第百二十二話 ベンツと鍛冶と酒
「ベンツ、久しぶりだな」
「久しぶりか? 最近は良く会ってる気がするぞ」
扉を抜けた先にベンツがいた。ベンツは大体作業場にいるから、いきなりお邪魔しても大体いるから楽でいいな。
「あ! エドソンくんだ。久しぶりだねぇ」
すると、奥からトコトコと歩いてきたのはロールスだ。いつのまにか結婚していたベンツの娘で可愛らしい顔をしている。
しかし、くん……いや、確かに私は見た目が子どもだけどさぁ。
「ほらみろ、娘さんは久しぶりと言ってるぞ。そんなにしょっちゅう来てるわけでもない」
「こいつはまだ子どもだからな。時間の感覚が俺とは違うんだよ」
「むぅ~~! パパってばいつまでも子ども扱いしてぇ~」
「お前はまだまだ子どもだよ」
ロールスがぷんすかと怒ると、笑いながらベンツが彼女の頭をぽんぽんっと叩いた。
ベンツは希少種のオーバードワーフだ。本来のドワーフと異なり図体が大きい。一方ロールスはドワーフらしい小柄な体格だから対比すると何か凄いな。巨人と子どもみたいだ。
「それで、わざわざ来たってことは何か用があるのか?」
「あぁ、そのことなんだが――」
私はベンツに今後の計画について話してきかせたわけだが。
「なるほど魔導列車か。しかし、お前は相変わらずサラリととんでもないことを言うな」
「そんなにとんでもないか? 鉱山が見つかったのだから普通はそれぐらい考えると思うんだけどね」
「ご主人様は感覚がかなりズレてますので」
「はっは、確かにな。あんたも大変だろう?」
「待て待て! 私のどこがズレているというんだ!」
全く。メイも何を言い出すかと思えば。ベンツはベンツで何故かメイに同情しているし聞いていたロールスはベンツの肩に乗せられ楽しそうに笑っている。
「とにかく、その手伝いをお願いしたくてな」
「ほう、魔導列車の作成か。それは中々面白そうだな」
ベンツが顎をさすって僅かに口元を緩ませる。ものづくりが好きなドワーフだからこの手の話には目がない。だけど、今回は直接作ってもらうことを目的としていない。
「ベンツ。実はその作成なんだが――基本的には現地の人間にやってもらおうと思っているんだ」
「何? どういうことだ? 必要な魔導具関係はお前だって自分で作るんだろう?」
「今ご主人様は魔導具の作成にしても自らがそれほど手を出さず、現地の魔導具師に作成してもらったりしているのです。素材も現地周辺で手に入るもののみで構成しています」
ベンツが怪訝そうに問いかけてくる。それにメイが答えてくれた。
「は? お前が自ら作らないって……本当か?」
「まぁ全く作らないわけでもない。試作品など最初に先ず作成するしな。だけどそれも相手に覚えて貰うためだ」
ベンツが信じられないといった顔を見せてきている。マジマジとどうかしたんじゃないかって目を向けてきてるし、何か失礼な話だ。
「全くどういう風の吹き回しなんだか。世界が滅んだりしないよな? 魔王あたりが出てきたりとかよ」
「何故そうなる? 一体お前の中の私はどういう存在なのだ!」
「魔導具馬鹿」
「ぐぬぬぬっ!」
「しかし御主人様は、魔導具作りに没頭しすぎてうっかり300年徹夜したりする御方ですので、気持ちも多少は……」
「だろ? 俺でも徹夜は精々半年ぐらいだぞ」
「パパ、それでも十分おかしいけどね」
ロールスがそんなことを言うが、半年はまぁ普通な方じゃないか? ただ300年徹夜は少々やりすぎたかもしれないけどね。
しかし、そんな風に思われていたとは。いや、でもこれは必ずしも悪い意味とは言えないのではないか? 真摯に魔導具と向き合っているという意味でもあるかもしれないしな。
「何か自分に都合の良いように解釈してそうだが、それはそれとしてだ。結局俺に何して欲しいんだ?」
「今の話にあったように私がやったことと同じことをお願いしたいってことだ。つまり人間の指導だな」
「人間の指導だと?」
「そうだ。私は魔導具の作成などは助言出来るが金属の加工はやはりその道に精通した職人に限る。そういう意味ではベンツがピッタリだ」
腕を組み、うんうん、と1人納得する。この条件にベンツほどぴったり合うものはいない。
「やれやれ何かと思ったら。だったら御免だぜ。自分で作れってなら考えなくもないが人間に教えるなんざ時間の無駄だ」
しかし、ベンツは私の頼みを軽く一蹴した。ドワーフの自分たちの鍛冶仕事に絶対の自信を持っている。だから人の腕は信用していない。とは言えだ。
「何故だベンツ? 前は私が連れてきたクリエを教えていたではないか。今でも時折来ているのだろう?」
クリエには扉の使い方を教えて宿から来れるようにしてある。何度か話を聞いたが時間が出来ると来て手伝ったりしているようだった。その時に仕事も教わっていることだろう。しかし当然彼だって人間だ。
「うん。クリエくんも来てくれてるよ」
「……あぁ来てるな」
だよね。でも、何故かベンツがムスッとしているな。
「クリエが何か迷惑を掛けたのかい?」
「……仕事はまぁ、人にしてはやるほうだ。それは認めてやってもいいが――」
そういいながら、何故か横目でロールスを見ていた。何なのだ一体?
「……御主人様はやはり鈍いですね」
「鈍い? 何の話だ?」
何か気のせいかメイがため息をついている気がするぞ。
「とにかくこれ以上娘に妙な虫が、いや、面倒事はごめんだ。そんなことならお断り――」
しかし、口が止まり、その目は私が置いた酒瓶に向けられていた。ゴクリと喉が鳴る。
「それは酒か?」
「あぁ、とある街で見つけたすごぶる旨いと評判な蒸留酒だ」
「蒸留酒だと!」
ベンツが目を剥いた。ドワーフは鍛冶で有名だが同時に酒好きとしても知られている。血液の代わりに酒が流れていると豪語するほどだ。
しかも蒸留酒は元々は人の考えた製造法でドワーフは自分では作れない。だが酒好きのドワーフは当然これにも目がない。
「そうかそうか。お前もそういう気が利く男になったんだな。どれどれ――て、おい」
ベンツが手を伸ばしてきたので一旦それを取り上げた。そしてメイに渡す。メイは敢えて瓶がよく見えるように持ってくれていた。
「この酒は報酬と思ってくれ。私の頼みを聞いてくれたら渡そう。勿論その場合は一本なんてケチくさいことを言うつもりもない」
「むむむ、お前、卑怯だぞ!」
私が条件を話すと、唸り声を上げて抗議してきた。よだれが出てるぞ。
「これが交渉という物だ。何もないのに渡すわけがないだろう?」
「むぅ……」
それから暫くベンツが悩む。酒好きのドワーフだ。嫌だとは言わないと思うのだが。
「……わかった。ただしその酒が俺の口にあったらだ」
「そうか、ならそれでいい。約束だぞ?」
「ふん、バッカスに誓って嘘は言わねぇよ」
それなら問題ない。ドワーフは酒の前で決して嘘をつかない。まして彼らが信仰している鍛冶と酒の神バッカスに誓ったなら間違いない。
そしてメイが仕入れた酒をデカいジョッキに注いだ。ドワーフは呑み方も豪快だからな。
グビグビと酒を煽った。一見するとまるで味わってないように見えるがドワーフは酒の味にはうるさい。中途半端なものを呑ませたら間違いなく不機嫌になりこの話もなかったこととなるだろう。
だが、これはメイが認めた酒だからな――
「むぅ、ドシッとくる重さがありながら喉越しは爽やか。この酒なら幾らでも呑んでいられそうだ」
「それはつまり?」
「……ふん、仕方ねぇな。その話は受けてやるよ」
よし、これでベンツに関しては問題ないな! あとは――
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