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 引越作業も終わり、綺麗にされているリビングに入る。

 自分の部屋の倍はあるだろうか? ダイニングセットやソファ等の大型の家具に目を奪われる。


「広いですね……ここだけで私の部屋の倍はありますよ。独りで住んで寂しくないですか?」


「そうだねぇ……ちょっと広すぎたかな。それにあんまり家にいないかもしれないから、もう少し狭くても良かったかもしれないね」


 買ってきた惣菜をテーブルに広げながら辺りを見回す。キッチンも広く、料理好きな人ならば喜ぶだろう。


「真記ちゃんは春からどうするの? 実家から通うつもり?」


 合格すれば当然出てくる選択肢を不意に突き付けられる。

 実家に不満は無いが新生活を始めるに当たり、環境を変化させることはいい刺激になると思うが……。独り暮らし出来るほど余裕がある訳でもない。バイトをすればいいのだろうが、こうやって公平と過ごす時間が少なくなるのも考えものだ……。


「独り暮らしは魅力的ですけど……ウチそんなに余裕がある訳でもないし、学費もあるからお母さんに甘え続けるのも悪いし……バイトもしようと思うけど、公平さんと一緒にいられる時間少なくなっちゃうかもしれないし……」


「……一緒に住む?」


 唐突に第三の選択肢を提示され、箸を落としてしまう。箸は転がり公平の足元へ。

 拾い上げながら話を続ける。


「さっきも言ったけど、これから家にいる時間が少なくなると思うんだよね。これだけの部屋に誰も居ないのは勿体無い気がして……勿論、真記ちゃんが良ければだけどね。家賃も要らないし、学校も近いからいい条件だと思うけど……」


「同棲……って事ですか? でもお金はちゃんと払いますよ」


「改めて言われると、ちょっと照れるね。お金は本当にいいよ。それよりも、部屋の片付けとかをやってくれると助かるな……」


 その程度でこんな立派な家に住めるのなら安いものだが……一応母親にも聞いてみる事を伝える。

 全て、合格していればの話なのだが。





 2006年2月9日


 いよいよ発表の日になった。

 公平は車で待機している。結果次第では実家に戻り、私の荷物を公平の家に運ぶ事になっている。

 一週間前、自宅に戻り母親に同棲を持ち掛けられた旨を伝えると、二つ返事で了承を得ることが出来た。公平に対する信頼は厚いようだった。

 という事で、本当に今日の結果次第で全てが変わるかもしれないのだ。

 そう思うと正門から前に進めずにいた。もう既に何名かの高校生が、数十メートル先の掲示板の前から各々の番号を探し終わり、自分の横を通り過ぎていた。

 

 「--よし。行こう」


 意を決し一歩踏み出す。掲示板が近づくにつれ顔が俯く。一歩進む度に顔は下へ。

 遂に掲示板の前に辿り着く。公平と出会った後からの様々な記憶が巡る。

 右手に持った御守りを握り締め顔を上げる。





「--どうだった?」


 車のドアを開くと同時だった。公平は嬉々として聞いてくる。


「……私、ベッドは右側がいいです」


 今日一番の笑顔を公平へ向ける。それは公平も同じで二人で笑い合いながら、そのまま実家へと向かった。


「そうだ。約束通り合格したから何でも聞くよ。何か考えた?」


 そういえば、そんな話をしていた。何かあるだろうか……一緒に住めるだけで充分なのだが……


「あ……そうだ。何でもいいんですか?」


「僕が叶えられることなら大丈夫だよ。何か思いついた?」


「はい。先生と相談してたんです。公平さんの呼び方」


 一瞬、公平が不安な顔をする。

 恐らくその不安は現実のものになるだろう。


「キクちゃんって呼んでいいですか?」


 









 2006年8月


 同棲開始から約半年が経過していた。

 当初は二人の生活リズムの違いもあったため、小さな衝突はあったが、今ではそれもいい思い出になるほど平穏な日々を送っている。

 と言うのも、公平がほとんど家にいない為だ。それでもコミュニケーションは取れているため不思議と不満ではなかった。


 今日も週に一度は必ず一緒に食事をする約束の日で、先程から帰りを待っているのだが……遅い。

 気を紛らわせるようにテレビを点けてソファへ飛び込む。

 

 映像では交通事故のニュースが流れている。

 事件現場は……そんなに離れている場所ではないようだ。


「もしかして……」


 事故の担当になって、連絡が出来ないのかもしれない。そう思い、携帯電話を取り出しメールを送ろうとした時、公平から着信を受ける。


「もしもし! ごめん遅くなって! 時計見間違えてた……今すぐ帰るから!」


 何も言えない勢いで喋られ、唖然としていた……。



「ただいま! 本当にごめん!」


 バタバタと帰ってきた公平は謝りながら部屋に滑り込んできた。


「もう、大丈夫ですよ……事故の担当になったのかと思ってました」


「事故?」


 テレビを指差して事故の内容を知らせる。

 どうやら、子供が車の左折時に巻き込まれ亡くなったらしい。事件性はないが、親はどの様な心境なのだうか。


「キクちゃん? 仮に私達の子供がこの事故みたいなのに遭遇して死んじゃったらどうする?」


 母親を事故で亡くしている公平には酷な質問だったかもしれない。それでも幼稚園の教諭を目指している自分としては、親の気持ちというものを知りたかった。


「僕は母親を事故で亡くしているからって訳じゃないけど……きっと犯人を……赦すことはできないと思う。どうにかして見つけ出して、自分の手で……」


 そこまで言うと、はっとした表情になり取り繕おうとする。


「でも駄目だよね。僕は検察官だから、ちゃんと法の下で裁かないと」


「--私は、それが普通の感情じゃないかと思うけどな。大切な人を急に奪われたら、怨みとかマイナスの考えしか浮かばないと思う……。でもそうしたら私一人になっちゃうから、私も後追うね。私は、子供とキクちゃんと一緒に居られるならどこでもいいよ」


「あははは。ちょっと怖い愛情表情だね。でもそれだと全員、地獄になっちゃうね」


「そうなの?」


「親より先に死んだ子供は賽の河原って地獄の入り口で石を積まなきゃいけないし、僕は殺人犯だから当然地獄でしょ? 真記は自殺で地獄行きだね」


 けらけらと笑う姿はそんなことが起きる筈がないという自信の現れだろう。


「僕も真記と一緒に居られるならどこでもいいよ。地獄でも天国でも」


「ずっと一緒にいてくれる?」


「勿論だよ。さぁ、ご飯食べよう。お腹空いちゃったよ」








「ありがとう……。変なこと聞いてごめんね、キクちゃん」









      --リボン want 了--

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