三章 I
3-1
2003年10月
高校1年生の秋口。夏休みも終わり、進路も考えなければいけない時期になってきた。
友人達と帰宅しようとしている時に、今朝までに職員室へ提出しなければいけなかったプリントの事を思い出した。
「ごめん!プリント出すの忘れてた……先生に渡して来るから先に帰ってて……。提出朝までだったから長くなるかもしれないし……」
一枚のプリントを持ってひらつかせながら友人に見せる。
「あ~……
友人達が、からかいながら去って行く。
誰にでも苦手な教師はいると思う。
彼女にとっては、締め切りの過ぎたプリントを提出する相手が正にそうだった。
「はぁ……」
気が重い……提出期限を過ぎた自分が悪いことは承知している。
だが提出してすんなりと終わる話ではないことも分かっている。
期限までに提出出来なかった言い訳を考えながら職員室の扉の前に到着する。彼女は腹を括ってノックした。
「失礼します……
出来ることなら、居てほしくなかった。そうであれば、プリントをデスクに置いてすぐ友人達の後を追うことが出来ただろう。
しかしそこには、見たくない顔の教師が見たことない人物と見たことのない表情で談笑していた。
自分のデスクに近づいて来る生徒に気付き声を掛ける。
「あら、織田さん」
意外な反応に少し驚く。
「どうしたの?キョトンとして」
「あ、プリント渡し忘れてて……その……」
「怒られると思った?」
梁松と談笑していた男が笑顔で横から入ってきた。人懐っこい顔はまるで犬や猫等の愛玩動物のようだ。
「はい……」
「私が常に怒ってるみたいな言い方はやめてくれないかしら? 松笠くん」
松笠と呼ばれた男は表情を変えず、笑顔のまま続けた。
「先生はね、怒ってる顔がデフォルトなんだよ。怒ってなかったら体調悪いか、旦那さんと喧嘩したかのどっちかだから」
「余計なこと言わないの。せっかくの日に怒られたいの?」
「……すみません……」
男はやはり、飼い主に叱られたペットのように分かりやすく落ち込んでいる。
「織田さん、こちらは卒業生の松笠くん。昔の教え子なんだけど……今日司法試験に合格してその報告に来てくれたの」
「初めまして。松笠公平です。在学中は3年間梁松先生が担任でした」
梁松に脅された男が一転、笑顔で語りかけてきた。
つられて思わず自己紹介をしていた。
「あ、
「あぁ……ありがとう。頑張ったからね。じゃあ、僕はそろそろ戻ります。研修の準備とか今からしておかないと……それに、先生も忙しいでしょうし。今度はバッジ着けてきますね」
公平は胸元を指差して笑っている。
「そうね。次は検事さんになってるといいわね。近いうちにまたいらっしゃい。ご馳走するわ。それじゃ、織田さんはこっちにきて」
「あまり怒らないでくださいよ? 可愛い後輩なんだから」
やれやれといった表情の梁松。追い払うように手を振っている。
「いい先生だから、色々聞いてみたらいいよ。勉強頑張ってね。織田さん」
そう言い残し公平は職員室を後にした。その姿を目で追う真記に気付いた梁松。
「……彼女いないらしいわよ?」
その言葉にびくつく真記
「そ、そんなこと聞いてません!!」
「あら、そう?目で追ってたからつい」
意外だった。
普段はすれ違う時も目を逸らし、出来れば関わりたくないと思っていた相手に自分の思っていることを見透かされた感じがした。
それに、初めて会った相手に好意を抱いてしまった事にも驚いていた。
「……さて、青春してるとこ悪いんだけど、どうして提出が遅れたのか教えてくれる?」
声の方に顔を向けると見知った顔があった…。
帰りは遅くなりそうだ…。
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