第百十九話 男爵のコレクション
デニーロ男爵に協力を呼びかけた。迷宮から手に入った鉱石や宝の取引も優先的に行うとさえ提示した。
デニーロにとっては悪い話ではない筈だろう。そう思ったのだが、その答えは。
「うむ、確かに良い取引にも思える――だが断る」
これだった。断った、だと?
「それは、一体何故でしょうか? 私が言うのも何ではありますが、悪い条件ではないかと思うのですが……」
これにはフレンズも解せないのか、デニーロに問いかける。するとデニーロはフンッ、と鼻を鳴らし。
「第一に先ずお前たちを完全に信用する気にはなれん。色々言ってはいるがお前たちがフォード領からやってきているのは確かだしな」
「しかし、だからこそ商業ギルドからのお手紙を持参したのですが……」
フレンズが言葉を返す。商業ギルドは冒険者ギルドと同じく、大陸中に広がる大きな組織だ。これは言うなれば領地に縛られない組織ということでもある。
そのギルドから推薦された形なのだからそこに嘘偽りはない、ということなのだが。
「なるほど。確かにそういう側面もあると言えるが、しかし理由はもう一つある」
「もう一つだと? それは一体何なのだ?」
「単純な話だ。お前らのいう迷宮資源が私には特に魅力的に思えない」
「何だと? つまり鉱石は必要としないということか?」
私が問い直すと、デニーロがコクリと頷き。
「この領地で最も重視しているのは鉱山から採掘できる宝石だ。それに比べたら美しさのかけらもない鉄など何の価値もない」
鉄の価値がない……この口ぶりから見るに宝石のような美しさが足りないということか。
「デニーロ卿、迷宮からは鉄以外にも魔法銀が採掘出来ます。それでも魅力を感じないと?」
「はは、魔法銀だと? ふん、そんなものはドワーフにでもくれてやればいい。銀だろうと魔法銀だろうと宝石の放つ輝きには遥かに劣る」
「そもそも鉄も魔法銀も美しさというよりは材料にして道具や装備品にするのが主なのですがそれでも必要ありませんか?」
メイが問う。そう、デニーロが言っているのはあくまで宝飾品としての価値だ。
「この領地では宝石を加工して販売するのが主な産業だ。我が町には腕利きの宝石職人が多い。それ以外の道具などは他の領地から購入すれば事足りる」
デニーロがふふんっと鼻を鳴らす。こいつは、例えそうであっても私達と取引することには十分意味あると思うが、フォード領に対する悪感情が勝ってしまっていて頑なになってしまっているようだ。
「というわけだ。悪いがこの取引には応じられない。どうぞお引取りを」
そしてデニーロが話を締めようとする。くっ、火の魔石はどうしても必要なのだが、こやつがこんな態度では……
「お待ちをデニーロ卿」
「何だ? 何を言われたところで私の考えは変わらんぞ」
席を立とうとするデニーロだが、それをフレンズが引き止めた。
フレンズは一体どうするつもりだ?
「確かにこれ以上はなかなか難しいかもしれません。出直そうとも思いますが、その前に可能なら貴方様の宝石コレクションを拝見させてはいただけないでしょうか?」
「何? 私のコレクションをだと?」
「はい。何せデニーロ男爵の宝石コレクションと言えば私の暮らすフォード領にまで聞こえてくるほど素晴らしいと聞き及んでおります。そこでどうか見聞を広げる為にもお見せ頂きたいのです」
フレンズがそう申し出る。宝石のコレクション? それを見てどうするのか。あるいは本当に興味があるのか?
「……ふむ。ま、そこまで言うならな。一応はここまで話を聞いたのだ。ただ取引を断っただけで追い返すのも大人げないというもの。良かろう特別に私のコレクションを見せてやろう」
フレンズの話を聞き応じるデニーロ。何か、やれやれといった様子を見せていたが、声は弾んでいた。機嫌もよくなってないか?
「御主人様。きっとデニーロ男爵はコレクションを褒められることに喜びを感じるタイプなのかと。だからこそフレンズ様はコレクションが見たいと申し出たのかと思われます」
メイがそう耳打ちしてくれた。なるほど、デニーロのご機嫌を取りコレクションを見に行く体で突破口を切り開こうということか。
流石だな。やはりフレンズは商人として優秀だ。
その後、デニーロに付き従い屋敷の地下に設けられたコレクションルームに案内された。
「ほう、これは確かに見事なものですな」
「ハッハッハ! そうだろうそうだろう。大陸中、いや世界で見てもこれほどのコレクションを有するのはそうはいないと自負しておる」
デニーロが随分と嬉しそうに語った。だが、言うだけあって部屋中に様々な宝飾品が置かれていた。ガラスケースが設けられ壁に埋め込まれていたり、台が置かれケースの中に展示してあったりと様々だ。
「これなど見事な細工ですね」
「ほぉなかなか目の付け所がいいではないか。この細工はあのマカロス・フォーリアの弟子が――」
感心するフレンズにデニーロが得々と語っていた。私もそれらのコレクションを眺めるが、これが自慢のコレクションねぇ。
「ふふ、こういっては何だが私の町にいる職人は全てが一流。その手で生み出される宝飾品の数々も一級品ばかりだ。だからこそ町には遠方から様々な貴族が訪れ購入していく。わかったか? 我が領で鉄や銀などといった無骨な鉱石を必要としない理由が」
「え? あ、それは――」
フレンズが戸惑う。デニーロをおだてつつ何とか交渉を再開させるキッカケを掴もうとしたのだが、かえって取引を必要としない理由が明確になってしまったと、そう思っているのだろうが。
「ハッハッハ! これは驚いた。全く、世界一を自負するのだからどれだけ素晴らしい物が見れるかと思えば、まさかこの程度とはな」
私は笑い声を上げ、そう言い放ってやった。全くこの程度で一流とは笑わせてくれる。
「な、何だと? 貴様、一体どういうつもりだ!」
「え、エドソンさん。ここで機嫌を損ねては――」
途端にデニーロが怒り出し、フレンズも慌てだした。だが、これは仕方のないことだ。
「フレンズ。悪いが私はこれで正直な性格でな。大したことのないものを素晴らしいなどと口が裂けてもいえないのだ」
「な、何だと! き、貴様のような子どもに何がわかるというのだ!」
こ、子ども? くっ! だから私は子どもではないというのに! 全く腹の立つことだが、しかしこれはある意味好機かもしれない。
「私はこう見ても宝石の目利きには自信がある。だからわかる。ここにある品々、確かに使われている宝石は素晴らしい上質なものだ」
「は? 何だ貴様! 今さっき私のコレクションをけなしておいて今更褒めたところでもう遅いぞ!」
「褒める? 馬鹿を言え。私は嘆いているのだ。確かに宝石は素晴らしい。それは認めよう。だが残念ながら細工が最悪だ。これほどまでに素晴らしい宝石の良さを完全に殺している。これで一流の宝石職人だと? 聞いて呆れる」
「な、な、あ、が」
私がそう言い放つと、デニーロが顎が外れんばかりに口を大きくさせて絶句していた。
「き、きき、貴様よりにもよってうちの職人の腕がよくないとそう言うのか! 私が大陸中から集めた一流の職人たちを侮辱するのか!」
「これで一流ね。一体どこに声をかけてまわったらこの程度の腕の職人が集まるのか逆に不思議な程だ。全く、これに比べたら私の知る職人の方が遥かに腕がよいぞ」
「何だと?」
デニーロ男爵の耳がピクリと反応した。そして私に指を突きつけ言い放つ。、
「言ったな! そこまで言ったからには見せてもらうぞ! 貴様の言う職人の作った宝飾品を!」
「いいだろう。三日後にまた来てやろう。そのときに本物の宝飾品をお見せしますよ」
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