第九十九話 久し振りの姉妹

 我々は馬車に揺られながら領主の屋敷に向かった。ハリソン伯爵の屋敷は町の中にあるが、流石に地区としては住人の暮らす居住空間からは完全に乖離された場所に存在した。


「ようこそエドソン様、メイ様」


 立派な門構えの領主の屋敷。入り口の前ではハリソン家に使える騎士が立って警備をしていたが、その内の1人アンジェが近づいてきて挨拶してきた。美しい金色の髪にエメラルドのような翠眼が特徴の女騎士。凛とした佇まいで私たちに挨拶をしてきた彼女はガイアクとの戦いでも協力してくれた。


「以前は主君のご息女の危機を救って頂いた上、この度はあのような悪魔の討伐にも尽力頂き感謝の言葉もありません」

「何、あのままでは私達にも少なからず影響があったからね。こちらも保身を考えてのことさ」

「ふふ、それでも普通は中々あれだけの相手、関わろうとはしないものです。……主君もきっとお喜びになるでしょう」


 ふむ。喜んでくれているのはわかったのだが、主君と続く前に若干間があった気がした。


 さて、そこまで話した後、彼女はさて、と続き。


「ここから先はハリソン家の敷地となります。故に申し訳なくも思いますが身につけている物は一旦こちらで預からせて頂きたく思います」


 そう言って彼女は私とメイのボディチェックを始めた。武器のような物があれば一旦預かるという意味なのかと思ったが。


「その腕輪も外して頂いて宜しいですか?」

「随分と厳重なのだな」

「申し訳ありません。タムズ・ハリソン卿は慎重な御方なもので、装身具一つとっても決して油断してはならないと普段からそう口にされているのです」


 その口ぶりに若干違和感を覚える。名前を口にした時の彼女の表情にもどこか固さを感じた。


 とは言え、この腕輪か。これは無限収納インフレジーリングだ。この腕輪の中に私が開発した様々な魔導具が入っている。


 当然これを預けると私はこの屋敷に招待されている間は魔導具が使えない。とは言え、ここで拒否すると私が何かを仕込んでいたように疑われそうだしな。


 今回はメイも一緒だ。まぁ何もないとは思うが、いざという時にはメイが頼りになる。腕輪を預ける相手にしても真面目そうな騎士の彼女ならまぁ安心だろう。


「わかった。領主という立場であればそれぐらいの警戒心は必要なのだろうな」

「恐れ入ります」


 腕輪を女騎士に預け立派な門をくぐると、中々に壮観な様相が視界に飛び込んできた。領主だけあって敷地が広く庭園には噴水も設置されていた。魔導の類ではなく勾配を上手く利用して作られたものだな。結構な職人芸だと思う。


 正面に見えてきた屋敷は煉瓦造りで中々の風格を醸し出している。二階建てで正面は三角屋根で左右は円塔のような形である。


 そして馬車から降り、メイと二人、ルイスに付き従い正面玄関から中に入ると広々としたエントランスが私たちを迎え入れてくれた。


「二人とも久し振りなのじゃ!」


 すると天真爛漫といった快活な声が私の耳に届く。聞き覚えがあるなと顔を向けると金色の髪を左右で纏めて垂らした幼女の姿。


 以前私たちが助けた伯爵家の次女だ。その後も私は町中で再会している。


「アリスお嬢様、旦那様からは部屋に居るようにお達しがあった筈ですが……」

「嫌なのじゃ! 折角久し振りに会えるのに部屋になどこもっていられないのじゃ!」

「こ~ら~アリス~も~うぅ、勝手に部屋を出ちゃ駄目よ~」

 

 するとアリスを追いかけるようにもう一人少女が姿を見せる。一応走っているつもりのようだが、遅いな。あと走り方がちょっと変わってる。だが何より動くたびに大きな胸が上下に揺れていた。


「……ご主人さま、エッチな目で見ておりますね?」

「み、見てない! 見てないぞ!」


 私とメイのやり取りにアリスが小首をかしげていた。そ、そんな目で私を見てはいけない!


「サニスお嬢様……」

「ルイスぅ、ごめんなさ~い。ほら~アリス~部屋に戻りましょう~?」

「嫌なのじゃ! お主、また妾をあの魔獣に乗せるのじゃ! 頼むのじゃ!」


 魔獣? そうか魔導車のことか。そういえばそういうことになっていたんだったな。


「アリス~無茶言っちゃ駄目ぇ」

「何でじゃ! 妾はもうこんな窮屈な暮らし耐えられんのじゃ、大体あいつは妾たちの親でも何でも――」

「随分と騒がしいではないか」

「旦那様――」


 ハリソン家の姉妹の間でちょっとした言い合いみたいになっていた、まぁ可愛いものだが、その途中で今度は渋みのある声がエントランスに響き渡る。

 

 ルイスが畏まり、頭を下げた。階段から鷹揚とした足取りで降りてくる男。ゆったりとしたエンジ色のガウンを着衣していた。


 面長で口から顎にかけて髭があり、金色の髪は後ろでキッチリと纏められていた。階段を一段降りるごとに纏まった後ろ髪が僅かに揺れる。見下ろしてくる目つきは鋭く、どことなく冷たい印象を与えるものだった。


「……アリス、サニス、今日は客人がやってくるから部屋で大人しくしているように言っておいただろう?」

「ここは妾が育った家なのじゃ! パパの家なのじゃ! 関係ないお前に言われる筋合いじゃないのじゃ!」


 パッチリとした大きな瞳に角が立った。男に対する嫌悪を感じた。本当の父親でないのは事前に聞いていた話で承知している。


 両親を亡くし、この男のことを受け入れきれてない、と考えることも出来るが……。


「アリス、だ~め」

「でも、でも――」

「どうやら躾がなってないようだな。全くお前たちにも困ったものだ。サニス、聞き分けのない妹を管理するのもお前の務めだろう。一体何をしている」

「……もうしわけ、ありませ……ん。アリスとはぁ、すぐに、部屋に戻ります、のでぇ~」

「い、嫌じゃ! 妾はもっとこのものと!」

「……私はこれから君の叔父と話がある。だけど、それが終わってからでも会いに赴こう。それでどうかな?」

「え? 本当か?」

「ご主人様は約束は守られる御方です」

「ハリソン卿も宜しいかな?」

「そなたが手間でないのであれば。逆に申し訳ない」

「何、私も彼女たちと話してみたいだけだ。以前招待されているしな」

「わかったのじゃ……それなら、一旦は部屋に戻るのじゃ! 待っておるのじゃ!」


 そして姉のサニスが私に一揖し、やってきたメイドと一緒に姉妹が部屋に戻っていった。


「済まなかったな。しかし、どうやら私とあの子達の関係は知っているようだな」

「町で聞いていたからな。今はそなたが育てているのだろう?」

「……あぁ、兄夫婦が盗賊に襲われてしまい残念な結果となったからな。だが、難しい年頃だ。姉はまだ事実を受け止めてくれているようだが、妹のアリスは今だ両親が帰ってくる筈と信じているようでな。私にも全く心を開こうとしない」

「――憂いなことと心中お察し致します。ただ、随分と厳しい物言いにも感じられましたが」


 メイのは、今さっきみた叔父と娘たちのやり取りを見ての感想だろう。

 

 確かに、心を開いてもらおうと考えている男の言動としては冷たい印象が強かったように思える。


「……確かにあの二人は両親を亡くした。それに私とて兄を亡くしたのだから悲しい気持ちはある。だが、だからといってそれに囚われ続けていては前には進めぬからな。それにあの子達には伯爵家に相応しい淑女に育ってもらう必要がある。そしてそうすることこそが亡くなった兄への弔いにもなるであろう。だからこそ少々キツい物言いになってしまっているのかも知らんな……」


 瞑目しそう語るタムズ。突き放したような言い方も、わけがあってのこととそう言いたいのだろうが――


「おっと、ついつい立ち話が長くなってしまったな。ついてきてもらえるかな? 部屋でゆっくりと話がしたい。此度の礼もあるしな」


 そして私とメイは現伯爵家当主のタムズの後について歩いた。タムズの横には執事がぴったりとついていた。二階に彼の部屋があるようだ。廊下でメイドや従僕とすれ違いつつ歩く。広い屋敷だから使用人も多いようだ。


「この部屋だ。ルイスはメイドにお茶と茶菓子の用意をさせたら私が呼ぶまで執務に戻って良いぞ」

「承知いたしました」


 ルイスが返事し、一旦離れる。そしてタムズに促され私たちは部屋に足を踏み入れたのだが。


「む、お前は……」

「ご無沙汰してるな。随分と調子良さそうではないかそなたの魔導ギルドは――」


 部屋に入るなりそう言ってきたのは冒険者ギルドのマスター――ドルベルだった……。

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