7-2



 友人に連絡した数十分後、一台の車が目の前に停車する。窓が降り中から見知った顔が笑いながら手を振っている。


「ごめんね急に。彼氏とは大丈夫?」


 車に近付きながら首を横に振る。中ではもう二人の友人が何やら相談しているようだ。


「じゃあ、道案内と……彼氏と何があったか語ってもらっちゃおうかな!」


 他人の不幸は……と言うやつだろうか。それでも神妙な空気の中、根掘り葉掘り聞かれるよりは幾分ましだろう。友人達も気遣っての事だろう、明るく振る舞ってくれているのが分かる。

 聞かれた事に適当に話を合わせようと思う。


「ケンカの原因は何? 浮気? 彼氏モテそうだもんねー」


「そんなんじゃないよ……ちょっとすれ違っちゃっただけ。すぐ元通りになれると思うから……今は少し距離を置こうかと思ってね」


 暫く当たり障りのない会話をして、核心を話すことは避けた。これ以上誰かに心配される事は非常に心苦しかった。

 その空気を察してか一人の友人が過去の恋愛遍歴を唐突に語りだした。

 その内容は、恋愛経験の乏しい真記には新鮮で刺激的なものだった。

 

 いつの間にか顔が綻び、普段通りの表情に戻る事が出来ていた。そんな表情の変化をルームミラー越しに見ていた友人が語り掛ける。


「良かった。やっと笑ったねー。電話の声と顔見て、このまま死んじゃうんじゃないかと思ってたけど、もう大丈夫? 帰り辛いならウチに来てもいいよ」


「ありがとう……。今日は実家に帰ろうかな。最近帰って無かったし。びっくりするだろうけど……実家に居られなくなったらお邪魔するかも。それでもいい?」


 友人は頷き、過去の恋愛話を続け出した。

 




「ここでいいの? 家の前まで送るよ?」


 そろそろ解散ということで、実家近くのコンビニまで送ってもらった。実家に直接より、電話で一度様子を伺いたかった為だ。


「うん、大丈夫。家すぐそこだし、一回電話しとかないと……」


「そっか。ダメだったらまた迎えに来るから」

 

 友人達を乗せた車が去って行く。

 騒がしかったが、家を飛び出した時よりはずっと気が楽になっていた。

 時間は日付が変わる少し前。母親に電話してみよう。

 数回の呼び出しの後、久しい声が聞こえる。


「はい? どうしたの?」


「あ……ごめんね、遅くに。今まで友達と遊んでて、近くに寄ったから今日そっちに泊めてくれないかなぁって思って……」


「……いいわよ。あなたの家じゃない。遠慮することないわ。近いの? 迎えいきましょうか?」


「ううん、大丈夫。何か買って行くから。それじゃ」


 良かった。今日は無事に寝場所を確保することが出来たようだ。適当に買い物をして、久し振りの実家へ向かった。




「ただいま……」


 重く軋むドアを引き、玄関へ入る。返事の無いリビングには灯りがあり、テレビから流れる音楽が微かに聞こえる。


「ただいま……寝てる?」


「あぁ……お帰り。早かったのね。友達と一緒って言ってたからもう少し遅いかと思ってたわ。今お茶でも淹れるわ」


 寝そべっていたソファから起き上がり、キッチンへ向かおうとする母親を呼び止め、買ってきたペットボトルを渡す。


「あら、ありがとう。気が効くじゃない」


 ペットボトルを受け取り、早速一口啜り沈んだソファに座り直す。


「それで……? ケンカでもしたの?」


 不意の母親の言葉にどきりとする。反対に母親はいつも通りの表情に少し困惑する。


「え……なんで?」


 急な問い掛けにすぐに答えることが出来なかった。

 

「そりゃあ分かるわよ。母親だもの……って言いたいけど、今回は別ね。こんな時間にわざわざウチに来るなんて、何かあったと思うじゃない。それにウチに来たら公平君の話が一番に出るのに、今日はそれがなかった。ケンカしてるんだろうなぁって思ったのよ」


 得意気に人差し指を立てながら語る母親を見ながら、正直に話して良いものか迷う。暫く世話になるなら、そうするべきなのだろうが……。


「話してみなさいよ。私はあなたがどんな辛い時でも必ず味方になってあげるわよ。母親なんだから、娘を心配するのは当然でしょ?」


 いつも飄々ひょうひょうとしている母親からは想像もつかないほど、真面目で落ち着いた声だった。その声は懐かしく、安心感に満ちていた。






 



 

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