第六十話 依頼人との待ち合わせ
「おかえりなさいなの!」
私が宿に立ち寄ると、とことこと幼女が近づいてきて元気よく出迎えてくれた。どうやら例の孤児院の子どもたちは変わらずお勤めを果たしているらしい。
床掃除やゴミ出しに励む子どももいれば食堂で宿泊客に対応している子どももいる。中々の働きぶりだ。表面的には取り繕っていても内面的には嫌々やっているのが丸わかりなあの2人とは大違いだな。
「おかえりなさいオーナー。あれ? メイ様はご一緒ではないのですね」
「あぁ、実は今もちょっと帰りに立ち寄っただけなんだ。すぐ魔導ギルドに戻るんだが、差し入れでも持っていこうかと思ってな。夜食のお弁当なんかをお願いしてもいいかな?」
「は? ふざけんじゃねぇぞ! こっちは夕食の準備はとっくに出来てんだ! 余計な仕事をギャーーーー!」
あの男の悲鳴と倒れる音が聞こえてきた。首輪の効果で悪夢を見ることになったのだろう。全く学習しない男だな。
「相変わらずだなあいつも」
「はは、あれでも随分とマシにはなったのですけどね」
「マシになったと言っても、この間子どもたちにチェスを教えていて偉いなと思ったらお金を賭けさせようとしてましたからね」
苦笑するキャロルとウレルである。勿論即座に首輪の罰を発動させたようだが、やれやれ、まともな料理を作れるようになったのは評価してもいいが、天性の頑愚な性格はそう簡単には治らないか。
「そういえば孤児院の院長がお礼を言ってました。今度直に挨拶したいとも」
「別に決めたのは私ではないし、わざわざ挨拶など必要ないぞ」
「僕からもオーナーはそういったことを気にされない方だとお伝えしたのですが、真面目な方みたいで」
ふむ、とは言えな。今は色々と手につけている事も多い。
「今すぐは厳しいかな。落ち着いたら考えよう。ただ、何か困ったことでもあっての仕事の依頼であるならその限りではないがな」
「はは、ではそのように伝えておきます」
「あ、用意するのはサンドイッチでもいいですか?」
「それで構わない、ありがとう」
「サンドイッチつくりた~い」
「私も~」
「おお、それはいい手間が省けるぜ」
私とキャロルとのやり取りを見ていたのだろう。子どもたちが次々とサンドイッチ作りに名乗りを上げた。それをみたあいつがまた物臭なことを口にするが。
「まぁそうだな。折角だからお願いするか。お前たち作り方はしっかりあのおじさんに教わるのだぞ」
「「「「「は~い」」」」」
「は? お、おいおい冗談だろ!」
しかし子どもたちは素直だ。すぐにあの男の周りに集まり、サンドイッチの作り方を教わろうとする。
手間が省けたとか考えが甘かったな。しっかりと教えろよ。ま、手を抜いたら罰を受けるだけだが。
さて、子どもたちが一生懸命作ってくれたサンドイッチは見た目こそ不格好であったが味は十分なものだった。むしろこの不格好さは逆に微笑ましいとも言えるかもしれない。
サンドイッチは私とメイとアレクトの分、用意してくれた。メイには飲食機能もついているし味覚もあるからな。
魔導ギルドに戻り、サンドイッチを持ってきたとつげるといの一番にアレクトが飛びついてきた。
涎を垂らして半立ちになってまるで犬のようだったぞ。これではまるで私が全く食事を与えていないみたいではないか。
実際はメイが気を利かせて食事とは別に1日数回はお茶とお菓子を用意しているというのに。
そしてこいつが、これで休めます! とか生き生きした顔で言っていたから、これはサンドイッチだ、作業しながらでも食べられるだろ? と返してやったら一瞬にして顔が曇り絶望したような空気を滲み出していた。
ま、それもあんまりだから、食事の時は休ませたが。無理しても逆に効率は悪いからな。
サンドイッチは子どもたちが作ったものだと教えて上げたら、メイも美味しいですと言って高貴な貴族に仕えるメイドの如く優美な所作でサンドイッチを口にしていた。その横ではアレクトが両手にサンドイッチを持ち、口に一杯頬張りながら私のサンドイッチを物欲しそうに見ていた。
お前は、本当に残念だなぁ……ともかく、食事を終えたらすぐに作業に取り掛かってもらわんとな。何せアレクトには3日で1000の術式を覚えて貰わんといかんのだから。
「え? それ本気だったのですかぁ!」
「当たり前だ馬鹿者」
私からその約束の話を聞いたアレクトは結局絶望の表情に戻っていた。そんな顔してもやることはかわらんがな。
◇◆◇
翌日はアレクトに課題を与え、ギルドにこもって魔導具作成の為、術式の構築と魔石の作成に集中してもらうことにした。
最初は1人にするとサボったりしないか不安だったが、あれで意外とやるべきことはしっかりやる奴だからな。物覚えは悪いがそこは評価している。
まぁポンコツに見えるのも私やメイ基準で見るからそう思えるのであって、今の多くの魔術師や魔導師の中ではあれでもしかしたら優秀だったりするのかも……いや、流石にそれはないか。
何か心の中とは言え、下手に褒めるとドヤ顔で調子に乗りそうだからやめておこう。
それより、今日はロートに紹介された相手と顔合わせする日だ。カタスギの木を伐採したいという依頼の相手である。
なので待ち合わせ場所の広場に向かう。妙に寄り添う男女の多い広場だ。何箇所かにあるベンチにはハートマークが浮かび上がりそうなほど密着して睦言を囁きあっている連中も多い。
どうやら彼らの前では私たちの姿など朧でしかないようだ。全く目に入ってないといったところか。
「ちょっと貴方どこ見てるのよ!」
「なんで別なメイドばかり、酷い!」
いや、そうでもなかった。どうやらメイはまた別なのか一部の男どもは自分の彼女よりメイの方に視線を向けていたようで、それぞれの彼女の怒りを買っていた。
中にはあんな若くて綺麗なのに子持ちかよ! などとくやしがるのもいた。はて? メイは子持ちに見えるのだろうか?
「……ご主人様が私の子どもだなんて失礼な話ですね」
あぁそうだな。実は判ってたさ! なぜメイが子持ちに見える理由なんてな!
「迷惑掛けるなメイ」
とは言え、私のせいでそのように見られるメイが忍びないので謝っておいた。
そもそもメイはメイドロイドというゴーレムだから子持ちも何もないのだが。
「そんな、ご主人様が謝ることではありません。ですが、勘違いされないよう思い切って腕でも組んで見ましょうか?」
「なぜそうなる?」
私がそう答えると、なぜかメイが口をとがらせた。その仕草も可愛くもあり、私が作成したメイドロイドの完成度の高さを改めて実感した。自画自賛っぽいけど。
大体、例え腕を組んでも子どもが母親にじゃれてるようにしか見えんだろ。自分で考えていて虚しくなった。
さて、そんな広場であるのだが、実は一箇所だけ異質な空間があった。多くのカップルが寄り添うベンチの中で、一箇所だけカップルとは別物の存在が鎮座していたのだ。
それは男だった。中年のオッサンだった。ダボッとしたズボンと麻のシャツ、そして腹巻き姿で頭にはねじり鉢巻き。
そんなオッサンの傍らには長柄の斧がベンチに立てかけられるようにして置かれていた。
そんな格好だからか、そしてこの場にそぐわない風貌だからか、誰も彼の座るベンチに近付こうとしないのだ。
そして同時に私は理解した。このなんとも言えない風貌の人物がきっと今回の依頼者なんだろうなと――
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