第11話 赤子の勇者




 ちょっと早めに目的の村に着いた俺たちは、今夜民宿に泊まることになった。

 その民宿は、老夫婦が営んでいるため、宿代が安い代わりに、労働力が求められた。


 サウスは、騎士であるし力仕事が得意ということで、まき割りなんかをしている。他にも、雨漏りがひどい箇所があったので、そこを直す予定だ。


 ロジは、老夫婦同然老いているが、魔法を使えるし体もそれなりに鍛えている。しかも、知識が豊富という高スペック。もしかして、この中で最強?

 そんなロジと、俺は一緒に動くことになった。




 俺は、ロジと2人部屋の中にいた。

「こんなところで何をするんですか?」

「ん?お前の教育じゃが?」

「え?僕の教育ですか?」

 そんなこと聞いていないのだが。


「このようなちっぽけな民宿の求める働きなど、サウス一人で十分じゃ。よいか、お主はこの世界では赤子同然。知るべきことがたくさんあるのじゃ。」

 ロジは床に座り胡坐をかくと、いつか俺にくれた巾着と同じものを床に置いた。


「お金ですか。そういえば、まだ教えてもらってなかったですね。」

「覚えておったようじゃな。まずはこれを覚えぬことには、どうやっても生活できん。お主は、剣も魔法も使えぬのだからな、食うに困る。」


 こうして、俺のお勉強は始まった。




「ここまでにしようかの。」

 そう言われたのは、おいしそうなにおいが漂う夕食時だった。

 頭が痛い。金貨は、銅貨何枚分だっけ?


「全く、お主は頭が悪いの。なぜ、一度聞いて覚えられぬ?」

「僕の世界では、聞いて覚えるのではなく、書いて覚えたんですよ。」


 ロジの奴、銅貨何枚で銀貨一枚。銀貨何枚で金貨一枚。そんなのを呪文のように唱えたかと思うと、串焼き一本が銅貨三枚程度、肉が銀貨一枚程度・・・と、長々言った後。

「では、マーザス公国の鉄製の剣の値は?」

「え?」

「わかるじゃろう?今までのを聞いておれば、わかるはずじゃ。」

「・・・わかりません。覚えていません。」

 この後、長い沈黙があり、最後にそれまた長い溜息をつかれた。



「剣・魔法・知・・・どの才能もないとは。哀れなことじゃ。」

「・・・」

「お主、今までどのように生きておったのじゃ?」

「それは普通に、学校に通って勉強したり、友達と遊ぶこともありますね、後は仕事を。」

「勉強!?それに仕事じゃと!?・・・言いたいことがたくさんあるのじゃが、ひとまず置いて、飯とするか。」




 夜。もうすでに慣れた・・・とは言いがたいが、むさい男に挟まれた雑魚寝。

 昨日の個室が懐かしいが、もうあんな出来事はうんざりだ。


「ぐおおおおぉぉぉおおおおぉおお」


 このいびきも、うんざりだが。


 いびきを聞きながら、ロジに言われた言葉を思い出す。


 「剣・魔法・知・・・どの才能もないとは。哀れなことじゃ。」


 剣も魔法も、前の世界になかったのだから仕方がないと、あきらめがつく。だが、知はどうだろうか?


 俺は一応学校に通って、それなりの成績を修めてきた。だがそれだけ。


 「お主、今までどのように生きておったのじゃ?」


 その言葉は、胸に突き刺さった。


 俺は、今まで何をやっていたんだ?学校に通って、テストに出るとこだけ勉強して、テストが終わればすぐに忘れる。その知識を活かして生活なんてしていなかったし、その知識を高めようともしない。

 ただ、テストのために意味のない文字列を覚えていただけ。


 仕事だって、何か信念があってやっていたわけではない。スカウトされて、そのままなんとなくなった。


 お金は稼いでいたし、自立していると思っていたが、とんだ勘違いだ。

 家に帰れば、親が飯を作ってくれるし、風呂だって沸かしてある。部屋にはたたまれた洗濯物があって、俺はそれに着替えるだけ。何もしていなかった。



 今、この世界で、俺は何ができる?それが答えだ。


 何もできない。俺は、赤子だ。赤子のように生きていた。




 そんな俺が世界を救うのか?いや、そんなこと誰も期待していない。


 両隣で眠る2人。俺についてきた・・・いや、俺を連れ歩くこの2人でさえ、俺の能力に期待していない。


 もう、この世界での俺の運命は決まっている。


「・・・死ぬのか。」


 口にすれば、すぐに目頭が熱くなって、叫びたくなる。

 でも、俺のちっぽけなプライドがそれを許さない。


 泣くな。叫ぶな。


 俺は、俺の力は、いつか目覚める。だから、俺は死なない。


 でも、俺は赤子なんだって、気づいてしまった。だから、泣きたい。泣き叫びたくなる。


 だって、そうすれば、誰か助けてくれるかもしれない。いや、誰か助けてくれよ。

 俺は、死にたくない。だから、誰でもいいから助けてくれよ。


 何もないのに。

 たった一つ誇れた顔だって、今はない。


 両手で頭を抱える。



 遠くで、笑い声が聞こえる。

 あの女の声だ。


 小さな女。


 俺のことを馬鹿にした、女の笑い声。


 あいつの言ったとおりだったのか?


 そうだ、あいつの言ったとおりだった。



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