第5話 魔術師


 翌日。昨日男が現れた周辺に使い魔を幾つか放った。あの男が現れたら知らせてくれる。恐らく遅い時間に現れるだろうと考え、昼間は獲物探しに時間を費やした。

 同じ習慣を繰り返し、かつ一人で暮らし、他人との接触が少ない人物。街で当たりを付けて、条件に合致しそうな人物を掘り下げていく。三人ほど目星を付けたところで、使い魔が知らせを持ってきた。

 さて。では探らせてもらうとしよう。今日は新月で闇も深い。コレを使うには持って来いの日だ。

 街に出て男のいた周辺までやってくる。数分程度で男は見つかった。の、だが。

「あーら、坊や。子供が一人で出歩くには、ちょっと遅すぎるんじゃない?」

 後を追おうとした私に、後ろから声が掛けられる。

 口調は女性風だが、声色は低い。

「……どなたですか?」

「誰でもいいじゃない。ただのお人好しよ」

 振り返れば、そこに居たのは細身の大男だ。私より二十センチは高いだろうか。住宅街の頼りない街灯に照らし出された姿は実に異様で、どこか威圧を覚えた。髪は長く、顔立ちは整っている。ゆったりとしたコートを羽織っており、手はポケットに入っている。

 体のラインはあまり見えない。或いはこの闇の中なら、声を聞かなければ女性に見えたかもしれないが。

「お気遣いありがとうございます。それでは」

「待ちなさい。別に貴方に気を遣った訳じゃないわよ。使ったのは、向こうのヘッポコ探偵の方」

「……意味が解りませんね」

 これは……囮に掛けられたか?

「あの子じゃちょっと、坊やを相手にするのは難しそうだから……っね!」

 収められていた腕が翻り、何かを投擲するようにこちらへ伸ばされる。

 私はすかさずその場を移動する。耳元で空気を裂く音が響いた。

「あら。いい反応するわね」

「何をするんです。警察を呼びますよ」

「呼ばれて困るのはお互い様でしょ? 誘拐犯さん。或いは……マギウス、の方が良いかしら」

 声色が挑発的だ。アレは確信を持って発言している。

「……なるほど。そこまで言われては見逃せない」

「やだ、急に怖い顔になったわ。そんな顔されちゃうと」

 男は急に体勢を沈めると、姿を消す様な速度でこちらへ肉薄した。

「本気、出しちゃうじゃない!!」

 突然、目の前で翻るコート。視界を奪った上で、その中から鋭く蹴りが放たれる。

「ッく」

 寸でのところでなんとか躱す。

 しかし完全に体制が崩れた。男はすかさず追撃を放つ。

 これは避けられない。

 仕方なく私は『お守り』を使用する。

「!? 何? 壁?」

 何もない中空で拳が止まり、男は眼に見えて狼狽えた。その隙に私は距離を取る。

 このまま一気に殺してしまおう。初撃は投擲だった。あのコートから何が出てくるか解らない以上、時間を置くのは賢くない。

 ……しかし先ずは、知らねばならない物がある。

「大した体裁きだ。もしや名のある方なのかな?」

「ッは、この顔に見覚えが無いなんてモグリじゃなぁい?!」

 言いながらも男は『壁』を攻撃し続けた。使うのは四肢のみ。武器はないのか……?

「そうか。しかし私にその名前は届いていないな。実は大した物でもないんだろう?

 まあいいさ。どうせもうすぐ、貴方は死ぬんだ」

 言うと男は僅かに動きを止め、腕をコートの中へ潜らせた。

 しかしそれも一瞬、すぐさま引き出された拳はそのまま壁へ放たれる。

 何やら魔術的な物を孕んだ、メリケンサックを伴って。

「ぅおおおおルルァあああああああ!!」

 拳がソレへ衝突した瞬間、風景が一瞬歪み、周囲へ大きな金切り音が轟く。

 あのお守りを素手でぶっ壊すバカが居るとは、驚愕を通り越して呆れてしまう。

「この壬生沢 英二を舐めるんじゃないわよ?」

「……っ。そうだな。ソレを素手で壊せる人間が居たなんて、全く意味が解らない」

「残念だったわね? これで終わりよ!!」

 再び高速でこちらに迫る男。もはや盾となるお守りはない。

 あんな攻撃を生身に受けてしまえば、どうあがいても死んでしまう。

「終わったのはお前だよ、『壬生沢 英二』さん」

 まあ、もう必要ないんだが。

「ッが!?」

 私が彼へ指を刺し、彼の名前を述べる。それで『詠唱』は終わり。

「流石に見えないし、動けないだろう? どうやら君は肉体派の様だし、この魔術は条件がある分、とても強力だ」

「……何を、したの?」

 男は拳を構えて走っていた前傾そのままに体が止まっている。

 普通なら重力で倒れる所を、私の魔術で『固定』されているのだ。

「止めたのさ。それだけだ」

 私は笑い、ゆっくりと彼へ歩み寄っていく。

 余裕すら見せていた眼前の顔には恐怖が滲み始めた。

 男の目の前まで来ると、私はコートの中をまさぐった。

「ああ、やはり刃物もあったか。本当に武闘派なんだね」

 見つけたのは折りたたみナイフ。ただし軍用の、実用性に溢れた逸品だ。

「何を、するつもり?」

「……ふふ。君は『どうされたい』かな?」

 ああいけない。声が上ずってしまう。

 この瞬間はどうにも高揚が抑えられない。

「そんなに怖がらなくていい。このナイフを君に使ったりしないよ。私はヒトを殺すのに慣れてないんだ」

「……何人もの人間を攫っておいて、どの口が言うんだか。

 貴方の目的はなんなの?」

「神へ至る事さ」

 男は私の言葉に絶句した様だ。

「狂ってるわ」

「かもしれないな」

 自嘲しながら、私はその場にしゃがみこむ。

「まあ、なんにせよ」

「……なに、身体が……?」

「君とは、ここでお別れだ」

 立ち上がる。

 代わりに男の体は、自身の影にズブズブと飲まれていった。

「あ。ああ。ああああ!」

「面白いものだろう? 脚からゆっくりと『咀嚼される』感覚というものは」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 声にならない声を出し、有らん限りの苦悶を貌に刻み付けながら、男は影に嚥下された。同時に体の内側から力の膨らみを感じる。

 これでまた少し、私の目的に近づいた。

「……さて。あの男はどうしたかな」

 一応、落とし子を付けてはおいたが……この餌の身内と考えれば、役不足になる可能性は高い。これが庇いに来る以上それほどの戦闘能力は無いのだろうが、知識の有無で結果は変わる。

 まだ様子を見た方が良いだろう。慎重に越したことはないのだから。

 

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