第六十一話 今だけ

「お主が今回の依頼者かな?」

「ん? 何だお前? 俺は子どもの遊び相手を引き受けた覚えはないぞ?」


 それらしき人物に声を掛けたわけだが、初っ端からイラッときたぞ。くそ、なんで世の中はこう見た目で判断するのばかりなのだ!


「この御方は魔導具師のエドソンです。ロート様からご依頼の件をお聞きして参ったのですが、人違いでしたか?」

「うん? …………え、えへへへ、いやいや、こんなエロ綺麗なメイドにナンパされるとは、参ったねこりゃ。オレっちもまだまだぶいぶいいけてんじゃねぇか。へへっ」

「おい、何か勘違いしてないかこの男?」

「そのようですね」

「ごほん、しかし悪いな綺麗なメイドさん。俺はちょっとばかし約束があるのでな」


 こいつ……私たちの話が全く耳に入ってないな。


「その約束の相手が私たち・・・なのですが……」

「な、なんだと! こんな美しいメイドと2人きりとは、こ、これは運命か!」

「いや、今メイはしっかりたちと言ったよな?」


 思わずツッコミを入れると訝しげに私を見下ろしてきた。


「え~と、この子は?」

「私のご主人様です」

「な、なんだと! こ、このが、いや子どもが、ご、ご主人様! な、なんたるうらやまけしからん!」

「いや、お主は何か勘違いしていないか?」


 どんな勘違いをしているかなど考えたくもないがな。


「ちなみに今回のご依頼はご主人様主導でやらせて頂きます」

「な? なんだって?」


 男は改めて私を見下ろし、あからさまなため息をついた。


「メイドさんよ、貴方の美しさは紛れもない事実だが、こんな小さな子どもにこの仕事は無理だ。何か手違いがあったようだが、子どもが来てどうにかなる話じゃない」

「ふむ、手違いか。私はカタスギの木を伐採する手伝いと聞いたのだがな」

「だからそうじゃねぇんだって。いいか? オレっちが頼んだのはカタスギの木の伐採、あれ?」

「どうやら問題ないようだな。いい加減こんなところで時間を無駄にしても仕方ない。これから出発ということでいいのだな?」

「え? いや、でもなぁ」

「今回は魔導ギルドにご依頼頂きありがとうございます。お名前をお聞きしても?」

「え? へっへ参ったねこりゃ。キッコリといいます。き、君の名は?」

「メイです」

「なんと! 素晴らしい! 運命のメイだなこりゃ参ったね!」


 いや、こじつけすぎだろ。全く、とにかくこのままじゃ埒があかないのでメイにこの男を上手く乗せてもらってオオスギの森へ向かった。






「だけどなぁ、ついつい来ちまったが、やはり無茶だぜ。大体だぜ、この森には蟲系の魔物がわんさか出るんだ。それが厄介だってんで冒険者に頼めばあいつら足下見やがって値段ふっかけやがってよ」


 森を前にしてキッコリがぶつくさと愚痴をこぼしだした。よほど冒険者ギルドに不満を感じていたのだろう。


「とにかくそれが安く済むというから頼んだというのになぁ。こういっちゃ何だが確かにその、メイさんは、う、美しいがだからこそこんな危険な場所に入っちゃいけないと思うわけよ」

「そんな心配なら不要だ。メイは強い。自分で自分の身を守るぐらい余裕だ」

「おい! 馬鹿言っちゃいけねぇ! 子どもだから物を知らないで済むと思ったら大間違いだぞ! ご主人様だか何か知らねぇがメイさんを危険な目にあわせるというならこのオレっちが黙って!

「メイ」

「はい」


――ドゴオォオォオオォオオォオオオン!


「…………」


 実力をわからせるため、メイが軽く拳を叩きつけると、轟音が鳴り響き、地面が大きく陥没した。

 

 それを見ていたキッコリは目が飛び出さんばかりに驚いた。いや半分ぐらい飛び出たか?


 まぁとにかくこれでわかっただろう。ちなみに陥没した地面はその後しっかり埋め立てて戻しておいた。


「いやぁおみそれ致しました。いやでも、オレっちは強くて美しいメイさんも好きですぜ。あ、いや今の好きってのはちがうというか、ちがわないというか」


 メイの強さを目の当たりにしてもめげないなこの男。なんでも今年40でまだ独身なんだそうだ。ふ、だが甘いな、こう見えて私の方が独身歴が長いのだ。虚しくなってきた。


「いやはや、しかしまさか冒険者の代わりにこんな美しいメイさんに護衛頂けるとは、まさにこれは運、メイ!」

「言っておくがメイは護衛で来ているわけじゃないぞ。解決するのはあくまで私だ」

「いや、そういうのはもういいから」

「何がだ全く。まぁいい、とにかく一緒にいればわかるさ」


 キッコリが怪訝そうな目をしているが、とにかく森に入った私たちはカタスギの木目掛けて歩いていく。


 すると、妙に耳障りな音が空から聞こえてくる。


「で、出やがった! イビルモスキートだ!」


 キッコリが叫ぶ。やってきたのは巨大な蚊だ。口吻が槍みたいに長いな。あれ。あの口吻でぶっ刺して獲物の体液を根こそぎ奪っていく魔物だ。


 あと変な液も口吻から撒き散らして、病に犯そうとする。なんとも嫌らしい魔物だ。


「だ、だが相手はまだ1匹だ! とにかく隠れてやり過ごそう!」

「慌てるな。その必要はない。このまま進むぞ」

「は? おいおい何言ってやがる! 相手は空からやってくるんだ! 地上からは魔法でもないと空の相手は!」

「いいから見ていろ」


 イビルモスキートは案の定、私たちを獲物と判断し降下してきた。


「お、おいおい来ちまったぞ!」

「だから大丈夫だ。どっしり構えていればいい」


 キッコリが私のベスト・・・を掴みながら慌てて魔物に指を向けている。


 全く随分と臆病なことだな。そしていよいよイビルモスキートが近づいてくるが――その時、私のベストから煙が吹き出し、接近してきたイビルモスキートを煙に巻いた。


「うぉ、これは煙?」

「そうだ。そして見てみろ、魔物が逃げていくぞ」

「え? おお! ほ、本当だ! どうなってやがる!」

「ふっふっふ」


 私はあえて意味ありげな笑い方をしてみせた。その上で。


「それではこちらにご注目ください」

「え? そ、そりゃ勿論!」


 メイが私のベストに注目させた。そうこの秘密はこのベストにある。


「これはエドソン印の魔導具である、魔除けベストです」

「ま、魔除けベストだって!」

「うむ、実はこのベストには古今東西あらゆる魔物が忌避する薬品を組み合わせ、近づいてきた魔物を追い払う煙を噴出する機能がついている。勿論人には無害だ」

「な、なんだってぇええええ!」


 キッコリがつま先を上げて仰天した。いいリアクションをしている。


「そしてこの煙、今のようにオートで煙を調合し噴出する機能もあるが、広域噴出モードも備わっている。これを使用すれば半径500m以内に存在する魔物は逃げ出し、近づいてもこなくなる」

「い、いやいやいや! 流石にそれは嘘だ。そんな万能な魔導具があるわけない」


 ふむ、なるほど、確かに試した魔物が一種類ではな。なのでそれから更に暫く歩き、ヤルキクワガタや大ミミズ、悪食イナゴ、更に蟲系以外のランスラビットやハッタリベアももれなく逃げていった。


「す、すげぇ! これがあればこの森も安全に歩けるじゃねぇか!」

「そう、そこが重要だ!」


 キッコリが興奮したタイミングで私は更に追随する。


「魔物と言えば倒さないといけないという先入観もあり、それで冒険者頼みになるのであろうが、倒す必要のないものを無理して倒す必要はないのだ。避けられるなら避ければいい。そのために最適なのがこの魔除けベストなのだ!」

「な、なんだって!」

「しかも、このベストはお手軽なカートリッジ交換方式を採用している。これ1つでなんと平均3ヶ月は持つ上、交換も簡単だ」

「こ、こんな小さなものでか、す、すげぇ……」


 ふふ、完全にこのベストの虜だな。ちなみにもっと材料を良いものにすればカートリッジなんて面倒な真似をしなくても良いのだが、このあたりで手に入る素材である程度費用も抑えてとなるとこの方式がベストだ。


「さて、どうかなこのベストは?」

「う~む、確かにこれはいい魔導具だ。だが……お高いんでしょ?」

「なるほど、確かに材料費なども考えると本来このベスト本体で金貨10枚、カートリッジも1つ金貨1枚は取りたいところだ」

「かぁ~! それは駄目だ。いいものだと思うが高すぎだぜ!」

「なるほど、ならば今だけ条件付きで安くも出来る」

「安くだって? い、幾らだ!」

「うむ、本来ならベスト本体で金貨10枚だが――」

「だが……(ゴクリ)」

「――金貨……5枚!」

「な、なんだってぇええええ!」

「しかも今ならなんと交換用カートリッジを3個もおつけ致します」

「安い買った!」


 更にダメ押しのメイのおまけが効いたのか、キッコリは購入を決めてくれた。とは言え、これはすぐには売れない。


「購入を決めて頂き嬉しい限りだ。だが、実はこれはまだ売ることが出来ない」

「え! な、何でだ!」

「許可がおりてないのだ。実はな」


 私はブランド化について、キッコリに聞かせたわけだが――

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