第九十八話 伯爵からの招待
「シーラちゃん、この術式、加減式膨張則演改でお願いしていい?」
「はい! すぐにでも!」
「バズくんはこのリストの素材地下から持ってきてくれるかな?」
「お任せだぜ!」
うむ、魔導ギルドは相変わらず忙しい。業務が好調な証拠で嬉しい悲鳴ではあるが、しかし以前よりは余裕が出てきた。
派遣で来てくれているシーラとバズの働きが大きいな。しかも2人は中々物覚えがいい。
それにシーラは術式に興味があるらしく私にも色々と聞いてくるようになった。勉強熱心であり中々魔導具師としては見どころがあると思う。
バズは術式などを覚えるのは苦手だが、記憶力が良く整理整頓が上手だ。素材の管理に非常に向いている。ガイアクから解放された直後はロクに食べさせてもらっていなかったこともあり、かなり痩せこけていたが職場が変わり食事も十分にとれるようになったおかげか血色もよくなり、逞しくなってきている。
時折ハザンから武術の稽古も受けているようだ。守られるのではなく護れる存在になりたいと目を輝かせて語っていることもある。
ある程度鍛え上がったらハザンと一緒に素材集めに向かわせても面白いかもな。
あれから、ジャニスからは他にも何人か派遣してもらった。彼らも皆真面目だし、仕事をするのが楽しそうだ。
何にしても仕事が上手く回っているのはいいことだ。最初に来たときなど、仕事は冒険者ギルドから回されたでたらめな条件の薬草採取ぐらいだったのだからその時から比べれば随分な進歩と言えるだろう。
「こちらにエドソン殿はおられますかな?」
ギルドの入り口から私を呼ぶ声がした。誰か客がやってきたようだ。私を名指しするということは知り合いだろうか?
メイと一緒にカウンターに出る。そこに立っていたのは白髪の壮年な男性だった。執事服を身にまとい、中々にダンディーな面立ちをしている。
さて、私はこの男に身に覚えがあった。確か――
「貴方様は、以前町に来る途中でお乗せした……」
「はい、あの時お嬢様を乗せた馬車を助けて頂いた時に居合わせたハリソン家執事のルイスでございます。どうもご無沙汰しております」
ルイスを名乗る男、メイの話で私も思い出した。私たちが屋敷を出てから最初に出会った人間の1人であったな。ブラックウルフに襲われていたのを助けたのであった。
その後も私を狙いに来た不届き者を倒したところでアンジェやあの姉妹と一緒にいたな。
そしてハリソンといえばこの町を中心に治めている領主となるハリソン伯爵家のことだな。
「以前はお世話になった。元気そうですね」
「いえいえこちらこそもう二ヶ月前になりますか。危ないところを助けて頂き。それにアンジェリークからもその活躍ぶり話に聞いております」
うむ、やはりアンジェから話に聞いていたか。しかし私が外界に出てからなんだかんだでもうそれぐらいは経っているのだな。季節ももうすぐ変わりこれから暑くなることだろう。
「あれからあの姉妹はどうかな? 元気であるか?」
「……はい。そうですね、変わらず元気でございます。それがあるのもエドソン様にお助けいただいたおかげ。本当に感謝の言葉もありません」
ふむ、一瞬だけ間があったが……ただ元気という話には偽りはなさそうではある。
「その件はしっかり謝礼を受け取っているからな。それで十分礼は尽くされているし気にすることではない」
「はは、そう言って頂けると。それにしてもお噂は予々耳にしておりましたが、随分とご多忙なご様子。お仕事も順調な模様ですな」
「おかげさまでな。町でも魔導ギルドが随分と周知されてきた。ギルドの作成した魔導具が役立っているようで何よりだ」
「それはそれは――」
「しかし立ち話もなんだ、席を用意しよう。今メイも紅茶を淹れているはずだし」
「いえいえお構いなく。私も用件をお伝えしたらすぐに戻りますので」
「ふむ、そういえばここまで来たということは何か用事があるのだな。魔導具の依頼か?」
「いえ、そうではございません。本日は
「屋敷に招待、私をか?」
「はい。エドソン様には今回悪魔化したガイアクを見事打ち倒して頂きました。もし悪魔が野放しにされていたなら、今ごと町に多大なる被害を及ぼしたことでしょう。故に、ハリソン伯爵自らお礼を言いたいと、そう申されておりまして」
「ふむ、なるほどそういうことか――」
戻ってきたメイに目配せする。こういった時、どうするのがベストか。人間社会についてはどちらかと言えばメイの方が詳しいからな。
「領主様自らからご招待頂けるとは光栄なことです」
つまり受けた方がいいということだな。あのアリスという娘からも屋敷に招待されていたし丁度いいかもしれない。
「わかった。その招待、拝受させて頂こう」
「ありがとうございます。それでは3日後に馬車でお迎えに上がりますので――」
迎えは午前中に来るようだ。私はその日はあけて置くことを約束し執事のルイスは去っていった。
「エドソンくん凄いですね! 領主自ら招待してくれるなんて」
「ふむ……」
結局紅茶を飲まずにルイスは行ってしまったので、折角だから休憩時間にした。メイの淹れた紅茶を飲み、お菓子を頬張りながらアレクトが興奮した口調を見せる。
ただ、私には一つ気になることがあった。
「あのルイスが、伯爵のことを現当主と言っていたのだが、普通わざわざそんなことは言わないだろう。しかし敢えて現と付けたということは最近になって領主が変わったなどがあったのか?」
「え? あ、そうか。エドソンくんは町に来て間もないから知らないんだね。実は半年前に領主様夫妻が盗賊に襲われてしまって……それでお二人揃って残念な結果に――」
アレクトがうつむき加減に答えた。そうか、そんなことがあったのか……だが、そうなると。
「それは悲しい話だな……しかし、そうなると今の領主は?」
「え~とね、確か亡くなった領主様の弟が跡を引き継いだ筈だね」
ブラが思い出すようにしながら教えてくれた。
「弟か……なら今の娘は?」
「それは前の領主様のお子さんの筈ですね。突然の両親の死で凄く悲しんだと思う。うぅ、可愛そう……」
そういうことか……そう言えば以前、妹の方が別れ際に父親の話をして悲しい顔を見せていた。あれはそういうことだったのだろう。
「ところで、その弟は、領主としてはどうなんだ?」
「え? う~ん、どうなのかな? 私は会ったことがないし。ただ、冒険者ギルドのマスターは面識あるみたいだけど」
冒険者ギルドのマスター……ドルベルのことか。あいつはあざといから、領主が変わればすぐにでも顔合わせしようとしそうだしな。アレクトは……そういうのはあまり考えてなさそうだ。お気楽そうだしな。
さて、そんなこんなで休憩も終わり、再び業務に戻る。忙しい日々を過ごしている内にあっという間に約束の日が来たわけだが。
「エドソン様、お迎えに上がりました」
「ありがとう。ところでメイも同席して構わないかな?」
「はい。元よりそのおつもりと思い伝えてあります。アンジェリークから悪魔を討伐された際メイ様も一緒であったと聞き及んでおりますし、やはり以前お嬢様を助けて頂いたお礼もしたいと申されてますので」
なるほど。両方の件で私もメイも関わっているからな。悪魔の件でいえばハザンもだが、あいつはここ数日、冒険者の仕事で町を出てしまっている。
「それでは、屋敷までしっかりお送り致します」
「悪いな」
「……お手数をおかけします」
そして私とメイは馬車に乗り込み、いよいよ領主の屋敷へと向かうこととなった――
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