第2話 失踪事件

 近松から送られた情報を元に、行方不明者達の関係者に話を聞き、許可が出れば部屋を見せてもらった。確かにこれと云った共通点は無く、誰も彼もが突然居なくなったと云う感じだ。また遺書の類は無く、遠出など何日も家を空ける様な準備をした形跡も無く、また失踪する理由も見当たらない。

 これが困ったことに、行方不明者全員がそうだった。

 全員が唐突な失踪。これで警察が動かないなんてどうかしてる。これは依頼主の恋人を探すだけじゃ終わりそうにない。この依頼の解決には、もれなく失踪事件の真相がセットで付いてくる事だろう。溜息が絶え間なく込み上げてきやがる。

 事務所で市内の地図を広げる。失踪者達は社会生活を営んでいた者ばかりだったので、幸いな事に失踪のタイミングはほぼ把握できた。仕事帰りだとか、飲みに行った帰りだとか、コンビニに行った際だとかだ。その大体の場所にチェックを付ける。

 本当は監視カメラの映像なんかも見たい所だが、ただの探偵に映像を見せてくれる場所は無かった。個人情報保護法なんざ糞喰らえ、だ。

「市内でも住宅街の方に偏っているな」

 呟いて、更に地図を見詰める。不意に思い立って、失踪の順番に数字を振った。

「範囲が広がっている。……中心は、ここだ」

 印を付ける。そしてこれまでの失踪した場所から次の場所に当たりを付け、その場所を頭に叩き込んで事務所を出た。失踪者の出た時間は夜中。現在時刻は、そろそろ日付の替わる頃だった。

どん、と外に出た所で誰かとぶつかった。慌て過ぎていたようだ。俺は体格の良い方だが、ぶつかった相手は幸い倒れる事も無かった。

「すみません」

 相手の顔も見ずにその場を立ち去ろうとしたが、

「安定ちゃんじゃないのー。そんなに急いで仕事? こんな時間に大変ねエ」

 名前を呼ばれて立ち止まった。見ると、事務所が入ったビルの隣にあるオカマバーの人間だった。そこそこ馴染があるが、やたらとボディタッチをしてくるので苦手な相手である。

 げっ、と思った。

「やっだーそんな顔しなくてもオ」

「急いでいるので……」

「良いじゃないのオ、世間話するくらいー。アタシはねエ、買い出しして来た所オ」

 腕を掴まれる。放してくれない。足を引っかけて転ばせてやろうかと思っていると、事務所の隣の建物から誰かが出て来た。

「あっママ―!」

 オカマが増えた。げんなりする。こんな事をしている場合ではないのに。

「あら安定ちゃん。……やだ、どこ行くの。やめた方が良いわよ」

 ママと呼ばれたオカマは俺の顔を見るなり、驚いた顔をして、それからつかつかとこちらへ歩み寄り声を潜めて忠告めいた事を云ってきた。

「……は?」

 ぽかんとして、ママを見る。

「だってアナタ、死相が出てるもの」


 何とかオカマ達を振り切った。住宅街の端でタクシーを降り、目的地まで足早に歩く。人に見られれば不審者だと通報されかねないが、今の俺には可能性のある場所をただ歩くしか出来なかった。

 誰かがこの連続失踪に関わっているとしたら。

 これが失踪では無く誘拐だとしたら。

 これまでの失踪発生のペースからして、今日か、明日辺り、事が起こる筈だ。

 暫く歩き回ってみるが、不審な物事には出くわさなかった。今日は外れだったらしい。立ち止まり、少し考えてから、先程地図上に印を付けた、失踪の中心部を見に行ってみる事にした。もう夜明けが近く、この時間なら見咎められる事は無いだろう。

 そこは普通の民家が立ち並ぶ一角だった。

「普通、犯行は自宅の側を避けるものだが……誘拐して、自宅に監禁などしているのであれば、自宅近くで犯行を繰り返してもおかしくない……と云う事は、犯人はこの辺りに住んでいる?」

 犯人が居るとすれば、だが。

 しかし見ただけでどの家が怪しいかなど分かる筈も無い。俺は諦めて、自宅に真っ直ぐ戻った。また明日、同じ時間に同じ場所を歩いてみよう。

「……ッは、死相だって?」

 馬鹿々々しい。何も無かったじゃないか。

 

 翌日。また住宅街を歩いて回っていた。歩き疲れた所で小さな公園を見付け、古惚けたベンチに腰を下ろす。夜明けまではまだ遠い。少し休んだら、また歩こう。そう思いながら、煙草を吸っていた。

 不意に背後で、植え込みががさりと鳴る。

 咄嗟に振り返ると、黒い影が飛びかかってきた。

「うわあっ」

 思わず声を上げながら立ち上がって躱す。

「な、何だ?」

 街灯の明かりを頼りに見遣る。

 するとそこには、黒く、どろりとした、スライムの様な存在が起立していた。

 ぼこぼこと泡立ち、

 滅茶苦茶に目と口が形成され、

 その目がぎょろりと一斉にこちらを見る。

「ひっ」

 喉が引き攣った。

 黒い不定形の塊がゆらりと動く。

 かと思いきや、その一部をこちらへ勢い良く伸ばして来た。避ける間も無くその触腕に腕を捕まれる。抵抗するが、じわじわと引き寄せられて行き、恐怖が募った。

「っくそ、」

 何とか抵抗を試みる。短くなった煙草を、ぷっと吐き出した。それが黒い触腕を掠める。瞬間、相手の力が弱まるのが分かった。一気に腕を引く。上手く解放された。そして後退りをする。そいつは、それ以上近付いては来れない様だった。

「……どうした?」

 やつは触腕を再び伸ばさんとしている様だったが、躊躇う様な様子を見せた。俺はその隙に走り去った。

 何だアレは、何だアレは、何だアレは!

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