第六話 【恥】


「ん、んっ…」


ルイスはうなされる様に、重く閉ざされていた瞼を開けた。


「…ここは」

「あ!兄さん!目が覚めたんだね!」


寝起きのルイスに活気溢れる声で呼びかけたのは、いつも通りの笑顔を見せるハレだった。


「なんか…すごく長いこと眠っていた感じだ…」

「んー、兄さんは倒れてから二時間くらいしか眠ってなかったけど、もう大丈夫なの?」


ハレにそう言われ、ルイスは眠る前のことを鮮明に思い出す。


「あ!ハレ、お前こそ大丈夫なのか?あれから二時間って…いくら魔獣の数が少ないとはいえ危険だったんじゃ…!?」


ルイスはそこまで言って、自分が今いる場所を改めて見た。


「ここって…馬車の荷台か?」

「そう、この子が兄さんを運んでくれたの!」


ハレは荷台から外に手を広げ、ルイスの意識をその対象へと向ける。


「ウォウ!」

「…は?」


紹介されたのは、一匹の犬だった。

その犬は、純白の体に引き立つ緑眼で、耳は垂れ、体から伸びた毛は足先程度まであり、歩いていたら踏んでしまうのではないかと思うくらい長かった。毛並み自体はこういう品種なのかは定かではないが一本一本の毛は全て縮れていて、尻尾も同様の毛質で地面に垂れていた。

そして何より真っ先に目が釘付けになったのは、背中に生えた大きいとも小さいとも言えない、しかし体には不釣り合いな出来の、黒いコウモリのような羽だった。


「えっと…」


ルイスは思わず言葉を失った。

見た目は確かに犬のようだった。だが、見たことも無い生物を前に驚きを隠せずにいる。


「可愛いでしょ!この子、兄さんが倒れた後に私たちのところに来てね!」

「…はあ」


ルイスは嘆息し、座り直してハレから倒れた後の状況説明を聞き始める。


倒れたルイスにハレが必死に声をかけていると、その背後へ、この犬は現れたらしい。

突然現れたこの犬に、ハレは最初こそ驚きはしたものの攻撃される様子はなく、それどころかこの犬は倒れている僕を、「馬車へ運ぶ」というのを体を動かしジェスチャーで伝えてきたと言う。

その意図を読み取ったハレは犬に頼み、そのまま馬車付近で僕が目覚めるまで護衛として見張ってもらっていたらしい。


「なるほどな…つまりこの犬は…」

「いい子だよ!!」

「……そうだな」

「ウォウッ!」


ハレの肯定に犬も外から返事をする。


「それで、ここら一帯の魔獣の様子は?」

「うん、今のところは倒したゴブリンの後からは他の魔獣の姿は見えないよ!」

「そうか…」


話が終わるとハレは、馬車から降りて外にいる犬を撫でていた。

そしてルイスは改めて中から、ハレとじゃれている犬を観察する。


犬の様な外見だが、目や体全体の毛の色が異様だ、城で見たことのある魔獣の図鑑には似た外見の魔獣はいたし、本当に犬なのであれば、人間も家畜を使役するのに飼うと聞いたことがある、だがこんな色の犬は見たことも聞いたこともない…元々いなかったはずだ…

そして何より背中に、生えているでいいのか…?あの羽では飛べる気はしない。それに、鳥類種の魔獣の羽に似ている…羽だけ黒いと言うのもおかしな点だ…明らかに生まれつきのものとは思えない。

と、なるとやっぱり可能性としては一つか…


「おい、犬」

「ウォウ?」

「…白々しい、本性を出してみろ。貴様…キメラだろ」

「に、兄さん?キメラって…」


ルイスがそう言葉にすると、犬は動きを止めその目つきを変えた。

そして、体から白い煙幕を放つ。


「ちっ、やはりか…ハレ、そいつから離れて戦闘態勢をとれ!」

「う、うん!」


ルイスは煙幕が続いているうちに荷台から降り、武器を構える。

そして、煙が晴れるとそこにはボロボロの布を一枚羽織っただけの幼い少女が立っていた。

ハレと同じくらいの背丈の少女の足元には、先程の犬のものに良く似た毛が無数に散らばっており、ルイスの見立て通り目の前の少女は犬が変異したものだった。


「なに、これ…」


ハレは驚きに顔を歪めるが、ルイスは依然として武器を握る手の握力を緩めなかった。


「キメラと言うのは、意図的に他生物との遺伝子を組み合わせて作られた魔獣の融合体。

しかし…人間の姿になるとはな作ったやつはかなり厄介者だ。」

「先に言っておくけど」


少女は、武器を構えるルイスたちに両手を挙げ降伏のジェスチャーを向ける。


「私、戦闘は苦手なの」

「何を言っている…キメラは、作った主人の命令に絶対服従のはずだ。

そして、キメラを作るやつは高位魔法を操る様な膨大な魔力を持った人間で、魔獣を生け捕りにしてキメラを作り上げていると聞く。

魔王様の見立てによると、魔獣と戦わせる為に作られるキメラは基本的に我々魔素を扱う者に敵対するそうだ、ならば貴様もそうなのだろう?」

「に、兄さん…」


ハレは萎縮する様にルイスの背後で杖を持っていた


「大丈夫だ、もうお前を危険な目には合わせない。」

「あのさ」

「…なんだ」

「君…人間だよね?今自分で言っていた通り、私が人間に作られて魔獣と戦うため、って言うなら私は君たち人間の仲間ってことにならない?」

「……」


ルイスは黙り込んだ。

忘れていたのだ、今は自分が人間であると言うことを。

魔王と人間が共存して互いに魔獣を討伐できる時代が来ればキメラという、悲しいだけの存在を生み出さなくて済む、だから早く魔王にあって色々と確認をしようと思っていたことを。

そんな、哀れんでいたキメラに図星をつかれた。今は少なくとも敵対などしなくて良い存在なのに、勝手にそういう状況を作り出してしまった自分自身に、ルイスは冷や汗をかき、動揺して武器を持っている手が震え始めた。

震えのせいでカタカタと音を鳴らす武器をみて、キメラは目を細め訝しげな表情をルイスに向けた。


「に、兄さん…?」


背後からのハレの呼びかけで、ルイスは我に返った。


「あ、いや、その…なんだ…えー。い、一度話し合おう…な!犬!…なっ!」

「むぅー」


目を逸らし、そんなことを切り出したルイスにキメラは頰を膨らます。


「え…どういうことなの…」


そんな中、ハレだけが未だ状況をつかめずに混乱していた。


「ハレ、一度あそこのキメラと話をする。それだけだ。いいな?追求はしないことだ、いいな?」

「え、うん?わかった」

「もう、一体何なのさ!」


ルイスがハレにそう話しているのが聞こえていたキメラは地団駄を踏んで転がりまわった。


そして、ルイス、ハレ、人間の姿のままのキメラは夜に備え夕食の準備や火を起こすための枯れ木などを集めていた。


「なんで私も手伝わされてるのさ」

「文句を言うな、助けてもらったことには感謝するが、キメラだと黙っていたことには問題がある。だが、そこら辺の説明も飯の支度を済ませてからだ。」

「ちぇー」


その会話を見ていたハレは、ルイスの腕を引いてキメラから距離を取る。


「ちょ、ちょっと兄さん。流石にそこまでは…」

「…わかってる」


ふてくされた様な態度をとりながら小石を円形に囲むキメラを遠目に、ルイスとハレは話す。


「もう、後でちゃんと謝らないとダメだよ?」


ハレはそう言い残し、キメラの元へと歩く。

その後ろ姿を見てルイスはどこか胸を撫で下ろしていた。


もしも、あのキメラが敵ではないのなら…まあ、そんなことを考えても仕方ないよな。それに…あ、あいつは嫌いだ!


ルイスは先ほどの、堂々と宣言しておきながら空振った挙句、図星をつかれた恥ずかしさを思い出し、腰の剣を抜き素振りを始めた。


「もう…兄さんも手伝ってよお…」


この三人の中で一番被害者なのはきっとハレなのだろう…。

しかし、ルイスがそれに気づく為にはまだまだ機械的な感情を、どうにかするしかなかった。

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