第百二十五話 薔薇と薔薇

「これは凄い、宝石で薔薇・・・・・を表現しているのか――」


 フレンズが感嘆の声を漏らした。台の上に置かれたのは、ルビーをカットして再現された宝石の薔薇だった。


 ふむ、カット技術は中々のものだな。


「驚きました、まさかルビーでここまで美しい薔薇の形が出来るとは」

「ふふ、当然だ。師匠の技術を引き継いだこの私の腕があればこの程度なんてことはない」

「うむ、私も今初めて見させてもらったが見事だ。マカロニが作成したクィーンレッドローズはまさに芸術品。宝石好きの貴族なら金に糸目をつけずこれを欲することだろう」


 デニーロも満足気に頷いていた。ふむ、確かに出来はいい。上手く宝石で薔薇を表現している。


「さてどうする? 諦めてこれまでの非礼を詫びるなら今のうちだぞ?」


 マカロニがロールスを見下ろしてくる。随分と高圧的だな。もっとも職人というのは我が強いものだけどな。ベンツなんかもそうだ。ただ、それでもこの男みたいな勘違いはしないだろうが。


「なるほど、奇遇ね私も薔薇を題材にしたのよ」

「何? お前が薔薇を? はは、ハッハッハ! これはいい。これでますます我彼の腕の差がはっきりするぞ。よりにもよって私と一緒とは不幸なことだ」

「そうね、本当に不幸だと思うわ」


 ロールスの発言にマカロニが怪訝そうに眉を顰めた。彼女の言葉には細工師としての自信が感じられた。


「なら、見せてみろ! お前の作品を」

「勿論よ、これが私のピュアナチュラルローズよ!」


 そしてロールスが持参した作品を台の上に置いた。その瞬間、沈黙がその場を支配した。フレンズもデニーロも、そしてマカロニさえもすっかり言葉を無くしていた。


「――こ、これは黒色の薔薇と赤色の薔薇、しかもマカロニと違い葉に至るまで全て……」


 息を呑んでようやく声を絞り出したのはデニーロだった。


「……これは、見事です。見事に薔薇を宝石・・・・・で再現している。いや性格には宝石だけではないでしょうか?」

「そうだ! 赤い薔薇はルビーだそれはわかる。だが、黒い薔薇と葉は違う! これは――」


 そのとおり。マカロニはルビーだけで薔薇を表現して持ってきた。カットの技術を見せつけるように手も込んでいた。


 一方でロールスはルビーだけで仕上げてはいない。その秘密は――


「そうよ。この黒薔薇は鉄を酸化させることでこの色を表現しているの。そして葉は銀、僅かな変色を織り交ぜて優しい色合いにするのがちょっと大変だったけどね」


 ロールスがマカロニの疑問に答えるように説明した。するとデニーロが目を見開き台座に近づいてロールスの作品を凝視した。


「馬鹿な! これがあの鉄だというのか! 葉っぱも銀だと? そんな、わざわざこれだけの輝きを放つルビーに、あの無骨な鉄の薔薇を添えたというのか! おまけに葉っぱも銀だと?」

「そうよ。エドソンくんから聞いたけど、貴方随分と宝石以外の金属を下に見ていたみたいね」

「む、それは……」

「でもね! そんなの間違っているわ! 真に宝石をそして宝飾品を愛しているなら鉄だって銀だってあらゆる金属に興味を持つもの、いえ、石や木だって工夫次第でいくらでも他の宝石を引き立てたり、宝石にもまけないぐらいの輝きを放つことだってあるの。それも含めて全てに興味を持ち敬意を払うのが真のコレクターでそれら全てを上手く料理するのが細工師よ。私が作ったこれだって鉄も銀も使わなければただ自分の腕だけを主張したような独りよがりな作品になりかねなかったんだからね!」

「ロールス様もいいますね」

「あぁ、この辺りは流石ベンツの娘だな」


 後は今のロールスの言葉をマカロニがどう捉えるかだが――


「さてデニーロ卿。どちらの作品が良いと思ったか判定を聞きたいところだが」


 私はデニーロに答えを促した。私としては結果は火を見るより明らかだと思うがデニーロはそれを素直に認めるか――


「よしてくれ。そんなもの聞くまでもない――俺の、負けだ」


 だが、デニーロの口から結果を聞く前に何とマカロニが負けを認めてしまった。その肩はガックリと落ちてしまっている。


「マカロニ……」

「デニーロ様も、その目はやはり同じことを思ったのですね。私の作品とその子の作品どちらが優れているか。それはフレンズ氏の言葉一つとっても明らかだ」

「え? 私ですか?」

「そうだ。貴方は私の作品を見た時、宝石で薔薇を表現していると言った。一方彼女の作品を見た時には薔薇を宝石で表現しているといった。つまり私のは薔薇の形をしていても宝石の域を脱しておらず、彼女の作品は見事に薔薇として表現してみせていた」

「……そのとおりだ。それにこうして見比べてみるとよくわかる。ロールス殿の細工した物はカットは必要最低限で自然な形を仕上がっている。それに比べればマカロニ殿は手がかかりすぎてしまっていた。それがより一層作り物感に拍車を掛けてしまっている。それにロールス殿のは鉄や銀といった素材で作成された黒薔薇や葉が生きてきており見事に調和し、互いが互いの良さを引き立てあっている」

「そう、独りよがり。まさにそのとおりだ……貴方は本当に素晴らしい腕をお持ちだ。それなのに、どうかこれまでの非礼を許して欲しい」


 マカロニがロールスに頭を下げる。さっきまで妙に高圧的に思えたが、認める時は素直に認められる男だったようだ。


「ううん、私の方こそ何か生意気なこと言ってしまってごめんなさい。宝石のこととなるとついムキになっちゃって」

「はは、その気持ちはよくわかる。しかし、おかげで勉強させてもらった。思えば私は師匠のことを尊敬しているが同時にこだわりすぎてしまいつい師匠に負けないようにと思い技術ばかりにこだわりすぎたのだと思う。反省しなければいけないな」


 ふむ、勝負には負けたが、マカロニの刺々しさがいい感じで薄れた気がするな。


「薔薇をモチーフにした勝負で棘が抜けるとは面白いものだな」

「御主人様、もしかして上手いこと言われたと思われてますか?」

「……メイ、その、恥ずかしいからそういうことは思っていても口には出さないでくれ」


 何とも気恥ずかしい。やれやれ――


「私からもお詫びをさせて欲しい。ロールス殿にもそしてエドソン殿にも失礼な態度をとってしまった。今思えばこの地を預かる領主としてあまりに恥ずかしい行為だったと思う」

 

 マカロニに続いてデニーロも謝罪の言葉を述べてきた。


「別に私は気にしていないよ。こちらも急なお願いではあったし。むしろこれを気に良い関係を結べればそにこしたことはない」

「それはもう。そういう約束でもあったし、ロールス殿のような優れた細工師のお嬢様とお近づきになれるのなら、こちらとしてはいい事ずくめで逆に申し訳ないぐらいなので」

「優れただってエドソンくん! それにお嬢様って何か照れちゃうね」

 

 さっきまではちょっとムッとしてたようだが、勝負が終わりわかりあえばもう気にせず笑顔も見せている。このさっぱりとしたところがドワーフのいいところでもあるな。


「いやしかし、貴方のおかげで私も目が覚めましたよ。今後は宝石以外の金属にも目を向けようと思う」

「はは、しかしデニーロ卿も笑顔になれてよかった」


 フレンズが言う。確かにここまでデニーロは気難しい顔ばかり見せていたな。


「む、そう笑顔か。確かにここ最近は悩みのタネも多くて……いいわけするつもりもないが、皆様につい強い態度で接してしまったのもそれが大きくてね」


 デニーロの表情に影が落ちる。ふむ、悩みのタネか。


「何か、問題が起きているのですか?」


 するとメイがデニーロに問いかけてくれた。


「いや、ついこんなことを。あくまで私事でして」

「そう言わず。これからの付き合いもありますし、もしかしたら何か協力出来ることもあるかもしれませんよ?」

「……そう行って頂けると。実は最近鉱山の温度がやたらと上がってまして。それと同時に川の水量も大分減っており干上がってしまった川や湖もあるのです」

「そういえば、最近は宝石の採掘量も減っていましたがもしかして?」

「そうなのだ……鉱山の中は非常に暑くて、鉱夫の体も持たなくてな。水も屋敷からも提供したりもしたがとても足りず、作業が思うように進んでいないのだ」


 ふむ、話を聞いていると思ったより自体は深刻そうだな。だが、それならば――


「その話、どこかで根本的な問題は解決する必要があると思うが、一時的に今解決出来る方法なら提供出来るぞ」

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