第8話 女は盗人



 ろうそくの明かりが、小さな部屋で寄り添う2人を照らし出す。


「うぅ・・・もう、限界です。」

「まだいけるでしょう?ほら、若いんだから。」


 空になった木製のコップに、薄黄色の液体が注がれた。


「酒が強い男の子って、素敵だわぁ。おねぇさん、そういう子が好きなの。」

 女は俺の腕に、その豊満なバストを押し付けた。


「・・・僕、結構飲める方なんだよね。」

 グイッと、一気に酒を飲み干し、酒臭い息を吐きだした。そして、女に笑顔を向けるが、すぐに机の方へと倒れこみ、体重を机に預ける。


 女のぬくもりが消えた。


「あら、大丈夫かしらぁ?飲みすぎちゃったの?夜はまだまだこれからだというのに。」

 小馬鹿にしたような声が俺の耳に届いたが、俺は動かなかった。


「うふふっ。ちょろいものね。」


 女は、鼻歌交じりで俺の懐を探り、目的のものを見つけると再び笑った。

「結構重いわね。全部銅貨ってオチはないでしょうけど、銅貨でもいいかもしれないほどには重いわ。」


 嬉しそうな女の気配が離れる。

「ばいばーい。お間抜けさん。」


 鍵を開け、外に出ようとする女に素早く近づくと、女は振り返り驚いた表情を浮かべた。


「あなたっ!?ぐへぶっ!?」

 その顔を思いっきり殴る。もちろん俺の手はあらかじめ布で巻いて、一応保護してあるが多少痛みを感じた。


「くっ・・・いてーな。お前のせいだよ。」


 女は倒れこみ、声も出ない様子でこちらを見上げていた。俺は、手に巻いていた布を猿轡のように使い、女の口をふさいだ。

 腰が抜けたのか知らないが、女は立ち上がる様子もなくされるがままで、俺はそんな女をベッドに引きずって運ぶ。


「はっ!女のくせに、男を甘く見ているからこういうことになるんだ。」

 女をうつぶせにしてベッドに寝かせた後、その上に腰を掛けた。女のくぐもった声がしたが、それを無視して体重をかける。


「ふがうがっ!」

「獣みたいだな。テメーみたいな性悪にはぴったりの鳴き声だ。」


 女はようやく暴れ始めたが、もう遅い。上に乗っかっていれば、女程度の力でどうこうなんてされるわけがない。サウスみたいに大きな剣を振るう力はないが、これくらいならどうってことはない。


「さて、暇だし説明してやる。お前の魂胆はわかっていた。いや、わからない方がおかしいよな?俺みたいな平凡顔に、お前みたいな顔をしたやつが声をかけるわけがない。」

 以前の俺の顔なら納得だが、この平凡顔とこの美女では、顔面偏差値に差がありすぎて、裏があるとしか思えない。


「なら、なぜ声をかけたか?何かに利用するためだろう。しかし、俺に利用価値なんてほぼない。なら、答えは一つ。」


 扉の前に転がっている巾着袋を見る。ロジにもらった巾着袋は、落とした拍子に中身が飛び出していた。ろうそくの明かりしかないので、どのような貨幣かはわからないが・・・


「盗み・・・金が欲しかったんだろ?」

 女は、諦めたのか暴れる様子はもうなかった。


 さて、どうしようか?


 俺は、特にこの女に何かしたいわけではない。ただ、侮られているのに腹が立って、返り討ちにしたかっただけだ。返り討ちにした後は、もうこの女に用がない。


 痛めつける?いや、俺は別にサドではないし。暴れられても困るしな。


「はぁ。仕方がないか。」

 俺の声に反応したのか、女がびくりとはねた。


「お前さ、あの金、一枚やるから、大人しく出て行ってくれないか?」

 女は俺の言葉を聞き、変な顔をした。


「声をあげるな。暴れるな。何事もなかったように、家に帰れ。その報酬として、あの金だ。一枚だからな?」

 女はこちらを見つめるだけで、何の反応もない。


「わかったら、獣みたいに鳴けよ。」

「・・・ふがぁ」

 控えめに鳴いた女に頷き、俺は女を解放し、巾着を回収した。残りは後でいいだろう。

 拾っているうちに背後から何かされたら大変だ。


 解放された女は、布を口から外し、ベッドから抜け出す。


「・・・」

 女は何も言わず、扉の方へと向かう。


「持って行かないのか?」

「・・・頂戴。」

 手を差し出す女に、俺は金を一枚投げた。しかし、金は女の手にはいかず、床の上を転がった。


 金を受け取り損ねた女は、眉間にしわを寄せる。

「ひどい人ね。優しそうな、世間知らずの坊ちゃんだと思ったのに。」

「優しいだろう?金を盗もうとした女を、咎めずに帰すんだから。」


 すると女は自分の顔を指さした。顔は赤くはれていて、整った顔が台無しだ。

「これを見て、自分が優しいだなんて、本当に思うのかしら?」


 女の言葉を聞いて、俺は鼻で笑った。

「悪いが、俺は女が嫌いなんだ。こういうことをする性別だからな。少し手荒になってしまうのは、仕方がないことだ。」

「・・・男だって同じでしょ。ま、いいわ。」


 女は床に転がった金を拾い、笑みを深めた。

「金貨1枚もらえれば、上等ね。さようなら。」


 女は去っていった。俺は、少し警戒して扉に近づき、扉の鍵を閉める。


「はぁー。憂さは晴らしたが、疲れた。」


 ベッドに倒れこみ、靴を脱ぎ捨てた。


 ぎしぎしと音をたてるベットは、少し心もとないが仕方がない。別に、この上で踊るわけでもないし、大丈夫だろう。


 瞼を閉じる。


 この体は、酒に強いらしい。見た目に反してザルだったのは驚いたが、助かった。


「この体でも、いいことってあったんだな。」


 初めて見つけた、この体のいいところ。それが酒に強いだなんて、笑ってしまう。酒が強いより、力が欲しかった。そうすれば、仲間に死ぬ身なんて、言わせることもなかっただろう。


「ははっ!仲間ってなんだよ。くせーよな。」

 どうやら思っていたより酒が回っていたようだ。俺らしくない思考に笑ってしまう。


 もう寝よう。きっと明日には元に戻っている。


 意識が沈む。だが、俺はあることに気づいて、意識を戻し,起き上がった。


「ろうそく、消し忘れた。」




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