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 2008年8月

 予定よりも長い入院生活を送ることになっていた。それでも、あと僅かで退院できるらしい。

 今日もいつものように友人が見舞いに訪れていた。


「お願いがあるんだけど……家に残ってる荷物を取りに行きたいんだけど……手伝ってくれない? キクちゃんが仕事でいないお昼に行きたいんだけど」


「いいわよ。でも、大丈夫? 私一人で行ってこようか?」

 

 必要な物は洋服や小物、服飾品で数は多く無かったが、やはりあの家へ戻ることは躊躇してしまう。


「……それじゃお願いしてもいい? 鍵渡すから」


 友人へ持って来て欲しいものを記入したリストと鍵を渡し、公平の車の特徴を伝える。


「昼間はいない筈だけど一応駐車場も確認してみてね。それと、鏡は部屋から出たらポストに入れておいて。それがあるとこの先も甘えてしまうかもしれないから……」


「もうすぐお昼ね……真記が食事の間に行って来ようかしら。あ、でも……。ごめん何でもない、それじゃ今から行って来るね」


 友人は何かを言い淀んだようだが、すぐに支度を整え病室から足早に出て行った。



 この四ヶ月の間、多くの人に迷惑と心配を掛けた。これから自分はどうすればいいのだろうか。広範囲に広がった火傷痕に触れながら考える。

 実家に帰ることは出来ない。母親に迷惑を掛け過ぎている。これ以上、親の脛を齧ることはしたくない。

 友人宅を転々とするか……いつあの男と遭遇するか分からない。この街からは一刻も早く飛び出したい。どこか、自分の事を誰も知らない土地へ。

 

「真記ちゃん? そろそろ退院みたいね」


 考えを煮詰まらせている所に母親が訪ねて来た。自分が入院して以来、少し痩せたように見える母の手に申し訳なく思う。


「……退院したらどうするの? ウチに帰ってくる?」


「私ね……県外に行こうと思うの。今まで沢山の人にお世話になってて、正直甘えてる部分があったと思うから……誰も知らない土地でも一人で生きていけるように自信をつけたいの」


「……そう。それじゃ、これ」


 母親が封筒を手に握らせる。

 中には現金が入っている。見た目でも二十万以上はあるだろう。


「それね、あなたのお父さんからよ。入院したって言ったら家の物を、処分してかき集めたらしいわ。県外に出るなら必要でしょ? もらっておきなさい。今まであなたのこと、ほったらかしだったんだからバチなんて当たんないわよ。入院費も保険で賄えたから心配しなくていいからね」


 今後必要になる現金を思わぬ形で手にする事が出来たが、また迷惑を掛けてしまった人が増えたと思うと素直に喜ぶ事が出来なかった。




 その後、母親と入れ違いで無事に私物を回収した友人が戻って来た。


「真記、猫好きだっけ?」


 私物を手渡されながら友人に訊かれる。


「猫? うん。好きだよ? どうして?」


「猫飼ってたんだね。私も猫好きだからもう少し早く分かってたら遊びに行けたのになぁって思ってね。ちょっとトイレ行ってくるね」




 ……少なくとも自分があの家にいた頃は飼っていない。お互い学校や仕事で家を空ける事が多かった為、猫が可哀想だと公平に諭され飼うことを断念した。


 その家に猫がいる。

 やはりあの日の傘の女性ひととはそう言う関係なのだろうか……。

 














 2017年2月

 ソファに腰掛け、自分の横に座る男が対面に座る医者と談笑している。


 男との出会いは二年前。

 地元を離れこの地に踏み入り、仕事を探していたが顔の火傷痕のせいで、なかなか職に就くことが出来ずにいた。

 傷痕を隠す為、髪を伸ばし薄暗い照明の職場、所謂いわゆる風俗店で働き始めた頃に男と知り合った。


 始めは普通の客と同じく、自分の顔を気味悪がっていたようだが二回目の来店で指名を受けた。


「お前、その顔治したくないか?」


 部屋に入るなり男は言い放った。

 治せるものなら治したい。好きで毎晩男達に抱かれ、気味悪がられている訳じゃない。

 そのための金が無かったため、心底腹が立っていたが仕事の手前、愛想笑いをするのが精一杯だった。


「金なら用意してやる。少しずつでも返してくれればいい。医者も段取りしてやる。整形になるだろうが腕のいい医者を紹介してやる」


 男はぶっきらぼうに話すが、内容はとても魅力的なものだった。


「どうしてそこまで……?」


「俺は今、出張でこっち来てんだが……地元は○○県だ。この前話した時に言ってただろ? お前と一緒だよ」


 そう言いながら名刺を渡される。

 そこには地元の人間なら誰もが知っている社名が書かれている。


「言っちゃなんだが、同じ地元の人間がこんな離れた場所で、その顔が理由でここで働いてるってのはちょっと可哀想に思えてな。どうだ? やるか? 整形なら早い方がいいぞ、時間掛かるからな」


「本当にいいんですか?」


「あぁいいぞ。もしここを辞めて住むところがないなら、家も借りてやる。まぁウチの物件になるだろうが」






 --今その時の男が隣で笑っている。

 その時の答えの結果だ。仕事を辞めマンションに住まわせてもらい、事務の仕事まで貰うことができた。この男は自分にとって神のような存在だった。


 今日は手術の最終打ち合わせで男も同伴して病院へ赴いていた。


 「加賀池さん。今日から一年程入院していただきます。手術箇所が多く、経過観察の為です。一年後には全く新しい自分に産まれ変わっている筈です。一緒に頑張りましょう。理想のお顔はこの写真の方でよろしいですね?」

 

 術式の説明後、一年間のスケジュール表を見ながら医者が話している。その手には懐かしい写真が握られている。





「……はい。お願いします」








      --リボン to  了--






 

 






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