第二話 【正体】
「兄さん、おいしい…ですか?」
机を挟み、対面に座る少女が上目遣いで料理の感想を聞いてくる。
「うん。とても美味しい。城にいた頃は乾パンと水があれば充分だった。こんなにも色鮮やかで様々な味が一度で味わえる物が存在するとは想像もしてこなかったよ。」
「そんな、大袈裟ですよ兄さんったら」
いや、結構本気で言っているんだが、この少女はあまり他者の話に耳を貸す方ではないのか?
「ところで兄さん。眠る前のことって本当に何も覚えていないの?」
「ああ」
「そう…」
食事をする前に、色々と質問をされていた。
自分は何者なのか、ここがどういった場所なのか、なぜ眠っていたのか、今世界がどういう状態にあるかなど…それはもう、たくさんだ。
しかし、ほとんどの問いに首を横に振るしかなかった。正直、この少女が途中から何を言っているのかさっぱりだったのだ。
「兄さん、城とかさっきは魔王様とか言ってたけど…」
「ああ、僕は魔王様と幹部の方々によって作られ、魔王城で警備や城周辺の監視をに務める兵士だった。
勇者が乗り込んできて、てっきり死んだかと思ったが…本当に今はどういう状況なのだろうか」
スプーン片手に唸っていると、少女が立ち上がり部屋を一度退室し、何かを持ってまた対面に座る。
「これが今の世界の状況だよ。」
少女は深刻そうな顔をしながら、持ってきた分厚い本を差し出す。
それを手に取り、一度食事を中断し目を通し始める。
そして読み終わると、また食事を再開する。
「兄さん?」
「その、兄さんという呼び方は正しくない。僕は君の兄ではないんだ。」
「…兄さんは兄さんだよ。」
困ったものだと首を捻る
「私の事も…忘れちゃってるんだよね」
「忘れた、というのが正しい表現になるかはわからないが、少なくとも今は名も知らない」
「そっか…」
「ところで」
「?」
「先程から、妙に違和感を感じる。何というか体の奥から何かが飛び出そうな感じだ。」
「なんだろう…?昔兄さんは冒険者で剣士をやったけど、その影響かな…?」
すると、背後から嫌な気配を感じた。しかしそれは、懐かしいようにも思える不思議な感覚だった。
「魔素……?」
「え?」
それは魔獣や魔王、かつては自分も扱っていた魔素を使用する個体が近いことを知らせるものだった。
「君はここにいて。あ、武器はあるか?」
「えっと、兄さんが使っていた剣が確か兄さんの部屋に…」
それを聞き、一度自分が眠っていた部屋に戻ると、壁に掛けられていた剣をとり、窓から外へと飛び出す。
「これは、魔獣か…」
その対象が近づくにつれ、魔素を使用しているものの詳細を理解する。
「距離は…二十ちょいか…」
鞘から剣を抜き、魔獣の元へと駆ける。すると前方から悲鳴をあげ走ってくる人々とすれ違う。
しばらく走り、住宅地を抜けて木や茂みが深い場所から黒い煙のようなものを全身に漂わせる、猪が現れる。
「攻撃種の魔獣か。ランクは…Fといったところだな。」
剣を構え、魔獣と睨み合うと、魔獣は前足で地を何度も蹴り突進してくる体制へと移った。
「グオオオオオオオオッ」
雄叫びとともに突進してくる猪に、敵としての判断をつけ剣を構える。
一直線に突進してきた猪に、当たる少し前で右に一歩ずれ、猪の鼻先へ剣身を置く。
すると、猪は勢いが治まることなく剣へと突っ込み、鼻の先から尻尾まで真っ二つとなった。
「すごいぞ!」
「ありがとう!」
「君はこの村の英雄だ!」
剣に付いた血を払い、鞘へと戻すと、見ていた他の人々から賞賛の声をあげられる。
「兄さん!」
そんな中、人混みをかき分け聞き覚えのある声の主が自分の体に飛びつく。
「おっと…どうした、えっと…」
まだ名を聞いていなかった。これから話を聞く上でこの少女の名は覚えておくべきだろう。
「私は、ハレだよ。そして兄さんの名前は…」
「ルイ…ス?」
「えっ…兄さん記憶が!」
何故だろうか、ハレというこの少女の名を聞いた途端に、ルイスというのが自分の名だと自覚した。不思議だ…本来僕に名前なんて…
考えていると、突然頭の中にノイズのようなものが映り、過去の記憶が一瞬見えた。
それは、自分が生まれてすぐに自分を作り出した魔王の幹部である一人の男に、名を与えられていたこと。しかし、それ以上は思い出せなく、結局自分の本当の名がわからなかった。
「すまない、一度拠点へ戻り再度確認したいことがある。良いだろうか」
「う、うん!帰ろ兄さん!」
少女ハレと、ルイスが話していると一人の老人が二人の元へ近づいてくる。
「ちょいといいかの?」
「なんだ」
「先の剣さばき、見事であった。して、お前さん元冒険者のルイス殿であろう?いつ目が覚めた?」
「えっと、ハレと言ったな。この老人は知り合いか」
「この村の村長で、兄さんの容体をよく見てもらっていたの」
「そうか、ならばこの者にも来てもらった方が情報が集まりそうだ」
そして、ハレとルイス、村長の三人は一度ハレ達の家に戻りこの世界のことやルイスの状態について話し始める。
「それじゃあ聞かせてほしい。この本によると、勇者は魔王城へ乗り込んだが返り討ちにあっていると書かれている。つまり今も魔獣や魔素を扱う魔王様の従者達は、この世界のどこかにいるのだな?」
ルイスは先程読んでいた分厚い本を手に、対面に座る村長に問う。
「その通りですじゃ、して声をかけたのは、目が覚めたお主には今一度冒険者に戻ってもらい、勇者様が倒せなかった魔王討伐のために旅に出てほしい。お主達の両親の仇のためにも。」
「冒険者?両親の仇?なんだそれは」
ルイスは黙り込んでいたハレに目を向ける。
「二年前、この村は唐突に魔王の幹部に襲われて、お父さんとお母さんはその時に殺されたの。兄さんはその時に戦って、負けて、それでずっと眠っていて…」
「なるほど、だんだんと話は見えてきた。だがまだ謎は多いな。」
「なあルイスよ、今のお主は一体…何者なんじゃ…?」
村長とハレは一様に固唾を飲んで、ルイスを見つめる。
「僕は、魔王様に作られた兵士。魔素を扱い勇者達を魔王様に近づけないよう壁となる兵士だ!」
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