闇に嘯くもの
かんばあすと
第1話 私立探偵 木筑安定
ある昼下がり、俺はいつもの様に暇を持て余していた。
普段は猫探しだとか、浮気調査だとか、そう云った小さな仕事で日々を食い繋いでいる。複雑な仕事が入った時はそれなりに忙しいが、個人の小さな事務所にはそんな仕事がバンバン入って来る訳も無く、俺は基本的に暇をしていた。ちなみに金が無いので遊びにも行けない。そんな日々だ。
自己紹介が遅れたが、俺は木筑安定。きつくやすさだと云う。しがない探偵だ。
今日も依頼は来ないか、と諦めかけた所で、事務所のドアがノックされた。
デスク付属の安物椅子からがばっと身を起こす。そして立ち上がり、ドアへ歩み寄りながら声を張った。
「どうぞ」
「失礼します」
か細い返答。と共にドアを開けたのは妙齢の女性だ。長い暗めの茶髪、つば広の帽子を目深に被り、怖ず怖ずとこちらを見上げている。
「ご依頼ですか」
問いかけると小さく頷いた彼女は、帽子を取った。改めてみると綺麗な顔立ちをしている。正確な年の頃は二十代半ばと云った所だろうか。
「では、こちらへどうぞ」
そう云って応接セットへと彼女を促す。それに従ってソファに座った彼女の向かいに腰を下ろし、テーブルの上の一式を使ってお茶を淹れ差し出した。彼女はぺこりと頭を下げると、緊張からか震える手で湯呑を取った。
「……それで、ご依頼は何でしょう」
彼女が一口お茶を啜るのを待って訊ねる。彼女は少し迷う様に視線を落とし、それから俺の方を縋る様な目で見て口を開いた。
「恋人を……行方不明の恋人を探して欲しいのです」
依頼内容はこうだ。
一週間程前、数日に渡って恋人との連絡が取れなくなり、心配になった彼女は合鍵を使って彼の住むマンションの一室を訪れた。部屋は蛻の殻。彼の家族に連絡を取り、職場に問い合わせて貰うとここ数日出社していないとの事だった。家族により既に捜索願は出されているが、事件性の無い失踪と云う事で警察はまともな捜査はしてくれない。そこで探偵に依頼をする事にした。
俺の事務所に来たのは、警察を訪ねた際にある刑事に紹介されたとの事だ。名刺を貰っているとの事で、見せて貰う。近松青磁、と書いてあった。読みはちかまつせいじ、だろうか。携帯電話の番号が書いてあったので、名前と一緒に控えさせて貰う。勿論部署や階級などもメモする。
知らない人物だが、どこかで俺の名前を訊いたのだろうか。警察に目を付けられる様な事は……無い筈だ。多分。
依頼内容を聞き、報酬などの話をしてから依頼人を帰した。さて、先ずは件の刑事に連絡を取ってみよう。俺は拘りのガラホを手に取った。
『はいこちらひさまつ』
……どうやらちかまつ、ではなくひさまつ、だったらしい。
「探偵の木筑です。と云えば分かりますよね」
電話の向こうで、ふはっと笑う呼気が聞こえた。
「どうして俺の事を知っているんです」
『蛇の道は、ってやつだ。それで? 何が訊きたい』
どうやら詳しく説明する気は無い様だ。仕方が無いので仕事の話をする事にする。
「あなたが知っている事を全部」
『……俺あ殆ど知らねえよ。行方不明者の捜索は俺の仕事じゃねえ。ただ、』
「……ただ?」
久松の声が、周囲を窺う様に顰められる。
『最近、この辺で行方不明者が頻発している。ここ一ヶ月で、こっちが把握しているだけでもう八人だ。普通じゃあねえ』
「そんなに?」
『関連性は今の所無し。どれも事件性無しとしてただの行方不明者扱いだ』
警察は無能だな、と、自虐する久松。
『最初は週に一人って程度だった。それでも多いが、最近はペースが上がっている。このままじゃ、毎日行方不明者が出かねん。まあ、そうなりゃ警察も動くだろうけどよ』
それじゃ遅いんだよな、と、今度はぼやきが聞こえてくる。
「本当にどれも事件性無しなんですか。共通点とかは……」
『ぱっと見た感じ、共通点はねえな。年齢も性別もばらばら。強いて云うなら市内在住って所か。もしかしたら、市外から仕事で通っている様な奴も行方不明になってるかも知れん』
管轄違いだから分からんが、と今度は溜息。
「行方不明者の情報を教えてもらえませんか」
『……良いだろう、メールアドレスを云え。送ってやる』
にやり、と、久松が笑った様な気がした。
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