7-3



「実はね……ケンカじゃないんだ」


 安堵感から、自然と口を開いていた。母親は隣で優しく聞いてくれている。


「私ね、赤ちゃんが産めなくなったみたいで……それを伝えたら公平さん、固まっちゃって……どうしていいか分からなくてなって、つい飛び出して来ちゃった。電話も沢山掛かってきたけど、勢いで出てきちゃったから合わせる顔がなくて……電話にも出てないんだ……」


 相槌が途切れた。母親を見るとその目には涙が溢れんばかりに溜まっている。

 その表情に、母親より先に泣き出してしまった。

 母親は優しく頭に手を置き、そっと撫でてくれる。


「辛かったね……すぐに気付いてやれなくてごめんね。落ち着くまで居ていいからね」


 学生の頃は母親の事を疎ましく思っていた時期もあった。性格故か、あまり深く考えていないような態度に腹を立てたこともあった。

 それでも女手一つで、ここまで育ててくれた事に感謝していた。


「真記はこれからどうしたいの? 公平君と仲直りしたい? その為に時間が必要なら私も協力するから」

 

「うん……ありがとう。今は少し距離を置きたい……かな」

 

「そうね。私もその方が良いと思うわ。暫くゆっくりしなさい。仕事はまだ決まってないんでしょ?」

 

 痛い所を突かれた。

 資格取得も順調に行き、卒業も出来たのだが就職先が見つからなかった。県外に行けば多くの選択肢があったのだが、公平と同棲していた為その選択は除外していた。

 

「うん……。ごめんね、仕事見つけるからちょっとだけ居させて?」


「いいのよ。きっと少し休みなさいって神様が言ってるのよ。2年間頑張ったんでしょ? 少しくらい休んでも誰も怒りはしないわよ」


「ありがとう……すぐ元通りになると思うけど、もし先生から連絡あっても今はちょっと……ほら、公平さん先生と仲良いから……」


「分かったわ。適当に誤魔化しておくから安心しなさい。さ、疲れたでしょ? 今日はもう寝なさい」


 促され自室へと向かう。

 正直、疲れ果てていた。今後のことを考えると、ぐっと下腹部が重苦しく感じる。明日からどう生活すれば良いのだろう? 心にぽっかりと穴が空いたようだった。それでも、瞼を閉じればいつもと同じように闇が訪れ、身体は深く沈んでいった。







 2008年6月


 実家に居候を初めて二ヶ月が過ぎていた。

 仕事を探しつつ家事を全て引き受け、ある程度充実した日々を過ごしていた。


 この二ヶ月の間、母親に梁松から何度か連絡があり、その度に何処にいるかは知らないが分かり次第、連絡をさせるように伝えていたらしい。


 仕事を終えた母親が部屋をノックする。その声には少しの焦りが感じられる。

 どうしたのかと思いドアを開きに向かう。


「おかえり。どうしたの?」


「真記……先生に連絡取れる? さっき連絡あって、これ以上見つからないようだったら捜索願いを出さないかって言われたの。一応、私からも連絡を取るように言ってるからすぐでは無いと思うけど……」


 焦る母親とは反対に捜索対象が自分という状況で意外と冷静でいる事に驚いた。

 自分の近しい人が二ヶ月も連絡を取る事が出来なくなれば、心配し探したくなるのも当然だろう。


「分かった。ごめんね、迷惑掛けて」


 このまま実家にいては更に迷惑を掛けてしまう。

 7月になったら一度向こうに戻ってみよう。幸い、友人宅は自宅の近くだった為、何かあれば世話になることも出来るだろう。


「お母さん、私もう少ししたら一回戻ってみる。大分気持ちにも整理ついたし、今ならちゃんと話せると思うから。それでお願いなんだけど、来週くらい先生に私から連絡あったって伝えてくれないかな? その後に私からも連絡するから」


「本当に大丈夫なの? 私も一緒に行こうか?」


「大丈夫よ。ちゃんと話せるから。それで、先生に伝えて欲しい内容なんだけど--」





 7月を迎え未だ明けきらない梅雨の中、二度目の巣立ちをする。友人とも連絡を取り、数日の間だけ世話になることが出来るようになった。


「それじゃ……行ってきます。色々お世話になりました」


「気を付けてね。また何かあったらすぐ帰ってきなさいね。あ、それから先生には連絡しておいたわよ。真記からも電話してあげなさいよ。ずっと心配してくれてたんだから」


「うん……ありがとう。向こうに着いたら電話してみる」

 

 母親に手を振り、迎えに来てくれた友人の車に乗り込む。友人は母親に会釈してアクセスを踏み込む。これから2時間程で三ヶ月ぶりの土地を踏むことになる。

 車内ではこの三ヶ月間の互いの近況報告が行われていた。


 



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