第六十八話 親子対決 魔法銀勝負!

「メイク、お前の負けでいいな?」

「く、し、仕方ねぇ……」

「親父――」


 メイクは奥歯を噛み締め、悔しそうにしつつ己の負けを認めた。自分で味まで確認しての判断だ。認めざるを得ないだろう。


 そんな父の姿をどこか寂しそうに見つめるクリエでもある。やはり自分の親に勝ってしまったことに思うところがあるのかもしれない。


 しかし、親子だからこそ判ることもある。それにメイクはここで変わらなければならない。


「さて、鉄を素材とした剣の優劣は決まったが、魔法銀はどうする? ここで敗北を認めると言うならそれでも私は構わないが?」

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ! 確かに鉄では負けたが、魔法銀こそ培ってきた技術が物言う素材だ! これで負けるわけにはいかねぇ!」


 ふむ。まぁ、そうくると思っていたがな。


「メイ」

「はい――」


 鉄の剣で使った藁束を片付け、そして今度は鎧を着せた木偶をその場に準備した。


「今度は藁じゃないのか?」

「そうだ。魔法銀で重要なのは、魔法銀の特性を活かしきれているかどうかだ。魔法銀を打った剣は刃に魔力が満ちることでより切れ味が増し、魔法に抵抗のある相手にダメージを与えることも可能となる。この鎧は魔法にも耐性がある。つまり魔法銀の特性がしっかり発揮できてなければ上手く切ることは出来ない」


 それ故に魔法銀を打った剣の性能を確かめるのに合っているわけだ。


「なるほどな。面白いじゃないか。それで順番はどうする?」

「……俺はどちらでも」

「なら、次はさっきと逆だ。息子のを先にやってくれ」

「判った」


 ハザンはクリエの打った剣を先ず手にとった。


「……刃が青白く光っている。それに軽い――」


 そう評してから、ハザンは鎧を着た木偶前に立ち、そして気合を入れて横に振り切った。一切の引っ掛かりもなく、輪切りにされた木偶の上半分が地面に落ちる。


「……曇りの一つも無いとは、かなりの剣だな。俺が欲しいぐらいだ」

「Bランク冒険者にそこまで言われたらクリエも光栄だろうさ」

「は、はい! 嬉しいです!」


 ハザンに評価され喜ぶクリエ。一方メイクは険しい表情でその様子を見ていた。


「次は俺の剣だ」

「あぁ、そうだったな」


 メイが新しい木偶を用意し、ハザンが剣をメイクの物と取り替えた。


「ふむ、クリエが打ったのよりこちらの方が重量感があるな」

「……剣というものは軽ければいいってもんじゃないのさ。ある程度の重みがなければ切れ味が劣る」

「……確かにそれも一理あるか」


 確かに威力という面では重みもファクターとなり得る。だが……まぁ先ずは見てみるか。


「……息子ので切れたんだ、俺ので切れないわけがないんだ――」


 メイクを見ると、まるで自分に言い聞かすようにそんな言葉を繰り返していた。


「いくぞ」


 そして、ハザンがスタンバイし、メイクの剣を抜く。直前にやったように、剣を横に振った。だが――


「ムッ! これは!」

「な、ば、馬鹿な!」


 ハザンが目を見開き、メイクも目を剥いた。なぜならメイク製の剣は鎧を完全に切れなかったから、途中で刃が止まってしまったのである。


「……これは、ハザン殿に聞くまでもないな。結果は明らかだ」

「あぁ、魔法銀の剣でも、クリエが打った物の方が上だな」

「そんな、何故だ! 俺はこれまでで最高の物を打った! 魔法銀だって鉄とかわらず、いや鉄以上に打ち込んだ自信がある!」


 鉄以上に、打ち込んだか……。


「メイク、お前は気が付かなかったのか?」

「何だと?」

「ふむ、この様子だとわかっていないか。全くこれまでの話の中でいくらでもお前の打った剣がクリエの打った剣より落ちる理由が示唆されているというのに」


 私がそう言うと、メイクが顔を向け、何だと? と力なく呟いた。


「それは、一体どういう意味だ!」

「例えば、お前はこの魔法銀を鉄以上に打ち込んだと言ったな?」

「あぁ言った! それがどうした?」

「つまり、ある意味で言えば、鉄のように打って打って打ち続けたというわけだろ?」

「……? そんなの当たり前だろう。鍛造というのはそういうものだ。鋳造でやってんじゃないんだから」

「ふむ、やはり口だけでは判らないようだ。いいだろう。その目でお前の打った剣と息子の打った剣の違いを見るがいい」


 そして私は腕輪から鑑定眼鏡サーチレンズを取り出し掛けた。


「なんだ、眼鏡なんか掛けて?」

「まぁ見ているがいい。先ずはメイクお前の打った剣だ」


 そして私は鑑定眼鏡を通してメイクの打った剣を見る。その内容を空中に映し出した。


「な、なんだこれは!」

「私の魔導具によるものだ。今空中に表示されてる映像はメイクの打った剣の中身を鑑定したものだ」

「な、中身だって?」

「これは、驚いたな」

「こ、こんなことまで出来るのですか魔導具は?」


 まぁ、ちゃんとした魔導具師さえいればこの程度作るのはそれほど難しくはないと思うのだが、それはともかくだ。


「しかし、中身と言ってもこんなのみせられてもさっぱりだぞ? 一体何がわかるってんだ?」

「これは打った剣の細分化した構造が判るようになっているのだ。故に――」

「は? 細分化した構造??」

「……ようは剣の中身がよく判るってことだ」

「あぁ、なんだそういうことか」


 ハザンが判ったような事を言うが、どこまで理解できているかは甚だ疑問ではあるな。


「とにかく、この部分を見てみるといい。この濃い色のところは鉄の成分だ。見ての通りメイクの打った剣には隙間がまったくない」

「隙間? 空気のことか。んなのあたりまえだろ。そんなの残すようなヘマはしてねぇ」


 ふむ、一応本来なら・・・・空気が入って隙間があるのは良くないと理解していたか。


「ならば次はクリエの剣だ」


 そして次はクリエの打った剣を鑑定眼鏡を通して見せてやったわけだが。


「うん? 何かさっきと違うようだが?」

「えぇ、確かに。この黒い部分は……隙間ですか?」

「あぁ、そのとおりだ」

「隙間……そうか。だからクリエの打った物の方が持った時軽かったのか……」

「ちょ、ちょっと待て! つまりクリエの打った剣は、空気が入って隙間だらけってことじゃねぇか! こんな剣話にならねぇ、出来損ないだ!」

「それは違う。むしろこの隙間があるからこそいいのだ。私から言わせてみれば、さっきのような全く隙間のない剣の方が出来損ないだ。売り物にならないよ」

「な、なんだと!」


 メイクが私に詰め寄ってきた。怒りに任せてと言ったところか。


「ふざけんな! 鍛冶を舐めてるのか! 空気の入ったスカスカの剣が俺より優れてるだと! 素人かテメェは!」

「……だが、ハザンが切った結果が証明している。確かにクリエの打った剣の方が切れ味がよかった」

「む、そ、それは……」

「お前の敗因は魔法銀と鉄を一緒に考えたことだ」

「……なんだと?」

「例えば、私は魔導具を作る時、全ての素材で全く同じような術式を構築することはない。なぜなら素材によって性質が全くことなるからだ。そして勿論それは、鍛冶にだって当てはまる、そうは思わないか?」

「せ、性質、だって?」


 メイクの声が細くなった。


「……いいか? 魔法銀は魔力の篭った鉱石だ。その特性を活かすには打った物にどれだけ魔力が行き渡るかが重要になる。だからこそ魔力を通す道、この場合隙間が必要になるのだ。確かにこれが鉄なら隙間があると質が悪くなる。だが、こと魔法銀に関して言えば適度な隙間が必要となる。勿論ただ空けていればいいわけじゃない。魔力の通る道を計算して打たなければいけない。だからこそ魔法銀を打つのは鉄より遥かに高い技術が必要となるのさ」


 そこまで説明すると、メイクががっくりと肩を落とした。


「……くっ、なんてこった。俺はそんなことを全く……そ、そうだ! 俺はそんなこと知らなかった! だが、息子は違う、きっとお前からその情報を聞いていたのだろう! だったら、こんなのフェアじゃねぇぜ!」

「親父……」


 クリエが酷く悲しそうな目でメイクをみた。全くやれやれだな。


「この愚か者が。お前も鍛冶師のはしくれなら、もう一度この剣を見てみろ! これが本当にこそこそと抜け駆けするような姑息な男が打った剣だというのか!」


 私はクリエの剣をとり、その腕に押し付けた。メイクは目をパチクリさせ、そして息子の剣を手に取り、改めて見つめる。


「……これは、いい剣だ。あぁ、そうだ。確かに、いい剣じゃねぇか。はは、そうかいつの間にか俺は鍛冶師としての目も……」

「ふん、やっと気がついたか。言っておくがお前の息子は私からは勿論、師事した相手からも技術的なことは一切教わってない。雑用を日々こなしながら職人たちの仕事ぶりを観察し、暇を見て自らの手で試行錯誤し、その技術を盗んでいったのだ。来る日も来る日も寝る間も惜しんで愚直により良い剣を作りたいという熱意を糧にな。その結晶がその剣だ」

「……愚直に、熱意を持ってか。はは、それは今の俺にないものだ。俺はこの剣が自分の最高傑作だと決めつけた。それで満足した。だが、お前の剣は違う。今の顔もまだまだこれでは満足しきれてない顔だ。それが決定的な差だったか。魔法銀の特性なんて俺は考えもしなかったというのに」


 メイクが肩を落とす。クリエはそんな父になんて声をかけていいかわからない様子だが。


「……決めた。俺はもう引退する」

「え? お、おいおいメイク何を言い出すんだ」

「いや、いいんだ。もう息子は俺より腕が上だ。限界の見えた俺の出る幕じゃねぇ」

「馬鹿、言ってんじゃねぇぞクソ親父!」


 魂の抜けた顔で、引退宣言を始めたメイクだが、クリエがそれを阻むように怒鳴り散らした。


「限界なんて勝手に決めてんじゃねぇぞ! 大体あんたが一体何したってんだ! 散々呑んだくれていた分際で、本当に高々一週間で元の腕に戻ると思ってたのかよ! ふざけんな!」

「く、クリエ?」

「……それに師匠からも言われたんだよ。俺なんてまだまだ未熟なんだから調子に乗るなってな。そんな俺が工房を任されるなんて100年はやいってもんだ。だから、親父もさっさと気を引き締めて、俺をあっと言わせるもんを作ってくれよ」

「ふむ、そのとおりだな。大体、酒だって一週間程度で完全に抜けるわけもない。貴様の頭はまだまだ魔法銀だってことだ」

「は? 魔法銀? なんだそりゃ?」

「はは、お前、スカスカだって言われてんだよ」

「あ、なるほど。上手いですな」

「流石ですご主人さま。いい例えです」

「な!」


 メイクがぎょっとした顔を見せた。そしてプルプルと拳を震わせ。


「て、テメェら勝手なことばかりいいやがって! わ~ったよ! だったら意地でも親父の威厳とりもどしてやらぁ! 見てろよオラァ!」


 ふむ、どうやらやっとやる気を取り戻したようだな。やれやれ、これでようやく鍛冶の店も確保出来そうだ――

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