終わり)
※1 王八蛋=中国語における最低・最悪の罵倒語。英語の「Son of a bitch」、
スペイン語の「Hijo de puta」に相当する。
※2 香港では広東語がよく使われ、普通話(中国共産党政府が定めた共通語)は
広東語に比べるとあまりポピュラーではない。
参考資料
陸羽茶室槍殺案(中国語サイト)
ttps://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E7%BE%BD%E8%8C%B6%E5%AE%A4%E6%A7%8D%E6%AE%BA%E6%A1%88
林漢烈以椰菜娃娃生意起家(中国語サイト)
ttp://hk.apple.nextmedia.com/news/art/20061026/6445024
林漢烈命案轟動中港(中国語サイト)
ttp://the-sun.on.cc/cnt/news/20110813/00407_014.html
陸羽茶室殺人事件(日本語サイト)
ttp://www.jptime.tv/riehk/HP/case1.html
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