第百二十三話 ベンツの家族

 ベンツの説得は終わった。酒好きなドワーフで良かったと言うべきか。


 ただその前にまだ大事なことが残ってるわけだが。


「で、その指導は一体いつからいけばいいんだ?」

「その件なんだが、実はそれでもう一つ問題があってね。今のままじゃ火の魔石が手に入らないんだ」

「何? お前の話を聞く分には火の魔石が手に入らないと仕方ないんだろう? それとも俺のところから持っていくか?」


 訝しげに眉を顰めた後、ベンツが提案してきた。鍛冶が三度の飯より好きなドワーフが暮らす場所だ。当然火の魔石だって採掘出来る。


 しかし――


「いや、さっきも言ったがそもそも外界で手に入るものだけで作るつもりなんだ。それにそうでないならもっと便利な魔導具を提供すればいいだけの話だしな」

「ふむ、なるほどな……で、何とかなりそうなのか?」


 私に尋ねながらベンツが酒の注がれたジョッキを煽った。本当酒好きな種族だ。


「それは――ロールス次第かな」

「何?」

「え? わ、私?」


 私がベンツの肩に乗る少女を見つめながら話すと、ベンツの眉がピクリと反応し、ロールスも自分を指差して驚いた。


「おい、うちの娘次第ってどういうことだ?」


 そして身を乗り出し威嚇するようにベンツが聞いてくる。はは、凄い圧を感じるあ。これはやっぱベンツの説得の方が大変かな?


 とにかく、デニーロ男爵との間で起きたことを話して聞かせる。


「――というわけで、ロールスに協力をお願いしたいんだ。装飾具を作成して一緒に外界に来てもらうだけで――」

「駄目だ駄目だ駄目だーーーー! 絶対に許さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」

「御主人様大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうメイ」


 ベンツの怒鳴り声で椅子ごと倒れてしまった。メイが支えてくれたけどとんでもない大声だ。


「べ、ベンツ。ちょっと落ち着いてくれ。娘さんが心配なのもわかるが、私もメイも一緒だし、ちょっと街に来てもらうだけで」

「い~や駄目だ! 大体人は信用できん! なんだかんだ理由をつけて娘をたぶらかしたりするに決まってる!」


 ドンッとジョッキを叩きつけてベンツが怒鳴り散らした。たぶらかすって確かに可愛らしい娘さんだけど、だから私とメイがしっかりついていると言ってるんだけどなぁ。


「頼むよベンツ。今回ばかりは娘さんの協力が不可欠なんだ」

「御主人様」

「うるさい! だったらもうそんなものはいらん! うちから好きなだけ持っていけばいい!」

「いや、だからそれじゃあ意味が」

「御主人様」


 私とベンツが話し合っていると横からメイが呼びかけてきた。


「うん? どうしたんだいメイ? 今大事な話を――」

「…………ジー」


 メイが目配せしてきた。なんだろうとその方向を見てみると、ベンツの肩の上にいるロールスがプルプルと震えていた。


「えーと、ロールス?」

「うん? 何だ娘がどうか――」

「パパ! 私この話受ける! 絶対にね!」

「は、はぁああああ!?」


 すると、なんとロールスの方から希望の声が上がった。しかも真剣な顔で鼻息も荒い。かなりやる気だ。


「だ、駄目だ駄目だ! お前はまだ子どもだ! それなのに人の街なんかに!」

「何言ってるのパパ! パパは悔しくないの!」

「は? く、悔しい?」


 ロールスが食らいつく。そして腕を組んでベンツの肩の上で立ち上がった。


「そうよ! いいパパ? そのデニーロって人はね、鉄を馬鹿にしたのよ! 鉄は宝石に勝てないですって? 鉄と宝石じゃ比べる意味がないですって? 魔法銀も宝石に比べて魅力がない? はぁああぁああぁああ?」


 これは驚いた。なんとロールスはデニーロが宝石以外の金属をないがしろにしたことに腹を立てているようなのだ。


「冗談じゃないわよ! こんな話をされて、鉄と酒をこよなく愛するドワーフの男が何も思わないなんてありえない!」

「う、うむ。確かにそう言われてみると、腹が立ってきたぞ!」

「そうよね! そうよ! 私はドワーフの女で宝石をつかって細工することが多いけど、だからって他の金属を蔑ろにしたりしない! むしろそんなことを平気で言えるなんて真の宝石好きじゃないわ! 宝石も愛して鉄や銀も愛す! それが真の細工師の姿よ! それなのに信じられない! だからパパ、私はエドソンくんと外界に行くわ!」


 お、おお。何か凄くロールスが熱くなってる。鍛冶師か細工師かの違いはあれどやはりドワーフの娘だ。何とも頼もしい。やっぱりくんづけで子ども扱いされてる気がするけど。


「ま、待て待て! だからってそれとこれとは話が違う! やはり人の街には!」

「よく言ったよロールス! それでこそあたいとベンツの娘だよ!」

「へ?」


 その時、作業場にやってきた女性が話に加わってきた。背が小さいけど、美人さんだな……目つきは厳しくて勝ち気っぽくはあるな。そして私とベンツの娘って……


「もしかしてベンツの奥さん?」

「アッハッハ! あんたがエドソンかい。本当、子どもみたいだねぇ」

「子ども……」


 ベンツを睨むと目をそらした。あいつ、一体家族に私を何と言って伝えてるんだ!


「あたいはこの人の面倒見てやってるジープさ。よろしくね」

「お、おい面倒みてやってるってお前」

「何だい! 間違っているっていうのかい!」

「い、いえ、滅相もない。あってますはい……」

 

 お、おお、ベンツがまるで頭が上がらない。何かペコペコしてるし。これが結婚して子どもを生んだ女性の強さって奴か。


「ママ! 私、外界に行きたい! そして鉄を馬鹿にした人に本物の宝石の扱い方を教えて上げたいの!」

「うんうん。そうだね。そこまで言われて黙ってちゃドワーフの女がすたるってもんさ! よし、行っておいで! そろそろ外の世界を見てみるのも良い経験になるだろうしね!」

「いや、お前、そんな勝手に」

「何よ! あんた! 文句あるの!」

「い、いえ、ありません……」

「御主人様、笑いすぎですよ」

「メイだって――」


 全く。人に丸め込まれるベンツなんて初めてみたぞ。ちょっと映像として記憶しておけばよかったかな。


「くっ、おいエドソン!」

「何だい?」

「うちのやつがこう言ってるから、娘のことは許可してやる! だけど、絶対、絶対に! 目を離すんじゃねぇぞ!」


 ベンツに散々釘をさされた。全く奥さんと比べると悪い意味でも娘への愛情が強すぎだな。


 それだけ溺愛しているってことなんだろうけど、ジープがいてくれて助かったな。


 さて、後はロールスが対決用の装飾具を完成させるのを待つばかりだな――

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