4-2
2018年4月
少し肌寒い朝。早朝から、息子と自分の用意を済ませ2人分の朝食を作る。
普段なら息子1人分でいいのが、今日は夫もいる。
まだ起きていないようだが……。
息子に朝食を食べさせ、真新しい制服に身を包んだ息子の写真を撮っている時に漸く夫が準備をして起きてきた。
既に準備が出来ている私達を見て
「よし……準備できたな」
夫は悪びれることも無く言い放ち、息子の制服姿を眺めていた。
「そうだ、俺も後から花蘇芳と写してくれよ。久しぶりに投稿するから」
何を言い出すかと思えば、今この慌ただしさの中で言われる事だとは思えなかった。
「まだやってたんだ。珍しいわね。それじゃ、門のところで撮りましょうか」
少しだけ悪態を吐いてみたが、夫は何も感じていないようだった。
園までは車で15分程度だが、この時間帯は渋滞が起きる道だ。少し早めに出発する予定だったが、夫が遅く起きてきた結果、私達も渋滞に捕まってしまっていた。
会式5分前に到着し、受付を飛ばし、ホールの入り口で名前を伝え、席順に従いホールの中で着席した。
式は順調に進み、進級した園児が歓迎の歌を歌っている。
隣を見ると夫がうっすらと涙を浮かべている。
付き合っている時からそうだった。
本人曰く、小さな命が力強く何かをすることに感動するらしい。そんな夫を素敵だと思っていた時期もあった。
式は終盤に進み、教諭の簡単な自己紹介で締め括られた。
このあとはそれぞれのクラスで簡単なオリエンテーションが開かれるらしい。
初対面の人と話すのは苦手だが、今は子供の話がメインになっているので幾分、気が楽だった。
そんな私とは反対に夫は仕事柄、人前に立つことに慣れている。こういう場では率先して聞きづらい事などを質問しメモに書き込んでいる。
明日からの送迎の時間、場所などの確認事項の説明が終わり、入園式は無事終了した。
「歓迎の歌良かったなぁー。ちょっと泣きそうになったよ。来年は花蘇芳が歌うんだよな。今から楽しみだな」
外に出て歩き出すと夫が呟いた。
門を過ぎるとき、朝から夫が言っていたことを思いだし記念撮影をする。
帰宅すると夫から写真を送るように言われた。
「なに? 投稿するの? 私がしてあげようか?」
送る手間もあったし、自分の投稿分もあったため、柔らかく断ったが、
「大丈夫。今回は自分でやってみるから……」
珍しく乗り気だった。ここで変に食い下がるのもややこしくなるだけと思い、写真を送った。
夫が携帯を触っている間、私も投稿を済ませる。暫くして夫も完了したらしく、携帯を見せてくる。
「できたぞ!これでいいんだよな?」
泣きついて来るかと思っていたが、意外と操作は覚えていたようで、しっかりと投稿できていた。
「……そうね。ちゃんと出来てるみたいね」
以前投稿したものに誰かが「いいね」をしている事に気付いた。
フォロワーもいないようだが……業者の類いだろうか……少し気になるが。
「あ、そういえば最近、アカウント乗っ取りとか、変なメッセージとかで問題になってるみたいだから気を付けてね」
これで何かしら反応があれば……と思ったが、そこはやはり夫だった。
「え……? それ危ないやつじゃないの?」
拍子抜けする程の、なんてこと無い返答。
むしろ自分が機械音痴だと分かっているからの反応だろう。
「変なとこ押さないなら大丈夫よ」
馬鹿な勘繰りをした自分に呆れ、狼狽する夫を適当に流した。
(♪♪♪)
ふと自分の携帯が鳴る。
メッセージを確認する。
「いいお父さんじゃないか。そのまま続けてもらうのも悪くないかもな」
息子の近況報告を強要してくる人物からのメールだった。
ただ、今日の文面からは悲壮感のようなものを感じ、少し意地悪な返信をした……。
「おやすみ」
ふいに声を掛けられ肩が震える。見ると夫が息子を抱いている。
「あら、寝ちゃったの……お願いしてもいい?」
夫は声を出さず頷くと、寝室へ向かって行った。
--夫と出会ったのは8年前。夜の世界に別れを告げた日だった。
小雨が降る朝方、傘も差さずに一匹の捨て猫を拾おうとしている所だった。
身の回りほとんどの物を失った自分とその猫を重ね合わせていたのかもしれない。
「あんな猫ですら、人の足を止めて見つけてもらう事ができるのに。私は……」
気がつけばその後、夫となる男に声をかけていた。失った事実を受け入れたくなかったのだろう。独りになる事が酷く怖かった。
猫を拾うような男の、優しさに触れたかったのだろう。実際は失った者同士で傷を舐めあっていただけだったが、始めはそれで良かった。夫の側に居られる事が幸せだった。そんな思いも今では、酷く遠い昔のように感じる。
結婚してからは特に、夫の仕事の都合で一緒の時間を過ごす事が少なくなった。その時くらいからだろうか、夫を男として感じなくなったのは……。
気付けば、3年前に別の男の子を身籠っていた。
当時小さく痩せ細っていたその黒猫は、夫からの愛情を全身に受け今もリビングで何も知らず横になっている。
--リボン your 了--
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます