第9話 泉
朝。宿屋の前で、準備を終えた俺たちを引き留める者がいた。
「なんの御用でしょうか?」
昨日酔いつぶれていたとは思えないほど、いつもと変わらないサウスが対応する。
「あなたに用はないの。ごめんなさいねぇ?私はそっちの坊やに用があるのよ。」
そいって女は妖艶に微笑んだ。その顔は痛々しくはれていて、昨日の女だと確信するのに十分だった。
「えぇと、何ですか?」
自信なさげな空気を醸し出すと、女は笑みを深めて、俺に近づいた。
「私も一緒に行くわ。坊やには責任を取ってもらわないと。そうでしょう?」
女は俺の腕に自分の腕を絡めると、その豊満な胸を俺に押し付けた。
仲間が一人増えた・・・
「って、なるんじゃないかって、朝唐突に思った。」
俺の大きな独り言に、左側にいるロジが反応する。
「お主、大丈夫か?慣れない旅で疲れているのはわかるが・・・ちと、独り言が多いぞ。」
「そうみたいですね。気を付けます。」
俺たちのパーティーは変わらない。俺、サウス、ロジの3人だ。
聞いていた話と、全然違う。確か、ハーレムになるって話だったよな!?女一人もいないんだが!
鈴木の話していた、テンプレは、ことごとく裏切られた。チート能力とか。ハーレムのこととか。
ま、いいか。女なんて、ろくなものでもないし。
「ここで休憩にしましょう。」
今俺たちは森の中にいるのだが、そこにある泉の前で休憩することになった。
森は、普通の道より歩きづらいし、思った通り魔物も多い。ま、瞬殺だが。サウスがな。
「そうそう、お主にこのダガーをやろう。」
そう言って、ロジは以前俺がスライムを倒すときに使っていた、短剣を渡してきた。
「いいんですか?」
「新しいのを買ったからのう。お古はお主にやる。」
いつ買ったんだ・・・あと、お古って言われるとなんだか嫌だな。
「それなら、ここで少し練習しましょうか?次も町に行く予定でしたが、その間に村があるので、今日はそこに泊まりましょう。そうすれば時間が作れます。」
乗り気なサウスに嫌とも言えず、俺はサウスに教えられながら、剣を振るった。
「まずは、素振り100回、いってみましょうか!」
「いや、ちょっとそれは・・・」
「いいですか、持ち方はこう。で、こうやって振ってください。」
なんか実演されたので、見よう見まねでやってみる。
「もっと素早く!」
「はい。」
とにかく早く振るった。
「足の運びが違うっ!」
「はい。」
「もっと重心を意識しろっ!」
「はい。」
「声が小さいっ!」
「はいっ!」
あれ、なんだかサウスの様子がおかしくないか?
「よそ見をするなっ!集中しろっ!」
「はいっ!」
なんか、変なスイッチが入ってしまったようだ。
「もっと速く!」
「はいっ!」
腕が痛い。汗もすごい。横でガミガミうるさい。
ちょっとやけくそになった俺は、めちゃくちゃ速く剣を振る。すると、いつの間にか手から重みが消えた。
凄い!短時間であの剣の重さを感じなくなったぞ!何も持っていないようだ・・・あれ?
「剣がない!?」
ぽちゃん。
水の中に何か落ちたような音が、やけに響いた。
「あの、サウスさん・・・」
「落ちたな・・・いや、落ちてしまいましたね。結構深そうな泉です、諦めた方がよろしいでしょう。」
元に戻ったサウスにそう言われたが、もらった物をすぐに失くしてしまったことに、罪悪感を覚える。
「ま、仕方がないの。本番でなくてよかったではないか。本番なら、お主の命はなかったぞ。」
なぜだろう、余計に罪悪感が増した。
こういう時は、どうすればいいんだ?潜って探すか?いや、無理だろ。てか、この体泳げるのか?ちなみに、俺は50メートルくらいなら泳げる。潜りはあまりやったことはないが、おそらくできると思う。
泉の底を見る。しかし、波紋が広がっていて見えない。
それに、なんかうっすら輝いていて・・・
「さがれっ!」
サウスの言葉が聞こえると同時に、俺の体は後ろへと引っ張られた。
尻餅をついた俺が顔をあげると、サウスの背中が見えた。
「落ち着くんじゃ。悪いものではない。」
隣に立つロジが、サウスに向かってそう言えば、サウスは頷いて警戒を解いた。
サウスの目の前には、緑の髪を足元まで伸ばした、どこか浮世離れをした女が泉の上に立っていた。そう、泉の上に。
「は?」
「小僧、あれは精霊じゃよ。」
「せ、精霊?」
精霊と呼ばれた女は、俺を見ると優しく微笑んだ。
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