第百七話 孤児院の行方

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 この孤児院はコエンザム様のご厚意によって運営を続けることが出来ました。コエンザム様は資産家でもあり恵まれない方のために寄付をしたり大きな農場を開拓し無理のない金額で農民のために貸し与えたりと非常に評判の良い御方でした。


 この孤児院も賃料なしで子どもたちの為に一生懸命尽力して欲しいと私に託してくれた場所です。


 ですが――そのコエンザム様が半年前に急死致しました。六十歳でした……あまりに突然の訃報に私も随分と驚いたものです。


 私自身、しばらくは消沈の日々が続きました。あれほどの立派な御方がこんなにも早く――ですが、落ち込んでばかりもいられません。


 私としてはどうしても気にしなければいけないことがありました。この孤児院のことです。


 生前、コエンザム様は例え私に何かあったとしても心配しなくていいとは言ってくれておりました。


 そういえばあの時、不思議なことも口にしてましたが、今思えばまるで自分の死を予知していたかのようでもありました。


 そして、コエンザム様には一人息子がおりました。奥様に先立たれ男手一つで育て上げたそうです。


 葬儀の際に、その方とお会いしました。ドラムス・コエンザムというお名前でした。物腰が柔らかくとても良くされたのを覚えております。

 

 その場ではご挨拶程度で、ただ、後日、孤児院の件でお話したいということで改めて孤児院に来ていただきました。


 そこで話されたことは、孤児院の賃料についてでした。


『生前の父がここを無償で貸与していたのは知っています。そして父の跡を継いだのは私ですので、孤児院の管理には私にも責任があります。ただ、父は財産の殆どを費やして慈善活動を行ってました。勿論私はそのことを誇りに思っていますが、その為か父の蓄えも乏しく、このままここを無償で貸与し続けるのは無理があるのです。ですので……無理な金額を請求するつもりはありませんが――』


 コエンザム様の息子であるドラムス様からそう言われ金額も提示されました。示された金額は立地条件を考えれば妥当な物だったと思います。


 ただやはりうちにはあまり余裕がなく、かといってそういう事情なら支払わないわけにもいかないと思い、できれば支払いに猶予を頂けないか頼みました。


 ドラムス様は笑顔で承諾してくれました。ただ契約書だけは交わしてもらいたいということでしたのでそれだけはさせていただきました。


 ドラムス様は契約書のについて口頭でしっかりと伝えてくれて内容も詳しく教えてくれました。納得した私はそれにサインをして今まで待って頂ける事となりました。ドラムス様も忙しいのか一度だけ契約書にミスが有ったかもしれないと確認に参りましたが、その際にも子どもたちの為にお菓子を持参してくれたりと良くしていただきました。


 そして私は猶予を頂いてい間になんとかお金を工面してまいりました。私は普段は読み書きなどを教える授業をすることで心ばかりの寄付金などを頂き子どもたちと過ごしてきましたが、それだけではやはり賃料の支払いは厳しく、方々駆け回ったりもしました。


 嬉しくもあり、心苦しくもあったのは子どもたちが私を気遣い宿でお仕事をさせて頂いていたことです。私も最初は気づかなかったのですが後から頂いた給金を持ってきて足しにして欲しいと言われた時は涙が出そうになりました。


 かといってそれを受け取り使用するのは心情的に阻まれましたが――子どもたちの熱意に負け、今回ばかりはその気持ちを受け取ることとしました。


 こうしてなんとか言われていた金額は用意できた筈だったのですが――思いがけないことが起きてしまったのです。


「え? あの、これは、最初に聞いていたお話と違います。この間はこれからの賃料をこの金額でと、ですがこれでは過去に遡ってこれまで無償で借りていた分の金額まで支払うことに、それに金利もこんなに、い、一体どういうことですか?」

「あはは、面白いことを言われる。この通り契約書にはしっかり条件が書かれているじゃないか。よく見たまえ?」


 私はまさかと思い、控えの契約書を確認しました。ですが、確かにそこには以前私が聞いた条件とは異なる内容が、そんな――


「理解できたかな? 勿論金利も過去に遡って適用されるわけで、合計金額はそうだな、私は優しいから端数は切り捨ててあげよう。そのうえでお前たちが私に支払わなければいけない金額は白金貨62枚だ。う~んリーズナブル」


 私の顔から一気に血の気が引くのを感じました。白金貨62枚だなんて聞いたこともないような大金、支払えるわけがありません。


「そ、そんなの、無茶です! 無茶が過ぎます!」

「うんうん、そうだろうねそうだろうねぇ。ならばもうこの孤児院にはいられないな。とにかく、私も鬼ではないから後少しは猶予を与えよう。勿論それまでに支払えるなら話は別だけどね」

「し、支払いなんて無理です! それに、そんな急なことを言われても行く当てなどありません……」

「行く当て? ははは、何を言うかと思えば。いや、そもそもで言えば、この孤児院にしてももう売却する手筈は整っているのだよ。この町でも頭角を現し始めているドイル商会から申し出があってね。破格の値段で土地ごと買い取ってくれるというからもうそのつもりでいるのさ」

「そ、そんな、そんな――」


 突然の話に私の思考が追いつきません。この孤児院には、もういられない?


「お母さんをいじめるな!」

「そうだ! 孤児院を出ていけだなんて、そんなの急すぎる!」


 子どもたちが私の前に出て、庇ってくれました。それはとても嬉しいのですが、こんなことで子どもたちに心配を掛けてしまう自分がとても情けないです――


「ガキが。いいか? お前ら良く聞け。借りたものは返さないといけない。それが世の中のルールってもんだ」

「そ、それでもおかしい! それにコエンザム様はそんなこと一度もいっていなかった」

「……おじさん、コエンザムおじさん優しかったもん。このお人形さんもくれたし、優しかったもん!」

「お人形? けっ、あの糞が。そんなもの渡したりするからガキが調子に乗るんだ」

「そんな、貴方の、お父様ではありませんか! あのような立派な御方を父親に持ちながらなんて罰当たりな!」

「立派なお父様? あれが? こんなクソみたいな孤児院を建てて、しかも無償で貸すわ、他にも慈善事業かなにか知らんがせっかくの資産を無駄なことばかりに使いやがって。あんなのは立派と言わないんだよ。ただのお人好しの馬鹿というのさ!」


 あぁ神様。どうやらコエンザム様の御心は、ただ1人残されたお子様には伝わらなかったようです。


「さて、問題はここからだ。マザー・ダリア。お前は勘違いしているようだが、孤児院を出ていっても借金が帳消しになるわけじゃない。だから借金分はお前らからしっかり頂かないとな。だから、お前たちは全員奴隷として売ることにした」

「え? ど、奴隷?」

「そうだ。借金を返せないのだから当然だろう? 勿論それだけじゃとても足りないから、裏で手を回してもらって普通とは違う形で奉仕して貰うことになるだろうがな。でも、丁度よかったじゃないか。お前たちにはもう暮らす場所がないのだから。これで心置きなく奴隷になれる。あ~はっはっは! わかったら期限までに悔いのないよう過ごすこった! あぁそうだ。逃げようなんて思うなよ? この借金に関しては領主からも正当なものだとお墨付きを頂いている。踏み倒して逃げようとしたらすぐにでも手配書が回り、怖い冒険者に追われることになるのだからな!」

 

 そして、一方的に要求を突きつけたドラムスは、私の話など聞く耳持たず去っていきました。


 期日までに何も出来なければ、孤児院にはいられず、しかも全員奴隷堕ちだなんて、一体、一体どうしたら……。


 しかも白金貨62枚なんて気が遠くなりそうな金額、集まるわけがありません……。


 子どもたちは、孤児院にいられなくなるの? もう皆お別れなの? と悲しい顔をしてました。こんな時に私まで落ち込んでいられません。


 子どもたちには大丈夫、心配しないでと伝えました。勿論、何の策もないのですが――

 

 この話は仕事が終わって戻ってきたスロウにも伝わったようです。あの子にしては珍しく慌てた様子で私の部屋に来ました。


 それでも、おっとりした口調ではありましたが、凄く気にしているのが伝わりました。


 もっと仕事を頑張ってお金を稼ぐとは言ってくれましたが……期日にそこまでの余裕はありません――子どもたちやスロウにも口では心配しないでと言いましたが、一体どうしたら――

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