第百十八話 男爵と会う

「むぅ、これは本当にすごいな――」

 

 商業ギルドへ向かった我々だが、最初はかなり煙たがられた。やはりフォード領の評判はかなり悪いらしい。


 だが、フレンズが持参した手紙を見たことでギルドマスターが話を聞いてくれることとなり、その上で私が持参した数多くの魔道具、を見せるまでもなく何故かフレンズが持ってきていたマジックバッグを見ただけで唸り声を上げてこんなセリフを吐かれてしまった。


「一つ聞きたいが、この出来のマジックバッグはすぐにだとどのぐらい用意できるものなのか?」

「うん? そんなものでいいなら別に100でも200で――」

「さ、3、4個なら可能です!」


 私が答えようとするとフレンズが慌てて言い直した。いや、3、4個は少なすぎだろう! バッグは鉄を必要としないし、今の状況でも安定してつくれている品物の一つじゃないか。


「ほう! それは凄い! この出来のがすぐにそんなに用意できるのか!」

「はい。本当はうちとしても厳しいところですが、領主様とお近づきになれるなら頑張らせて頂きます」

「むぅ、それはつまり、デニーロ男爵と顔つなぎをお願いしたいってことか……う~ん」


 ギルドマスターが唸りだす。むぅ、やはりマジックバッグ程度では厳しいのではないか?


「メイ、ここはやはりこの無限収納リングや、他にもいつでもどこでも家を建てられるコンパクトハウス、なんなら馬の代わりに役立つ魔導バイクなども出した方がいいのではないか?」

「御主人様、それは止めておいた方がいいかと思います。それに、マジックバッグだけでも心が動いているのでフレンズ様におまかせしておけばきっと大丈夫ですよ」


 そ、そんなものなのか? どうも不安だな。正直言えば私は未だにこのマジックバッグに金貨800枚なんて価値がついているのが信じられないぐらいだし。


「話がまとまりました。デニーロ男爵を紹介してくれるそうです」

「何! 本当か!」

「はい。これもエドソンさんがマジックバッグを魔導ギルドで作れるようにしてくれたおかげですよ」

「ははは、何を謙遜を。あの程度の物でそこまでの効果があるわけないだろう。これも偏にフレンズの話術のおかげだな」

「いやいやそんな! エドソンさんこそそんなご謙遜を!」

「「あっはっは!」」


 やれやれフレンズは本当に謙虚な奴だな。


「恐らくですがフレンズ様も同じことを思っていると思いますよ」

「うん? 何がだ?」


 そう言ってメイが目を細めた。ふむ、良くはわからないが、とにかく話は纏まった。我々は紹介された宿屋に部屋を取り、ギルドマスターからの連絡を待った。

 

 返答はその日の内にあった。マスターのたっての願いとあっては断れないと話にこぎ着けたようだ。


 そして我々は男爵の暮らす屋敷に案内された。


「ようこそおいでくださいました。旦那様はこちらです」


 中々可愛らしいメイドに出迎えられ付き従う。


「――御主人様、またそんな目で」

「ま、またとは何だ! 別にいやらしい意味ではない!」


 メイがそんなことを言ってきたので、相手には聞こえない地度の声で言い返す。全くメイはどうも私のことを勘違いしている気がしてならない。


「私が気になったのはメイドのつけている装飾品だ。指輪やネックレスなど宝飾類が多いなと思ったのだ」


 普通使用人にこのような物をつけることは稀だろう。別に使用人を差別しているのではなく、仕事中に紛失したり、そもそも仕事に邪魔になりそうだからな。しかも見るに屋敷に仕える使用人は全員そのような宝飾品を身に着けている。


「旦那さまはとにかく宝石が大好きで、愛していると言っても過言ではありません。コレクションも数多くありますし、それにこの領地は宝石の名産地としても有名なので、さからか私達にも貸し与えてくれるのです」


 どうやら私の気持ちを察してたのかメイドが教えてくれた。ふむ、確かに宝石がよく採れるのは知っていたけどな。


「旦那様お連れしました」

「ご苦労」


 部屋に通される。部屋中に宝石を散らばめられた調度品が並ぶ。机にも宝石が仕込んであった、ここまでくるとちょっとやりすぎにも思える。


「ふん、お前たちがフォードから来たという連中か」


 訝しげな顔で男爵が私達を出迎えた。随分と丸っとした男爵だな。赤いちょび髭を生やしていて、頭には宝石の仕込まれた冠。そして赤いマントに赤い服、先端にルビーが嵌った杖を手にしていた。


 全ての指に宝石の嵌ったリングをしているし、腕輪もそうだ。本当徹底しているな。


「お初にお目にかかります。お会いできて光栄ですデニーロ閣下」

「ふん、商業ギルドのマスターがどうしてもと言うから時間を作ってやったまでだ。それで、話によるとうちと取引を再開させたいなどとふざけたことを抜かしているようだが、言っておくが先に取引を断って来たのはお前らの方だぞ!」


 よほど鬱憤が溜まっていたのか、開口一番文句を言ってきた。だが、フレンズは極めて落ち着いた様子で話に応じる。


「それはそれは、不快な思いをさせてしまい誠にもうしわけございません」

「は、口でならいくらでも謝れる。とにかく、何を言われようと貴様らフォード領の人間と取引するつもりはない!」

「デニーロ閣下。そのお気持ち痛いほどよくわかります。ですが実はその話、我々は勿論シドの町の商業ギルドのマスターも知らされていなかったのです」

「……何?」


 フレンズは相手の怒りをしっかり受け止めながら、タイミングを見て、こちらの事情もしっかり伝えてくれた。おかげで男爵も聞く耳をもってくれたようであり。


「……ふむ、つまり領主と冒険者ギルドの間だけで勝手に話が決まっていたわけだな。しかも鉱石がまるで入らなくなり困っていたと――」

「うむ、そのとおりだ」

 

 ここかららは私も会話に参加させてもらった。迷宮についてのこともあるからな。


「それで、迷宮を中立地点で見つけたと」

「そのとおりだ。現状見つけた迷宮はフォード領の支配権にない。そしてこの迷宮には採掘するに十分な鉱石が眠っている。だが、これを採掘する設備を整える上でどうしても火の魔石が必要なのだ」


 私の話をデニーロは真剣に聞いてくれているように見えた。これは手応えがありそうだが。


「今エドソンが申し上げたようにこの事業は領地とは関係なく進めているところです。商業ギルドも絡んでいるので余計な邪魔が入る可能性は低い。その上でデニーロ男爵のお力添えを頂ければハリソン伯爵が介入できる余地は完全になくなります。鉱石も優先的に卸すことも可能となりますし、悪い話ではないと思うのですが――如何ですか?」


 フレンズが問う。この話はデニーロ男爵側に不利益になることはない。話さえ聞いてもらえればこちらの物と言えるだろう。


「……なるほど。確かに悪くない話だ。この取引に応じれば迷宮の資源も優先的に卸してもらえて、更にいえばあの伯爵の鼻をあかすことも出来そうだ」

「はい。そのとおりでございます」


 フレンズが大きく頷く。よし、この流れは取引に応じてくれる流れだ。火の魔石さえ手に入れば後はこちらのものとも言える。


「それではデニーロ閣下。取引を交わして頂けるということで宜しいですね?」


 最後にメイが念を押した。デニーロ男爵はそんなメイを一瞥した後、瞼を閉じ。


「うむ、確かに良い取引にも思える――だが断る」


 うむ、そうだろう。これを受けない理由などない、て、何ィ!?

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