二章 襲撃のカタストロフィ 2
ハーミーズとの二度目の顔合わせの翌日。相人は学校の中庭で昼食を食べていた。周囲を校舎に囲まれ、渡り廊下を挟んで校庭や裏口にも繋がっている。中庭は昼休みに過ごす定番の場所の一つで、他にも十人程度の生徒が見受けられた。
相人は、昨日からある指令を受けていた。戦う力を持つ、もう二人のイペアンスロポスの監視と、可能であれば勧誘だ。
ハーミーズは、凛よりも相人が適任だと言っていた。その理由は……、
「しかし、先輩も懲りないですよね。何で昨日も今日も、由羽まで誘ったんですか? 断られるって分かってるでしょうに」
その二人のイペアンスロポスというのが、遠浪遥と白蝋由羽だったからだ。
「まあ、色々あるんだよ……」
相人は、二人の様子を探る為、協力を要請する話を切り出すきっかけを探る為、できる限り二人に接触しようとした。とはいえ、学年も違うのでできることといえば一緒に下校することや、こうして昼食を共にすることくらいだ。
しかし、そこで問題が発生する。由羽が相人を避けているという事実だ。昨日昼食に誘った時も、一緒に帰ろうとした時も、由羽は断ってどこかに行ってしまった。ここまで露骨な態度を取られると、相人も落ち込まざるを得なくなる。
「あ、先輩の唐揚げ美味しそうですね。一つもらいますよ」
「あ、おい」
相人が俯いている隙を突いて遥が相人の弁当に箸を伸ばす。相人の反応は遅れてしまい、唐揚げを奪われてしまった。
「まったく。お前の弁当からも何かくれよ」
「え? 何でですか。嫌ですよ」
「お前……」
こうして他愛ない日常を過ごしていると、遥が強い力を持ったイペアンスロポスとは到底思えない。そうでなくとも、中学の頃から知っている相手が超能力者だと言われて、実感できる訳もない。とはいえ、凛や或子といった前例もあるので否定できないのも事実だ。
いずれにせよ、大袈裟な言い方かもしれないが、人類の未来がかかっている。研究室の意向には従うつもりだった。
「えっと、遠浪。お前超能力とか信じる?」
少し唐突過ぎたかもしれないと思いながら、相人は遥に問う。
この質問の狙いは、遥の反応を見て自分の力を自覚しているかを見定めることだ。自分が超能力者だと自覚していれば、この質問に何らかの反応をする筈だ。不意の反応を見るという意味では、質問が唐突だったのはむしろよかったかもしれない。
「はあ、いきなりですね。……うーん、まあ、あたしはそういうの肯定派ですよ」
その言葉に動揺は見受けられない。表情を見ても、突然の質問に対する疑問以上のものは感じられない。遥は一流の役者という訳でもない。ここまで自然な反応を返すということは、遥はまだ自分の力に自覚はないようだと相人は判断した。
「へえ、遠浪は何で信じてるんだ?」
相人に質問に、遥は声のトーンを一段落として答える。
「……実はあたし、超能力者なんですよ」
「えっ!?」
予想外の答えに思わず大きな声を上げてしまう。周囲から視線が集まる。
「何そんなに驚いてるんですか。冗談に決まってるじゃないですか。超能力者なんている訳ないでしょう」
「い、いや、あはは」
とりあえず笑って誤魔化しておくが、相人の額には冷や汗が浮かんでいた。
こうなると、相人は自分の判断に自身がなくなってくる。遥は本当に冗談を言っただけなのか、自分の力に自覚があるのか、分からなくなってしまった。
「でも、よかったです。思ってたより元気みたいですね」
遥は先程のような悪戯っぽい表情から、穏やかな表情になる。
「先輩のお友達が入院したって聞いたから、落ち込んでるんじゃないかと思ったんですよ。でも、そんなことなくてよかったなって」
「知ってたのか」
まさか伊織のことが一学年下の遥に伝わっているとは思っていなかった。だが、この口振りだと伊織がどんな状態かまでは知らないようだ。
遥は相人が落ち込んでいないと言ったが、それは間違いだ。落ち込んでいてもやらなくてはならないことがあるだけだ。感傷に浸るのは、やることがなくなってからでも遅くない。
「まあ、先輩は寂しがり屋ですから、お友達が学校にいなくてあたし達にやたら懐いてるのかな、って思ったんですよ」
そうやって遥は潜めていた悪戯顔を表に出して相人を茶化した。
遥は暗い雰囲気やしんみりした空気を嫌う。いつも真剣な話もすぐ軽い調子で笑い飛ばす。これは、遥の長所でもあり、短所でもあったが、今回はいい方向に働いたと言える。
相人は少し呆れつつも笑顔を浮かべる。
その時、相人は太ももに振動を感じた。ポケットに入れた携帯電話が震えているのだ。
「ちょっと、ごめん」
相人は遥に断りを入れて携帯電話を取り出し、画面を確認する。先程の震えはどうやらメールの着信を知らせるものだったらしい。
送信者は、百目鬼或子。送信先には相人の他に凛の名前があった。
メールの内容は『襲撃』と、ただ二文字。それ以外の情報は何一つないシンプル過ぎる文面。
相人は可能性を頭の中で展開する。状況説明も何もないということは、それだけ切迫した状況ということか。そして、今或子は治療中だ。所在地は、伯難大学病院脳外科特別研究室。……とにかく、危険な状況というのは分かった。
相人は焦りつつ、すべきことを考える。とにかく凛と合流して、或子の元に向かうべきだ。
相人は凛と連絡と取ろうと、携帯の電話帳を開く。
「悪い、遠浪。昼飯の残りは一人で……」
「? 先輩、あれ何でしょう」
相人が言い終わる前に、遥が相人の背後を指差した。相人は反射的にその方向に振り返る。校庭から中庭に続く道に、何かがいる。校庭の方から何かが来ている。まだ校舎の陰に隠れてその全貌はよく分からないが、何か白い物が見える。
白い物は、ゆっくりとその姿を現す。中庭の方に近付いているのだ。
――相人は、研究員から受けた説明を思い出す。
白い物はその全貌を露わにした。――それは、白いマネキンのような姿だった。真っ白なのっぺらぼうの顔に、凹凸の少ない体。マネキンと違うのは、関節となる部品がないにも関わらず、関節部が稼働していることと、ひとりでに動いていることだ。
相人は息を呑む。嫌な予感、というより致命的な確信があった。
見回すと、中庭にいる生徒の様子がおかしい。離れた場所からも分かる程の異様な発汗と、開いた瞳孔は、恐怖の感情を象徴していた。
「アル……コーン」
相人は突然の事態に真っ白になりそうになる頭を無理矢理正常に戻す。今、パニックになっている場合ではない。
「逃げるぞ、遠浪!」
「え、ちょっ」
遥を引きずるように、アルコーンとは反対側の裏口へ向かう道へ走り出した。
遥は状況が飲み込めていないが、説明している暇はない。反応現象を受けた生徒には気の毒だが、ここで残っても助けられる訳ではない。
そう判断して逃走を選んだ相人は、背後からの声を聞いた。
「どうした? ……おい! 大丈夫か!?」
その声に、背筋を凍らせ、振り返る。
男子生徒が、反応現象を受けたらしい女子生徒の肩を掴んで揺さぶっていた。
彼もイペアンスロポスだ。相人はそう気付いた。
「逃げろ! 早く!」
叫ぶが、その男子生徒は動かない。アルコーンは既に彼らのすぐ近くに来ている。
女子生徒の頭を、アルコーンが掴んだ。男子生徒が、アルコーンに視線を移す。相人の脳裏に、最悪の映像が浮かぶ。
そして、その映像は再現された。アルコーンは、そのまま女子生徒の頭を握り潰した。
頭部に詰まっていた血液が、脳味噌や脳漿、神経を巻き込みながら四方に飛び散る。その大部分は至近距離にいた男子生徒とアルコーンにかかり、彼らは赤く染まる。
男子生徒は後ずさり、支えを失った女子生徒の骸は力なく地面に落ちた。
「うああああああああああああああああああああああああ!」
男子生徒が絶叫する。それは、悲しみの慟哭だけではない。彼の目は涙を溜めながらも、真っ直ぐアルコーンを射抜き、その手は握り拳を形作っていた。
「まずい! 遠浪、先に逃げろ!」
「え……?」
相人は、遠浪から手を離して男子生徒とアルコーンに向かって走る。
男子生徒はイペアンスロポスだが、戦う力は持っていない。しかも、反応現象によって昂ぶっている。このまま口で何を言っても止められない。だから、相人は走っていた。
だが、相人が彼らの下に着く前に、男子生徒は行動を起こした。
「お前があああああああ!」
拳が、アルコーンに直撃する。しかし、アルコーンはびくともしない。
相人は、また研究員の言葉を思い出す。アルコーンは強靭な体を持ち、高濃度のパトス粒子でしか傷付かない。
アルコーンはまるで意に介さず、男子生徒に手を伸ばす。その手が男子生徒の首にかかる。
相人は走る。だが、間に合わない。
アルコーンが力を入れると、男子生徒の首が明らかにおかしな方向を向いた。
「そん、な」
間に合わなかった。相人の膝から力が抜ける。思考に空白が混じり、地面に膝を付いた。
アルコーンは、首の折れた男子生徒を放り出すと、相人の方にそのまっさらな顔を向けた。
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