第五十九話 ケツモロコシの加工
「いやいや、まさかこんなに早く採ってきてくれるとは思わなかったぞ」
「仕事は先延ばしにせず、すぐに取り掛かるのがモットーだからな」
その日の内に私が持参した魔草とケツモロコシを見るなり、ロートは目をパチクリさせ腕組みむむむ、と唸った。
「冒険者ギルドに同じのを頼んだら、最低でも2週間は待たされるどころだぞ」
「そんなにもか?」
「魔草採取はついで気分でやるやつが多いからな。それに今はあのドイル商会ってのが出している依頼分の方が優先的に回されてんだ。全く嫌になっちまうぜ」
話を聞くにロートや一部の薬師はドイル商会に否定的で傘下にも加わっていないようだ。
「今思えばこっちに入ってくる素材の質が悪くなったのもあいつらの誘いを断ってからだったかもな」
そういえば最近仕入れる魔草の質が悪いと嘆いていたが、ドイル商会か。なんともやることが陰険なようだ。
「しかし、こいつはどれも全く傷みがないな。ケツモロコシも全て使えそうだ。これは採取してからも油断ならない素材で、大体もってくるまでの間に2割3割駄目になるのだがな」
まぁそれは無限収納リングに入れてきてるからな。アレクトのマジックバッグが出来たらそれに入れさせることになると思うが、だとしても内部の環境を一定に保つ術式は施させるつもりだから傷みはなくなるだろう。
本当はこのリングみたいに中の時間の流れも調整出来れば完璧だが、そこまで求めるのは酷か。
「しかし、ケツモロコシが届いたからには、これからすぐに取り掛からないとな」
「その作業、見学させてもらってもいいかな?」
「坊主の頼みなら断れないさ。だがそんな面白いものでもないと思うがなぁ」
「そんなことはない。腕の良い職人の技は常に刺激になるのだから」
「ほう、いい心がけだが……子どもはもう少し子どもらしくてもいい気がするんだがなぁ」
腕を組んでマジマジと私を見ながらそんなことを言ってきたが、そもそも私は子どもではないのだがな。
「だけどちょうど良かったかもな。実は前に何か困ってそうなのがいたら紹介してくれと言っていただろう?」
「あぁ、確かに言ったな」
「それで1人相談されたことがあってな。まぁこの作業が落ち着いたら詳しく話すさ」
そして私はロートの後について作業場に入った。空き瓶や薬研、薬缶などが置かれていた。
そしてロートが早速作業を開始する。ケツモロコシは一度掘り出すと劣化が早い。なので掘り出してから出来るだけ早く、最悪でも半日以内には加工に入らなければ駄目になる。
つまり必然的に薬師のいる町や村から日帰りできる範囲内でなければ厳しい。尤も私の持つ魔導具があればまた話は別だが。
それはそれとして、私はロートの作業をしっかり見学させて貰ったが、やはり古くからある方法でケツモロコシの油を処理していたか。
ケツモロコシは油分を非常に多く含む素材だ。一応扱いは穀物なのだが、食用には全く適しておらず、絞ることで抽出出来る油にこそ利用価値がある。
ただ、この油はそのままでは不純物の方が多い。この不純物が少しでも残っていると商品として全く機能しないので徹底して不純物を取り除くことになる。
だが、そのやり方にはかなりの根気がいる。先ずは徹底したろ過だ。これを何度も何度も繰り返すのだが、これもただろ過するだけでは駄目でろ過しながら一定の回転数を保って撹拌しなければいけず、また同時にある程度温める必要もある。
この温度も僅かでも熱かったり温かったりしては駄目で、基本33.33333度を保ち続ける必要がある。
これはつまり夏の作業はほぼ無理ということでもあるが、それはともかくとしてだ、この地道な作業を大体一回3時間かけてやるわけだが、この間にほんの僅かでもミスがあれば台無しになる。
中々地道で大変な作業であり、それを乗り越えて出来たものがシリコーン油となるわけだ。
とはいえだ、これはあくまで昔ながらの手作業でやったらの話。実はこの不純物を取り除く作業は魔導具さえ使えば特に苦労することもなくしかも3分もあれば終わってしまうのだ。
そう、魔導遠心分離機さえあればね!
それにケツモロコシにしても魔導具の自動適正環境保保持栽培器があればこれまでよりずっと楽に栽培が可能だ。
「ふぅ、とりあえず一息つけそうだ」
汗を拭い、ロートが椅子を2つ用意し、私に座るよう促してきた。なので向かい合う形で椅子に腰をかける。
「それで、どうだった?」
「あぁ、とても参考になった。だが、やはりこのやり方は大分手間がかかりそうだな。それに量も大分減る」
「まぁそれは仕方ないがな。こんだけろ過して更に何度もろ過してやってんだからな」
ろ過し撹拌し、熱を加える過程で不純物以外の成分がどうしても目減りしていく。結果的に一本から採れる油の量は最初に搾り取れる量の5%程度だ。
「それこそ、魔導具でなんとかなるといいんだろうがな」
「なるぞ」
「そうだよな。そんなうまい話が、え? なるのか!」
私が色々考えていると丁度向こうからその話を振ってくれた。
なのでこの作業に最適な魔導具について説明する。
「おぉ、なんだかよくわかんねぇがすごそうだな。そのなんだ、魔導のえんが高いだかやすいだかってのがあれば採れる量も変わるのか?」
「遠心分離機だな。そうだな、それさえ使えば今の数倍は違うだろうな」
もともとケツモロコシ1本あたりの不純物の量は75~80%程度だ。それでもかなり多いが魔導遠心分離機に掛ければ不純物だけを完全に分離出来る。
その他の有用な成分は一切無駄にすることがないのだ。
「それはぜひとも実現させてもらいたいところだが、そのためにはブランド化が必要だったか」
「そうだ。そのために私の魔導具をほしいと思える人をたくさん見つけておきたいのだが、さっき誰かに相談されていると言っていたか?」
「あぁ、だが、厄介な話だぞ? 冒険者ギルドも足元見て値段を引き上げてくるほどだからな」
「それこそ願ったり叶ったりだ。冒険者ギルドが扱いきれない案件を解決してこそ旨味があるからな」
ふむ、とロートが顎を摩り。
「まぁそうだな。一応話はとおすが、その内容と言うのが、東のオオスギの森に立っているカタスギの木を調達するのを手伝って欲しいという話なんだがな」
ほう、アタスギの木か――あれは非常に固いことで有名な木で、建築用の材木として人気が高い。
ただ、あまりの固さで普通の木こりでは匙を投げる程、故に腕っぷしの強い冒険者に任せることが多くなっていたらしい。
う~ん、そういった問題をなんでも冒険者に任せたことも、冒険者ギルドの台頭を招いた要員でもある気がするが。
「だが、あれは固いだけではなく花粉が厄介な上、あの森にまた面倒な魔物が多いってことで金額が急に上がりだしたのさ」
ふむ、カタスギの木といえば切った際にばら撒かれる花粉があったか。これがかかると涙が止まらなくなったりくしゃみ、咳、鼻水、喉の痛み、発熱、頭痛、吐き気、関節の痛みなどなど様々な症状を引き起こすからな。
「そんなわけで、かなり厄介な話ではあるが、どうする?」
ふっ、聞くまでもない。
「当然、受けるさ!」
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