操鋼少女アイアンドライバー

@amane-015

第1話

ホールルームの終わりのベルが鳴る。

「はい、じゃあここまで。日直、号令」

「起立!礼!」

このクラスの担任はやる気が無いのか、何故かほかのクラスによりホームルームが短い。故に下校時には混雑しがちな玄関ホールをいち早く抜けることができる。それは鳴夢にとって願ったり叶ったりだった。

日直の号令を待つより先に鞄を手に持つ。

「鳴夢!今日皆で映画見に行くんだけどさ!」

「ごめん、また今度!」

後ろから飛んできた声に振り返りもせず、彼女は教室を抜け出す。

神戸鳴夢(かんべなゆ)、高校一年生。

いわゆる、オタクであった。



新開模型店。

鳴夢の通う高校から一駅のところにある、小さな模型店である。

その模型店の主人、新開勇(しんかいいさむ)は店の外で煙草を吸っていた。

このご時世、小さな模型店ではなかなか生活していけない。日々のタバコ代にも困る有様でさ……と近所の旦那衆と話していたのが二年前のこと。

時代は変わった、と彼は思う。

模型店の入り口のガラス戸に所狭しと貼られたポスター。その全てに『アイアンドライバー』のロゴが大きく踊っている。

アイアンドライバー。

業界最王手のゲーム会社、『グラフィカルキューブ』が同じく業界最王手の模型メーカー、『ナリタ』と共同開発をしたゲームである。

その最大の特徴は、自分の作成した模型『アイアンドライバー』に、自分で乗り込んで操縦することが可能である、ということ。

これが体感型ゲームの最先端!と大きく取り上げられた結果爆発的ブームとなり、新商品の発売日には大行列、公式大会も盛んに行われ、学校では部活として認められているところもあるとか。

時に、2025年。

「時代は変わるなぁ」

と、52歳を迎えた新開勇は思うのである。

そして。

「勇さーーーーーーーーーーーーん!!!!」

「噂をすれば、か」

まだ姿も見えないうちから響く少女の声に、勇は苦笑してタバコを携帯灰皿にねじ込む。やがて息を切らせてやってきた鳴夢に、勇は言った。

「鳴夢ちゃん、お帰り。約束のもの、置いてあるよ」



勇が取り出してきたのは、色褪せた小さな箱。

「これなんだけどね」

「これ、ひょっとして」

「うん。僕もすっかり忘れてたんだけど、『アイアンドライバー』のプレスリリースの時に、全国の模型屋に一体ずつ送られてきた機体だよ。僕もその時はこんなに流行るとは思わなくて、商品展開が始まったら店に出そうと思ってたんだけど、すっかり忘れていてね」

箱には色褪せてわかりにくいが、茶色の人型のロボットが写っている。隅には『アイアンドライバー』のロゴと、『AD-000』の文字。

「いわゆる『トリプルゼロ』……まさか未組立品が残っていたなんて……」

勇から渡された箱に、鳴夢は感激したように声を震わせる。

「これ、本当にもらってもいいんですか?」

「構わないよ。鳴夢ちゃんには小さい頃から贔屓にしてもらってるしね。『アイアンドライバー』もいっぱい買ってもらってるし、うちが苦しい時は鳴夢ちゃんに助けられてたようなもんさ」

「……ありがとうございます!」

まるで子供のように箱の中身を見て喜ぶ鳴夢に、勇はこっそり「昔から変わらないなぁ」と思う。

何かにつけて新しい玩具に目が無く、男の子に混じってゲームに興じる鳴夢の姿を、勇は昔から見てきた。高校生になって流石に大人しくなるか……などと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

流れるような黒髪、柔和な瞳に銀の眼鏡。痩せ型の体型にすらりと伸びた長い足。『美人』と言えば紛れもなく美人の彼女だが、夢中になるのはファッションでも男性でも無く玩具。

「それが彼女のいいところ、なんだろうけどね」

苦笑する勇に気付かず、鳴夢は、

「勇さん!ありがとうございました!早速これ、帰って作りますね!!」

と言うや否や、踵を返して店から出て行ってしまう。

彼女の家はここから歩いて10分ほどだ。家路を急ぐ彼女の背を見送ろうと店から出ようとした瞬間、

「……店長はいるか」

入ってきた小柄の男の視線に射竦められた勇は、彼がこう言うのを聞いた。

「『トリプルゼロ』。この店にあると聞いた。出せ」

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