第7話 その手を汚す
「おはようございます。」
目を開けると、目の前におっさんの顔。もう一度寝直したいのだが?何が悲しくて、朝一におっさんの顔を見ないといけないんだ。
「おはよう・・・ございます。」
「あまり眠れなかったようですね。目の下、クマがすごいですよ。」
それは大変だ。この平凡顔にクマなんてできたら、辛気臭い印象になるだろう。ただでさえこの顔で苦労しているのに。
例えば、女に話しかけるにしても、向こうは全然こちらを見ていないものだから、用件を言うために、俺から話しかけなければならない。前なら、用事がなくたって、あっちから話しかけていたのに。
ホント、平凡顔で生活してるやつ凄いよ。マジで尊敬する。
村を出て、道なりに進む。その間に何匹か魔物が現れたが、すぐに2人が片付けてくれるので、俺は魔物が現れても動じなくなった。
噂をすれば、前方の木の陰に何かが隠れていた。おそらく魔物だろう。
「小僧、やってみるか?」
「え?」
ロジにそんなことを言われ、俺の心臓は大きな音をたてた。
「見ているだけでは、つまらぬじゃろう?ほれ、ワシのダガーを貸してやる。これならばお主にも使えるじゃろ。」
短剣のようなものを渡され、思わず受け取るが、俺は別に自ら危険を冒す趣味はないので、それを返す。
「別に、つまらないとか思っていませんから!僕には無理です・・・」
「大丈夫じゃ。あれは最弱の魔物、スライム。子供でもコツを掴めば倒せる魔物で、攻撃力もそんなにない。安心せい。」
ロジの視線をたどれば、木の陰から現れた半透明の丸い魔物がいた。あれならオタクでない俺も知っている。確かに、スライムのようだ。
「嫌ですよ。」
「安心してください。俺が守ってあげますから。」
サウスも賛成のようで、俺ににこやかに笑って、そんなことを言う。
「なんで俺が・・・」
「いい加減にせんか、小僧!」
動かない俺に、ロジが怒鳴り声をあげる。うるせぇー。
「いつまでもワシらに頼りきり、というわけにはいかんのじゃ。もちろん、お主のことは守るが、この先どこまで守り切れるかわからん。」
「俺たちは強いですが、死なないわけではありません。命を懸けて勇者様をお守りしますが、命を失っては守れない。」
「それは、そうですね。」
死んでも守ってきたら、それはゾンビだろう。
「良いか。ワシらがもし死ねば、お主を守るのは誰じゃ?誰もおらぬじゃろう?なら、お主自身が、戦い、命を守らねばならん。」
「・・・」
俺は、手元の短剣を見る。サウスが使う剣の半分もない長さで、俺の拳2つ半程度の長さだ。重さも振るえなくはないくらい。これなら、俺でも戦えるかもしれない。
「あの魔物は、どうやったら倒せますか?」
俺の言葉に、険しい顔をしていたロジは、表情を和らげ説明してくれた。
結果、殺すことに成功した。これで、俺の手も汚れたなんて考えたが、仕方がないかと割り切る。こういう世界なのだから。
だからこれは、俺のせいじゃない。
夕暮れ時、町に着いた。
宿をとり、部屋に案内してもらった。今回は個室で、今日は眠れそうだと安心する。
コンコンと、部屋をノックされ、次に声が届いた。
「ロジじゃ。入るぞい。」
もちろん鍵が閉まっているので入れない。俺は、鍵を開けて、ロジを中に入れた。
「なんじゃ、防犯意識はあるのか。」
「まぁ、それは・・・それで、何の用ですか?」
「お祝いじゃよ。今日はお主の、初討伐記念じゃ。朝まで飲むぞい!」
少しこそばゆいが、嬉しいな。
「ありがとうございます。」
「気にするな。ワシらは、金は余るほどあるからの。どうせ死にゆく身、面白おかしく過ごしてもよいじゃろう。」
死にゆく身。そうだな。俺に何の力もなければ、どんなに頑張たって、最後には魔王に殺されるだろう。2人が魔王を倒せるなら、俺は召喚されなかっただろうし。俺が召喚されたのは、この世界の人間に魔王は倒せないから。なら、俺しか、頼れるものはいない。
スライムを殺しても、何も起きなかった。短剣から炎が出たりとか、体が羽のように軽くなって、すごいスピードで動けるなんてこともない。
危機感を味わえるほどの魔物ではなかった。だからだ、きっと。
俺の力がいまだに目覚めないのはそのせいだ。
「そうじゃ、これを渡しておこうかの。」
一人考え込む俺に、ロジはそう言って、茶色の巾着袋を俺に渡した。
金属のぶつかる音に、結構な重み。これはまさか・・・
「金じゃよ。好きに使うがよい。」
にやりと笑うロジ。俺も笑って返した。愛想笑いだが。
「僕、この国の通貨のことを知らないんですけど、教えてもらってもいいですか?」
「・・・明日でいいじゃろ?今日は飲むぞ。」
もっとはしゃぐと思っていたのか、がっかりしたようなロジは、下の階にある酒場へと歩き出す。俺もそれに続いた。
それから数時間後。2つの屍が出来上がっていた。おっさんズだ。
抑えめに飲んでいた俺と違い、2人はそれこそ浴びるように飲んでいた。平気な顔をしていたが、2人も流石に死を前にしてストレスが溜まっていたのかもしれない。
俺は、考えていたことが一つある。
この2人が生き残る方法だ。それは、簡単な方法だ、俺を殺せばいい。
俺を殺せば、魔王のもとに行く必要はない。だから、この2人は俺を守らず、そこら辺の魔物に俺を殺させれば、2人は城へ帰れるわけだ。
いや、人殺しをしたことがあるのなら、俺を直接殺してしまえばいいのか?そう思うと、怖くて仕方がないが、一向にその気配が2人にはない。
2人の寝姿を見て、そんなことを考えていると声をかけられた。
「お連れさん、完全につぶれちゃっているわねぇ?」
声は女のものだ。それもどこか色香が漂う声。声の方を見れば、豊満なバストとヒップを持つ、金髪の女が立っていた。服装は薄い布で体のシルエットがまるわかりの赤ワンピース。
凄い格好だな。
「そうですね。これ、どうすればいいですかね?」
「そのままにしておけばいいわよ。それよりも・・・」
女はかがみこんで、俺を上目遣いで見る。
「私と飲みましょうよ。いいでしょう?」
「別にいいですよ。イス、持ってきましょうか?」
3人用の机だったので、椅子は3脚しかない。俺の言葉を聞いた女は妖艶に微笑むと、俺の耳の傍に顔を寄せた。何の香りかわからないが、くらくらするような香りがする。
「あなたの部屋で、2人きりで飲みたいわ。」
あぁ、そういうことか。
納得した俺は頷き、自分の部屋へと案内した。
今夜も眠れないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます