8-5
2019年7月16日 15時
個人の携帯電話に着信が入る。
「もしもし、松笠です」
「私、幼稚園の者ですが……カズオ君のお父様ですか?」
声の主は、花蘇芳が通う幼稚園の先生のようだ。少し落ち着かない様子だが何かあったのだろうか……。
「申し訳ありません……カズオ君が行方不明になってしまいました。昼食までは姿を確認していたのですが……今全職員で探していますが、一時間以上経っているためご連絡させていただきました……遅くなり申し訳ありません……」
言葉が上手く出てこない。奥歯がカタカタと鳴るのが分かる。
花蘇芳が……行方不明……?
「え……園から抜け出したって事ですか……? どうやって?」
「……分かりません……今は職員総出で園の周辺やバスのルートを探していますが、まだ連絡が無く……奥様にも連絡したのですが、電源が入っていないようで……。警察にも届けた方が良いかと思い、お父様にご連絡させていただきました」
牡丹は何をしているのか。普段ならとっくに花蘇芳と家にいなければいけない時間だ。
園の職員との電話を切り、同僚に事情を説明して早退する。
一度、牡丹を確認するため自宅へ向かう中、充悟に電話する。
「親父! 花蘇芳がいなくなった! 俺も今から探すから、一度ウチへ来てくれないか? 鍵はポストへ入れておくから」
充悟が何か言っているが、それどころではない。車に乗り込み急いで自宅へ向かう。
17時30分
幼稚園から自宅付近をくまなく探し、近隣の住民にも聞き込みをしたが、有益な情報は皆無だった……。
牡丹とは未だに連絡が取れず、自宅にも姿が見えなかった。
いよいよ、陽も暮れ始め警察へ捜索を依頼しようとした時に携帯電話が鳴り出す。
「もしもし! 梁松さん……良かった、丁度連絡しようと思ってたんです」
「--公平君……落ち着いて聞いてくれ」
このタイミングで警察署長の梁松からの電話。まさかとは思うが……。
想像し得る中で、最悪の言葉が紡がれる。
「花蘇芳君が……発見された……」
ふっと糸が切れた人形の様にその場へ座り込む。電話の向こうでは何か言っているようだが、携帯電話を耳元まで持ち上げる気力すら奪われていた。
玄関先で座り込む公平に、丁度到着した充悟が肩を貸す。
「どうした? 花蘇芳は見つかったのか?」
充悟にまだ繋がっているであろう、携帯電話を無言のまま渡す。
「もしもし?」
「……充悟さん?」
「あぁ……梁松か。今、合流してな。花蘇芳の件か?」
「……出頭者の車両で発見されました。公平君は確認に来れそうですか?」
「……そうか……。連れて行くよ。後で署長室の方に顔を出す。少し話したい事があるんでな……」
通話を終了し、依然として項垂れている公平を車に乗せる。
「公平……今から花蘇芳を確認するため署へ向かうが、大丈夫か……?」
項垂れ一点を見つめている息子に問い掛けるが返事は無い。
「……必ず仇は取らせてやるからな……必ず」
運転しながら充悟は呪詛のように呟いていた。
署長室には梁松と充悟の姿があった。
「公平君は……大丈夫ではないですよね……」
「あぁ……あんな姿になって……俺は耐えられなかったよ」
警察署に到着し、二人で遺体安置所へ案内されたが、公平の狼狽した姿に耐えられず、充悟は先に署長室へ足を運んでいた。
「それで……話っていうのは?」
「……今回の件で、担当を公平に出来ないか検事正に頼めないか?」
「充悟さん……気持ちは分かりますが、花蘇芳君は公平君の……阿左美さんの時と同様に--」
「--違うんだ……。花蘇芳と公平は……親子じゃない。縁組みもされていないんだ……」
「まさか……そんなはずはないでしょ?」
充悟は首を横に振りながら、一枚の宛名の無い封筒を取り出し梁松へ手渡す。便箋を取り出し、読み進める梁松の顔は徐々に歪んでいった。
「何の冗談なんだ……これが本当なら……公平君は……」
「頼まれてくれないか? こいつの事も……俺達の全てを奪った、こいつだけは赦せなくてな」
手紙の一文を叩く指には一層の力が込められている。
「分かりました……検事正には今から連絡してみます。もう一つは、少し時間をもらいます……証拠が少ない上、所在も分かりませんので。しかし……いいんですか? 公平君に伝えなくて……」
「公平には、俺から伝えるよ……すぐにって訳にはいかんだろうからな……全て片付いたら話すよ」
署長の梁松との面談を終え、安置室へ向かう。少しは落ち着いただろうか……。ロビーの座椅子に腰掛け酷く疲れた様子の公平を見つける。
「どうだ……少しは--」
「親父……ウチの猫を暫く預かってくれないか? 上と掛け合って担当にしてもらう。こんなの諦めきれないだろ」
「……あぁ、そうだな。お前まで俺と同じようになる必要は無い。必ず仇を取ってくれ」
一度自宅へ戻り、充悟に合鍵とキャリーケースを渡しすぐに地検へと向かうため自分の車に乗り込むと外から声を掛けられ、窓を下げる。
「公平……俺は力になれなかった。ただ、お前は違う。今度こそは……お前だけは、大事な人を救ってやれよ……」
「あぁ……当たり前だ。それじゃ、牡丹から連絡あったら……伝えておいてくれ」
手を振り、車を発進させる。牡丹に連絡を取ろうとするが、依然として繋がらない事に苛立ちを覚える。同時に十年程前の薄らいでいた記憶がぼんやりと思い出された。
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