2-2

2018年4月

 桜も満開を迎えつつ、少し肌寒い朝。

 忙しなく初めての登園を目前に控えている

松笠家。


「よし……準備できたな」


 大きめの制服に包まれた息子は緊張した面持ちで牡丹に写真を撮られている。


「そうだ、俺も後から花蘇芳と写してくれよ。久しぶりに投稿するから」


 開く事はないと思っていたアプリの存在を思い出し、牡丹に撮影を頼んだ。


「まだやってたんだ。珍しいわね。それじゃ、門のところで撮りましょうか」


 園までは車で15分程度。苦になる距離ではないが、送迎があって良かったと思う程に渋滞の起きやすい道だった。


 無事到着し、受付を済ませた一家は席順に従いホールの中で着席した。






 式は滞りなく終了し簡単なオリエンテーションが各クラスごとに開かれた後、解散となった。


「歓迎の歌良かったなぁー。ちょっと泣きそうになったよ」


 園では毎年、新入生のために進級した一学年上の園児達が歓迎の歌を披露するらしく、公平は感動しているようだ。


「来年は花蘇芳が歌うんだよな。今から楽しみだな」


 息子の成長に想いを馳せ、牡丹に呼び止められ朝から頼んでおいた、門での記念撮影を行った。



 帰宅後、息子とテレビを見ながら寛いでいた。

息子と飼い猫がじゃれているところを撮影した際に、記念撮影したことを思い出した。

 久し振りにアプリを起動し、牡丹に先程の写真を送ってもらうように頼んだ。


「なに? 投稿するの? 私がしてあげようか?」


「大丈夫。今回は自分でやってみるから……」



 教えてもらった操作を思い出しながらやっとの事で投稿を完了した。


「できたぞ! これでいいんだよな?」


 その間に牡丹も投稿を完了していたらしく、携帯電話から顔を向ける。


「……そうね。ちゃんと出来てるみたいね。あ、そういえば最近、アカウント乗っ取りとか、変なメッセージとかで問題になってるみたいだから気を付けてね」


「え……? それって危ないやつじゃないの?」


 元々機械音痴で、いざそんなものが自分に回って来た時にどうすればいいのかも分からない。そんな危険要素を孕んだ物を、自分が使っていけるのか心配になる。


「変なとこ押さないなら大丈夫よ」


 牡丹の言葉を肝に銘じ、余計なことはしないように……と思っていると、知らないアカウントから「いいね」されていることに気付いた。

 息子との写真の他にも飼い猫の画像などを投稿しようと思っていたのだが……これ以上自分が触るのは良くないと思い、そのままアプリを閉じ、息子と遊ぶようにした。










(♪♪♪)

携帯を開きメッセージを返信する。




「そうね……花蘇芳もよく懐いているし、本当の親子みたいね」







「ふん……皮肉か」


 男が呟き携帯電話をしまう。

 ノックする音が聞こえ玄関へ向かう。覗き穴から外をうかがうと目当ての女の姿があった。

 ドアを開け迎え入れる。


「久しぶりだな。写真で見るより綺麗じゃないか。傷痕も分からないし……あの医者もなかなかだな。まぁ座れよ」


 女をソファへ促し冷蔵庫から飲み物を取り出す。

 女は緊張した面持ちで腰掛ける。


「緊張するなよ。簡単なビジネスの話をしたいだけだ」


 一旦そこで話を区切り、冷えた缶コーヒーを一口啜る。

 両手を広げ首を傾げながら話を続ける。

「見ての通り、今の俺には金がない。お前の返済を増やせないか?」


 急な要求に女は首を横に振る。


「まぁそうだろうな。そこでだ、一つ仕事をして欲しい。子供を一人俺の所へ連れてきて欲しい。断るなら今からお前の顔を傷だらけにした男に引き渡す事になるが……」


「--それだけは……勘弁してください……。でも、連れて来いって……誘拐しろってことですか? そんなの出来る訳ないじゃないですか! 無理ですよ……犯罪ですよ」


 騒ぎだす女を男が睨み付け、両手を体の前に出しなだめる仕草を見せる。


「まぁ落ち着けよ。連れて来ると言ってもさらって来いって訳じゃない。その子供は俺の子供だ。とある事情で今は別の父親がいるけどな。母親の方には俺から話しておくから、お前は指定された日にここへ連れてくればいい。それで借金はチャラだ。どうだ? 簡単な仕事だろ?」


 男は話の内容に反してヘラヘラとしている、一方女は訳が分からないと言った表情だ。

「……どうして、子供を連れて来る必要があるんですか?」


「あ? あぁ……まぁ気になるよな。ウチがどんな家か知ってるよな? 上に兄貴がいるんだが、独立して帰る気はないらしい。そうなると俺が跡継ぎの筈だが……昔の事故がネックになっててな、役員共がうるさいらしい。そこで、俺の子供を親父の前に連れていけば……俺は晴れて息子の後見人、黙ってても金が入って来るって話だ」

 

 子供を一人、それも目の前の男の息子を連れてくるだけで借金が無くなるという男からの提案は甘美なものだが……


「……本当に連れて来るだけですか? 大丈夫なんですか?」


「あぁ大丈夫だ。何も問題は無い。お前が他に漏らすことがなければ……だけどな」






 女は悩んだ末、首を縦に振った。



     --リボン wife 了--

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る