第六十九話 骨と聖水の真実

 魔導ギルドがいよいよ本格的に動き出した。マジックバッグの納品も終わり、アダマン鍛冶店も本格的に作業に乗り出した。


 あの勝負の後、折角だから父親のメイクもベンツに紹介したわけだが、そこの技術に偉く感動し触発され今は以前の呑んだくれだったころを悔やみ、失った時間を取り戻すように一心不乱に槌を振り続けてるようだ。


 しかし、ここに来て困ったことがあった。いや、これ事態は嬉しい悲鳴だと思うのだが、予想以上に反響が大きくなり魔導ギルドを訪れる客が増えてきているのだ。


 全くほんの少し前まではお客なんて誰1人やってこない貧乏ギルドだったというのに、1人増え2人増えで、今は朝方になると冒険者ギルドと間違ってないか? と思える程度に人が来て依頼が増えていく。


 そこで問題になったのは人手で、今まではアレクトが受付嬢を兼ねていたが、今は朝から晩まで魔導具用の術式と魔石作成に追われてしまっている。つまり受付嬢を兼ねてる暇はない。


 経理の方もかなり忙しくなってるからブラも手伝いぐらいは出来てもずっとというわけにはいかない。


 仕方ないので現在はメイに受付嬢として対応してもらっているのだが、これが良かったと言うべきなのかわからないが、どうやらメイ目当てでやってくる男の客も増えてるようだ。


 とは言え、いつまでもメイに受付嬢をさせておくわけにはいかないか。それに流石にそろそろアレクト以外の魔導具師が欲しいところでもある。


 色々考えることも多いが、先ずは依頼を一つ一つしっかりこなしていかないとな。


「なぁ兄弟、こんな不気味なところで今日はどうする気なんだ?」

「なんだ? もしかいて怖いのか?」

「ば、馬鹿! そんなことあるかよ!」


 やれやれ、今日はハザンと2人だけで町から10kmほど離れた森の中にある廃れた墓地に来ている。文字通り昔墓地だったが今は放置されてそのままといった場所だ。


 いつもならメイも一緒だが、今は受付嬢をやってるからな。しかしハザンと2人でいくといったらガードの娘であるブラと妙に盛り上がっていたようだが一体何だったのか?


 それはそれとして、ハザンは口ではあぁ言っていたが、顔がちょっと青いぞ。


「お前、やっぱり怖いんだろう?」

「ち、違うって! だ、大体こんな昼間っから何か出るわけもないしな」


 声がかなり上擦ってるぞ。大体何も出てこなかったら逆に困る。ここまで来た意味がないからな。


 おっと、そんなことを考えながら歩いていたら、出てきたな目的の相手が。


「ヒッ、で、出たアァアアアアァアアア!」

「あぁ、出たなスケルトンが。というかビビり過ぎだろう」


 両手を万歳にさせて飛び上がり、叫び声を上げている。個人的な意見だがもし恐怖心でやってるとしたらあまりに馬鹿げている。こんな大声出したら相手に自分の位置を知らせてるようなものだからな。


「おい、たかがスケルトン程度でそんなことでは困るぞ。相手は驚異レベル2か3程度だ。お前なら楽勝だろう?」

「わ、わかってる。わかってるんだけどよぉ……」

「……はぁ、全く。大体スケルトンなんてダンジョンにだって出るだろ? それにもそんなおっかなびっくりやってたのか?」

「いや、ダンジョンは平気なんだが……」

「いや、ならこれも平気だろう。基本的には同じようなもんだぞ?」

「いやいや! ダンジョンのは何かダンジョンが作ってるようなもんだろ? で、でも墓場のはお化けとかそんなのだろ?」

「……アンデッドを相手した時どうしてたんだお前は……」

「いや、だから墓場と古びた屋敷で出るってのが怖いんじゃねぇかよ兄弟」


 それはもうただ雰囲気で怖がってるだけだろう。


「だ、大体こいつら何で昼間から出てるんだ! おかしいだろ!」

「別におかしくはない。それよりさっさと構えろ。こっちに気がついて近づいてきてるぞ」

「う、うぅ、くそ! こうなったらやってやる! 呪ってくれるなよ!」


 うぉおおおぉおお! と雄叫びを上げてスケルトンの群れに突っ込み剣をブンブン振り回した。あいつは言ってることと行動が全く噛み合ってないな。まぁ本気で震え上がって何も出来ないようじゃ困ってしまうんだが。


「ふぅ、兄弟、なんとか倒したが、聖水はあるか?」

「聖水? なんでだ?」

「体に振るんだ。呪われないようにな」


 なんだか頭が痛くなってきた。


「そんなものは必要ない。それより回収するから手伝ってくれ」


 私はアレクトが作成したマジックバッグの1つをハザンに押し付ける。


「回収ってスケルトンの魔核か?」

「それもだが、大事なのは寧ろ骨の方だ」

「ヒイィイィイイイィイ!」

 

 ハザンが両肩を抱きかかえてブルブル震えだした。筋肉ムキムキの男がそんなポーズしても不気味なだけだぞ。


「お、おま、なんて罰当たりなことを!」

「いや、何が罰当たりだというのか……」

「だって、おま、お墓の骨だったもんだろ?」

「違う。スケルトンは現象で生まれただけだ」

「言ってる意味がわからねぇんだが……大体骨なんて何に使うんだ?」

「今回集める素材は、依頼にあった建築系の仕事に関係するものだ」

「建築だって?」

「そうだ。このスケルトンの骨はコンクリートの材料に使う」

「な! お、おいおいおい。兄弟、そりゃお前が言うんだから何か意味があるのかも知れないが、それでも問題点があると思うぞ」


 問題点? 私には何が問題かさっぱりわからんのだがな。


「お前は一体何を言ってるんだ? 何の問題があると?」

「だってよぉ、これは人骨だぜ? 建築材料に人骨は、使われる方も嫌がるだろ?」

「はあ~全くまたとんちんかんなことを」


 私の口から思わずため息が漏れる。するとハザンが怪訝そうに眉をひそめた。


「いやだって、スケルトンだろ? そんなにおかしいこと言ってるか?」

「言ってるな。確かにスケルトンには大きな視点で言えば人の骨が関係してないとは言えなくもないが、お前は恐らくこのお墓に埋まってた遺体の骨と思ってるんだろ?」

「そりゃ、まぁな」

「そこがそもそも間違いだ。この墓地はとっくに廃れてる。墓として使われていたのなど100年以上前になるんだぞ? それなのに骨がそのまま残っているわけがないだろう」


 ちなみにこの辺りの情報は図書館で調べてわかったことだ。


「む、むぅ、だったらスケルトンはどうして生まれてるんだ?」

「それは別に難しい話じゃない。土から生まれてるんだ」


 私が答えるとハザンが顔をしかめた。よくわかってないようだ。


「やれやれ、ざっくりと言えばここの土は植物や生物が分解され出来た有機物であり、それが魔力マイフと結びついたことで生まれるのがスケルトンということだ」

「……なんだって?」

「土の中に含まれる栄養が魔力でスケルトンになったということだ。これでわからないならもう知らん」

「お、おう! 何かそう言われたらわかった気がするぜ。なるほど、栄養なのか。じゃあ、お化けじゃないのか?」

「違う。ただの現象だ。そもそもお前たちがアンデッドと恐れているのだって魔力によって生じる現象でしか無いのだ」


 生物は死体になった後、体内のマイフはカオス側に傾向していく。条件が合うと、体内で循環を始めたカオス化したマイフ粒子の影響で動き出すようになるのだ。


「でも、教会の人間の祈りや聖水でアンデッド化は防げるだろう?」

「それは聖水の成分がアンデッド化する原因を抑制するからだ。祈りに見えてるのは魔法で、聖水の効果を魔法で再現しているだけだしな」

「そ、そうだったのか……」

「ちなみにお前たちは聖水といっているが、アンデッドに効果ある聖水なら簡単につくれるぞ」

「何、そうなのか? 一体どうやって?」

「別に難しい話じゃない。水に一定量の塩を混ぜるだけだ」

「……いや、それってただの塩水じゃないのか?」

「まぁそうだな」


 死体に高濃度の塩水をかけるとカオス化したマイフが循環しなくなる。わかってしまえば難しいものじゃない。ただ塩は場所や時期によって価値が変わるのが難点か。


「それってもしかして教会の聖水も塩水なのか?」

「……まぁそんなところだ」

「かぁ~そうだったのか~!」


 ハザンが天を仰ぐ。しかし、実際は少し違う。ただ、これは言わないほうがいいかなと思っただけだ。


 ちなみに教会で作る聖水には市場で手に入るような塩は使われていない。ならば何かと言えば、実は汗だ。教会の聖水は神父や神官の汗を水に混ぜて作っている。


 教会の人間はアンデッド化を防ぐ魔法の使い手が揃っている。そういった連中の汗にはアンデッド化を防ぐマイフが溶け込んでいる。だから高濃度の塩と同じ効果が期待できるわけだ。


 だが、これをそのまま伝えるのもな……だから黙っておくとしよう。


「しかし、スケルトンの正体がお化けじゃないとわかったら何か怖くなくなったぜ! よっしゃーー! 狩って狩って狩りまくるぞ!」


 現金なものだな。とは言え、おかげでハザンの動きもよくなり、その後のスケルトン狩りは順調に進んだのだった。

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