第六十七話 親子対決! 鉄の剣勝負!

 工房の裏庭に台を用意し、その上に束になった藁を立てた。それを切ることでメイクの打った剣と息子のクリエが打った剣、どちらが優れた剣かを判定してもらう。


 剣を扱うのはハザン。冒険者ギルドのBランク冒険者だ。試し切りの実演者としては申し分ない。


「ではハザン頼む」

「あぁ、任せておけ」

 

 そしてメイクの剣を手にし、藁束の正面に立った。ちなみに最初に切る藁には赤い布を巻き付けてある。


 準備が整い、ハザンは正面に剣を構え、徐に振りかぶる。


「ハッ!」


 気合一閃、よどみなく斜めに振り下ろされた剣戟によってスパァン! と快音が鳴り響き、斜めに切断された藁束の片側がずりおちた。


「ふむ、いい剣だな」

「当然だ。これ以上の物・・・・・・が今後打てるか自分でもわからない、最高傑作だからな」


 ハザンが剣を掲げ、その出来を褒めるとメイクが口元を緩ませ自慢げに答えた。


「……なるほどな」


 ハザンが顎を引く。その間にメイが切断された藁束を回収し、新しい藁束を台の上にセットした。


「よし、次は息子のクリエが打ったという剣だな」

「よ、よろしくお願いします!」


 クリエがハザンに向けて頭を下げ、じっとその動きに注目する。多少固いのはやはり緊張もあるのか。自分の打った剣が評価される瞬間だからその気持ちもよく判る。鍛冶師にとって自分が打った剣というのは我が子のようなものだろうしな。


「――さて、行くぞ、ハァッ!」


 裂帛の気合と共にその刃が振り下ろされ、再び快音が鳴り響き藁束が斜めにスッと切り落とされた。


「ふん、なるほどな。多少は打てるようになったみたいだな。ま、この程度も切れないようじゃ話にならないが、しかしどっちも切れたぞ? これでどう判断するんだ?」

「いや、もう決着はついたぞ」


 互いの剣による試し切りが終わり、疑問の言葉を投げかけるメイクだが、ハザンが私たちを振り返り。


「この剣だ。この剣の方が明らかに優れてる。クリエの打った剣の勝ちだ」

「は? な、なんだとぉおお!?」

 

 メイクが目を剥いて叫んだ。そしてズンズンとハザンに近づいていき。


「ふ、ふざけるな! 俺の剣が、息子の剣に劣るってのか!」

「ああ、そうだ」

「馬鹿な! なんでそんなことが判る!」

「……あんたの剣で切った時、確かにいい剣だと思った。その時にはな。だがそれでもこの藁を切った時、若干引っかかりを覚えたのさ。だが、息子が打った剣にはそれがない。全く抵抗なく、すっと藁に刃が入っていったのさ」

「……ありえねぇ。認めないぞ俺は! そ、そうだ。大体変だと思ったんだ。さてはあんたグルだな! きっと最初からそいつらと結託して、息子に有利な判定をしたんだ!」

「あん? なんだと? 俺がでたらめ言ってるというのか?」

「あぁそうだ。そうとしか考えられないからな!」

「お、おいメイク。いくらなんでもそれは失礼だぞ」

 

 やれやれ、そんな予感はしてたがやはり簡単には認めないか。おかげでハザンもムッとして不機嫌そうにしている。


「ま、そんなことだろうと思った。だから私は敢えてこの藁を切らせたのさ」

「な、なんだと? その藁がなんだってんだ!」

「これだよ。そんなに疑わしく思うならそれぞれの剣で切った藁の断面を見てみることだな」

 

 ハザンが切断した藁をメイが持ってきたので、それを左右の手で1つずつ持って断面を見せる。ガード、ハザン、メイクの3人が寄ってきて断面を確認するが。


「……これは、なるほど確かに違いますな」

「あぁ、こっちの藁はスパッと見事に切れていて断面にも歪みがない。一方でこっちは所々がひしゃげてる」

「そういうことだ。ハザンの腕も見事だが、それでもひしゃげた方で切られた相手はきっと傷みを感じて簡単には死ねないだろうが、こっちの断面が綺麗な方は切られたことすら感じず死ぬことになるだろうな」

「うむ、そしてこのひしゃげた方には赤い布が巻かれている。つまり――」

「ば、馬鹿な……」


 メイクを振り返ると、わなわなと肩を揺らし、信じられないといった様子で肩を落としていた。


 赤い布は最初に用意した藁束にだけ巻き付けたものだ。つまり藁がひしゃげてる方であり、そしてハザンが感じた引っかかりの原因もこれにある。


「……どうやらこれではっきりしたようだな」

「くっ、違う! そうだ、俺は認めんぞこんなもの! そうだ、きっとあんたの腕が悪いんだ! だから最初に切った時に切り方が悪くてこんな結果になったんだ!」

「おいメイク見苦しいぞ!」

「だ、黙れ! そうだきっとそうに!」

「やれやれ、全くここまで見せてもまだわからないとはな。いいだろう、ならお前にはっきりさせてやる」


 ガードの言うように随分と見苦しいことだ。クリエも悲しそうな顔をしているぞ。


 だから、メイク本人が負けたと思わざるを得ない方法で証明してやるさ。


「だけどよ兄弟。こんなわからずやにどうやって認めさせるんだ?」

「誰がわからずやだ!」

「いや、どう考えてもお前だよメイク」


 ガードも呆れ顔だが、ま、ようは本人がしっかり違いを理解できればいいだけの話だ。


「何、難しい話じゃない。メイク、判断はお前につけさせてやる。だから、自分の剣とクリエの打った剣、それぞれちょっと舐めてみろ」

「……は?」

「おいおい」

「ほ、本気ですか?」

「勿論私は本気だ」

「舐めて、わ、わかるもんなんですか?」


 これに関してはクリエも不思議そうな顔をしていた。だが、メイクならきっとわかるだろう。


「お、おいおい、剣を舐めろって本気で言ってるのか?」

「勿論本気だ。それに私だって以前お前の剣を舐めただろ? 剣の良し悪しは味でもわかるものだ。大体汚いものじゃない。しっかり拭いておいたしな」

「む、むぅ……」

「それとも鍛冶師の癖に金属を舐めることも出来ないのか?」

「な! 舐めるな! わかった舐めてやるよ!」


 そしてメイクは先ず自分の剣を取ってぺろりと剣の腹に舌を這わせた。


「どうだ?」

「……いや、どうだって言われても、普通に鉄の味しかしねぇよ。金属特有のなんとも言えない味だ。鉄臭いし少なくとも旨くはないな」

「そうか。なら今度は息子が打った剣を舐めて見るんだな」

「……ふん、こんなもので何が判ると言うんだか」


 メイクはクリエの打った剣を手に取り、怪訝な様子を見せながらペロリと剣を舐めた。


「――ッ!?」


その瞬間だった。メイクの顔つきが変わる。何かに驚いたように目を見開き、改めてまじまじと息子の打った剣を眺めた。


「どうだ? クリエが打った剣の味は?」

「ば、馬鹿な、ありえねぇ! だ、だが、確かに違う。俺の打った剣とは味が、俺の剣はただただ鉄っぽい味しかせず匂いも鉄特有の臭みがあった。だがこれは違う! まるで澄んだ川の水の如く味で透明感があり嫌な匂いもしねぇ、その上、ほ、ほんのり甘い!」

「甘いだって?」

「剣が甘いってのか! そんなことがありえるのか!」

「あ、あぁ信じられない。だが確かに息子の打った剣は、甘いんだ! 何故だ!」

「ふふ、わからないか? 何故甘いか、知りたいか? その甘味の正体を」

「くっ、くそ!」


 私が尋ねると、悔しそうに俯き、拳を握りしめた。だが――


「お、教えてくれ。こんなこと初めてなんだ。剣が甘いなんてよ! だから教えてくれ」

「俺も知りたいぜ。なんで剣が甘いんだよ兄弟」

「わ、私も知りたいところです」


 ふむ、どうやら全員知りたくくて仕方ないようだな。


「仕方ない。そんなに知りたければ教えてやろう。その正体はこれだ!」

 

 私は懐から1本の瓶を取り出しそれを皆に見せてやった。


「……は?」

「え? これがですか?」

「お、おい、なんだよこれ、この瓶がなんだってんだ」

「ふふ、重要なのはこの中身だ。そう、この瓶の中身は砂糖だ!」

「……さ?」

「と?」

「――う?」

「そうだ、砂糖だ。そして私はこの砂糖を剣を拭いた時にふりかけた。それがこの甘味の正体だ!」


 私が甘みの正体を教えた直後、なんとも言えない空気がその場を支配した。


「……おいおい」

「……え~と」


 うん? なんだハザンもガードも半眼になって、呆れたような顔ではないか。それにメイクは何か肩が震えているが。


「て、テメェふざけてんのかこの野郎!」


 かと思えばダッシュでやってきて私の胸ぐらを掴んできた。全くなんだというのか藪から棒に。


「何を怒っている?」

「怒るに決まってるだろうがふざけやがって! 何が砂糖だ! そんなものかけたら甘いに決まってるだろうが!」

「ほう、甘いに決まってるのか?」

「そうだ当然だろう!」

「だが、私は貴様の打った剣にもかけたぞ?」

「――何?」


 私の胸ぐらを掴んだまま、メイクの体が硬直した。ふん、全く。私は奴の手を振りほどき、そしてメイクの打った剣をとった。


「たしかに私は砂糖を振った。だがそれはこの剣も同じ、同じだけの量を振ったのだ」

「ば、馬鹿な、だがその剣には何も……」

「そう。貴様は自らこう言ったな。この剣は鉄臭いただの鉄の味だと。つまり、砂糖の甘みなど全く感じられなかったということだ」

「だが、兄弟それは一体どういうことなんだ?」

「簡単なことだ。そもそもメイクの感じた鉄の味も鉄特有の匂いも、その多くは不純物によるものだ。つまり打った鉄の不純物が多ければ多いだけ、匂いもお前たちが感じている鉄の味もより濃く感じられるようになる。だからこそその味と匂いが邪魔して砂糖の甘みも感じられなかったのだ」

「待ってください。それはつまり、クリエくんの剣は?」

「そう、それだけ不純物が少ない、純粋な鉄の剣というわけだ」

「ば、ばかな! く、だが、だがその砂糖が息子にだけ振ったという証拠がない! そうだ、俺のには振らなかった可能性だって!」

「それこそ、見苦しいですよメイク様」

「な、なに?」


 メイが割って入り、そうメイクに言い放った。そう、見苦しい、そもそも甘さに関係なく、既にメイクは認めてしまっている。


「メイク様、貴方は先程こうも言われました。クリエ様の打った剣は澄んだ川の水の如く味に透明感があり嫌な匂いもしないと、それこそが、この剣の不純物が少ないという何よりの証明」

「ぐ、ぐぅ!」

「メイの言うとおりだ。そしてこれこそが双方の剣が明確に違うことの証明。より純度の高い剣だからこそ、これだけの切れ味を生んだのだ」

「あ、あああぁああ! くそ! 畜生がぁあああ!」


 メイクが悔しそうに空に向かって吠えた。そしてそれこそが、彼が敗北を認めたという証明でもあった。ま、あくまでこれは鉄の剣の話だがな――

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