3-2
2005年5月
月日は流れ真記も3年に進級し、いよいよ進路を決断する時期が迫っていた。
「B判定……でした」
先の一件依頼、なにかと相談に乗ってくれるようになった梁松に模試の結果を報告していた。
「んー……第一希望は△△短大か……そうねぇ、織田さんならもう少し頑張れば大丈夫だろうけど……Bねぇ……もう少しなんだけど、今のままだとちょっと厳しいかもしれないわねぇ……」
決して努力を怠っていた訳ではない。むしろ今まで以上に勉学に励んでいた方だ。
梁松もこの1年半の頑張りを見ていたので、今回の結果には少しばかり落胆していた。
「また怒られてんの?」
聞き覚えのある声が背中越しに聞こえてきた。高鳴る胸を抑えつつ振り返ると、そこには期待通りの表情があった。
「あら、いらっしゃい。久し振りね。というか、いつも怒ってないわよ……松笠くんこそ、今日はどうしたの?」
「前に約束したじゃないですか。ご馳走してくれるって。だから来たんですよ。ほら」
と言いながら公平は胸元を指差した。
まだ真新しいスーツの胸元には検察官の証の「秋霜烈日章」が輝いていた。
「おめでとう! 夢が叶ったのね……」
梁松はうっすらと涙を浮かべ、元教え子の成長を心から喜んでいるようだ。
真記はそのバッジと公平の顔を何度も往復するように見ていた。
「菊……ですか?」
「そうだね。霜と日差しに菊のモチーフ。よく分かったね」
少し公平の顔を見つめた後、真記が微笑みながら続けた
「名前にピッタリですね。松笠に……菊のバッジ。ルドベキア先輩ですね」
公平は理解が追い付いていない様子だ。それは梁松も同じだったらしく
「織田さん? ルドベキア……? って何?」
「あ……ごめんなさい……。ルドベキアって花の種類です。暑さと寒さに強いキク科の花で、和名がマツカサギクっていうんです」
「そうなのね。それじゃ「キクちゃん」でいいんじゃないの?」
梁松が笑みを堪えながら公平を見る。
「花、詳しいんだね?勉強してるの?」
梁松からの渾名の話題には触れたくないらしく、公平は真記に聞き返す。
「幼稚園の時の先生がお花に詳しくて、その先生が私、大好きだったんです。それからずっとお花の事、調べるようになって……。それで、私もそんな風になれたらいいなぁって思ってるんですけど……」
真記が梁松を見る。
「彼女ね、幼稚園の先生になりたくて△△が第一志望なんだけど……」
そこまで言って、梁松が何か閃いた。
「松笠くん、織田さんに勉強教えてあげてくれない? 可愛い後輩の為と私からのお願いってことで……どう?」
突然の梁松の提案に驚いているのは真記の方だった。
「そ、そんなことお願い出来るわけないじゃないですか! 松笠さんも忙しいと思うし、私なんかに構ってる程、暇じゃないですよ!」
焦る真記にニヤつきが止まらない梁松。二人とは対照的に、落ち着いた様子の公平から意外な言葉が飛び出した。
「僕は構わないですよ。先生の頼みなら断る理由もないですし。ただ……今すぐにって訳にはいかないんで……夏休みの間とかで大丈夫なら」
真記は二人の会話に何も言えず固まっている。
「そうね。松笠くんも引っ越しの準備とかあるんでしょ? 夏休みの間なら復習からやって対策まで出来るでしょうし……織田さん、どうかしら? 図書室も解放されるから場所の確保もできるわよ」
依然として理解が追い付かずに固まっている真記に梁松が再度声を掛ける。
「はい?! あ……大丈夫です! よろしくお願いします! でも……本当に引き受けてもらっていいんですか? 忙しいでしょうし、予定とかもありますよね……?」
真記は申し訳なさそうに訊ねるが、公平はいつものように笑顔で答える。
「大丈夫だよ。実家の整理とかもするつもりで、しばらくはこっちにいる予定だったから。片付けだけやってても退屈だしね」
そんな公平と真記を見つめ梁松は先程からずっと目を細めている。
「それじゃ、決まりね。夏休みはキクちゃんの特別授業ね。」
「……それ気に入ったんですか?」
「ダメかしら? 可愛いらしいじゃない? キクちゃん」
あからさまに呆れた表情の公平。その横で未だに信じられないといった表情の真記。その二人を見ながら梁松はポンと手を鳴らす。
「それじゃ、約束と特別授業の御礼も兼ねてご飯行きましょうか。織田さんは……」
「あ……私は多分、夕飯作ってあるんで……」
真記は酷く残念そうに応えた。
「そうね……親御さんも心配されるでしょうし。あ、2人の連絡先の交換してたらいいんじゃない? 今後必要になるでしょ?」
梁松が真記に軽く目配せをする。
言われるがままお互いに携帯電話を取り出し、連絡先を交換する。
「松笠くんは先に出てて。車回して行くから。織田さんも、もう帰りなら途中まで送るわよ?」
「だ、大丈夫です。自転車があるので。ありがとうございます。し、失礼します」
慌ただしく真記が帰り支度を整え、職員室から去っていく。
(♪♪♪)
「ごめんね。勝手に話進めちゃって。予定あるなら、断ってもいいから。先生には僕から伝えるし」
公平からメールが届いた。
「そんなことありません! 先輩に教えてもらえるの嬉しいです。夏休みが今から楽しみです」
「そう言ってもらえるなら僕も頑張らなきゃね。じゃあ、また近くなったら連絡するよ」
黄昏の中、ペダルを踏む力が少し強く、初夏を感じさせる風がいつもより心地よく感じた。
-- リボン I 了--
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