第七話 エドソン、街へ向かう

「凄いのじゃ~速いのじゃ~景色がびゅんびゅん飛んでいくのじゃ~!」


 結局、アリスとその姉、サリスというらしいのだけど、その姉妹を魔導車の後部座席に乗せる事になった。


 とは言え、流石に2人だけでというわけにもいかないのか、もう一人アンジェリークという綺麗な女騎士も同席しているわけだが。


「……本当に凄いな、それに魔獣の腹の中にいても平気とは、とても不思議な感覚だ――」


 もうこれに関してはいくら説明しても理解してくれないから、諦めた。

 3人の中ではこの魔導車は魔獣で、内部は腹の中らしい。そんな馬鹿なって思えるけど、皆してそんな事を言い出しているのだから仕方ない。


 実際、そのこともあって、執事のルイスなんかは姉妹が乗り込むことに難色を示していたぐらいだ。


 まあ、私やメイが乗ってるのを見てるし、アリスも駄々をこねるから最終的にはアンジェリークも同伴するならという条件で許可が出たのだが。


「ところでエドソン殿、その少々この魔獣、速すぎるようでして、少し緩めてもらえると……」


 あぁ、そうか。確かにこの速度だと馬車や馬が追いつけない。全く不便なものだ。魔導車ぐらい早く量産してしまえばいいのに。


 尤も、あまり早急すぎると、今度は一気に馬車の需要が損なわれることとなる。その分馬車を扱っていた商人にしわ寄せがいくことになるから兼ね合いが難しいのかも知れない。

  

 それでもあれから300年も経つのだからもう少しなんとかなっててもいい気はするけど。


「メイ、ちょっとスピードを落としてあげて」

「承知しましたご主人様」

「えぇ~嫌なのじゃ! このままでいいのじゃ~速い方が楽しいのじゃ~」

「こ~ら、駄目よぉわがまま言っちゃぁ。ちゃんと皆にあわせないとねぇ~」


 アリスに比べると姉のサリスはどこかのんびりしたところがあるのが特徴だ。そしてとにかく胸が大きい。車の振動にあわせて、おお、なんて暴れん坊な……。


「ご主人様、鼻の下を伸ばしすぎですよ」

「な、の、伸ばしてなどおらん! おらんったらおらん!」


 車内についてるルームミラーに確かに大きな果実が見えてはいたが、そんなことは決してないはずだ!


 それはそれとして、後方の馬車や馬に速度を合わせたから随分とペースがゆっくりになってしまった。時速15kmペースってところかな。これでも馬車や馬にしては速い方だけど。


 そして1時間ほどかけると平原の中にちょっとした変化。周囲に麦畑が広がってきていた。面積は結構広く取っていると思う。


 車は左右に畑の広がる街道を道なりに進んでいく。畑作業に精を出す農民の姿が見られるけど、まったく毛色の異なった男女の姿も見られた。


 鎧を着ていて剣や弓を携えたものだ。他にもローブ姿に杖といった出で立ちのものもいる。


「畑に農民以外もいるんだね」

「冒険者ですね。畑を荒らす魔物も多いですから、何かあったときのために雇われていることが多いのです」

「ふ~ん、でもそれだと結構費用もかかるだろう。結界に頼った方が効率的じゃないかな?」

「確かにその手もありますが、結界はあまり長時間は持ちませんし、使える魔術師もそう多くはありませんからね」

「いや、わざわざ魔術師に頼まなくても、魔導具に頼ればいいであろう?」


 アンジェリークの言っている意味がいまいち私には理解が出来なかった。確かに私が引きこもる前は結界と言えば魔術師による魔法が主だったけど、あれから300年も経っているんだし、いくらなんでもそんな非効率的なやりかたじゃなくても道具ですむことは道具ですませばいいと思う。


「はは、なかなかおもしろいことを言われますね。畑を守ってくれる魔導具ですか。確かにそんなものがあれば農民はもっと楽に暮らしていけることでしょう」

「う~ん、ということはないのか? 結界をはれる魔導具?」

「ないこともありませんが、畑を守れるほどではありませんね。範囲で言えば冒険者4人を守れる程度でしょうか? それにしても結界の魔導具は4つ必要になりますし、魔物の種類で道具も代わり、それにあまり長時間は持たず使い捨てです。畑を守るには不向きですね。コストの面でも冒険者を雇ったほうが安上がりです」


 これには正直驚いた。まさか、300年経ってもその程度とは。この畑程度でも守れる魔導具が本当にないのだろうか? 


「それはどこの街でもそんなものなのかな? 例えば大きな都などでは違うとか……」

「そう言われてしまうと。私は自分の暮らしてきた街しか知りませんからね」

「でも、でもでも! アリス聞いたことがあるのじゃ! 何か都は魔法の道具もすごく発展してるって!」


 アリスが身振り手振りを交えて説明してくれた。うん、やっぱりそうなのだな。どうやらある程度進歩した魔導具はまだこのあたりまでは流れてきていないようだ。


 それはそれで正直流通がおそすぎな気もするけど、この辺りは帝都からも相当離れているし、もしかしたら仕方ないのかも知れない。


「それなら、大きな街から買ってくれば問題は解決かも知れないな」

「それが出来れば良いですが、ここは都からも遠いですし、何よりそのような便利な魔導具があったとしても価格が張りそうですから現実的ではないかもしれません、と、街が見えてきましたよ」


 確かに街が近づいてきていた。だけど、その外観にも私は少々驚いてしまった。何せ街はぐるりと石の壁に囲われているのだ。


 まさか、あんな物にまだ頼っているなんてな。あの手の壁は一度囲ってしまうと街の規模を変えられない。それでもやるとしたら壁の外側にまた壁を造るなどになるが、余計な手間とコストが掛かってしまう。


 ならば結界の魔導具を使うなり、魔法の障壁を発生させる魔導具を使うなりしたほうがいいのだが、畑を囲うほどの結界も張れないという現状では厳しいのかも知れない。


 しかし、あの手の石の壁は頑丈にするためにより厚くしたりするものだが、所詮石では耐久力に限界がある。いくら厚くしても強力な魔法には対抗できないし、魔物にしてもある程度強力なタイプは石の壁程度簡単に破壊するものだ。


 だが、それでも石の壁に頼り続けているということは、あれでも十分なぐらい世界は平和という証明なのかも知れない。


「こ、これは一体なんなのですか!?」


 街へ入るには門を通る必要がある。そこには門番がいて入ってくる者をチェックしているわけだが、これまた随分と古風なやり方だ。


 300年前からまた変わっていないな。門番にしても鎖帷子に半球形の兜、そして槍と時が止まっているかのように代わり映えしない。


 こんなもの魔導監視カメラでも設置しておき、後は門をこのような両開きではなく自動でスライドする形にして、後はカメラで認証して自動化すれば手間も省ける。


 そんなことをすれば門番の仕事がなくなると騒ぐものが出る可能性もあるが、しかし昔からこの手の街は門の内側、つまり街の中で起きる犯罪も少なくない。


 外の監視にばかり人員を割いてしまい、中が手薄になっている事が多いからだ。しかし自動化してしまえば中の警備に回せる人員が増えて治安は向上するだろう。


 そう考えればやはり前時代的な防壁や門番などは撤廃して魔導で管理するシステムに変えていった方が良いと思える。


 今、それを言っても仕方ないんだろうけど、私みたいのはついそういう見方をしてしまうな。


「これはここに見えるエドソン殿が飼われているというマジローダーという魔獣であるぞ。そしてこの方にはわれわれも救われた」


 そして執事のルイスが門を守っている兵に事情を説明する。


「なんとブラックウルフを……あれだけの凶暴な魔物をこの少年がですか……あ、いや失礼致しました」


 門番の一人が訝しげな顔を見せたがすぐに表情を取り繕い謝罪してきた。見た目に関しては、仕方がない。私などこの者たちからすればただの子どもにしかみえないであろうし、ハイエルフであることも隠しているからな。


「しかし、こ、これが魔獣? そうでしたか。ですが、一応改めさせていただいても? 伯爵家のお嬢様を助けて頂きもうしわけありませんが、チェックは怠らないよう言われておりますので」

「構いませんかなエドソン殿?」

「私は一向にかまわないよ」


 私が許可し、一旦ハリソン家の姉妹やメイも車から降りた。門番の2人がチェックを始める。しかし、門番の兵は、随分と訝しげに私の乗ってきた魔導車を見ているな。兵は2人いるが、前後左右とためつすがめつ、槍を構えて警戒している様子だ。


 それを見て、申し訳ないが私は軽く吹き出してしまった。当然私はこれは魔獣でないことを知っている。兵がいくら槍を近づかせようが噛むこともなければ暴れだすこともない。


「流石なのじゃ、全く暴れない良い子なのじゃ~」

「本当に~よ~~く、しつけられてるのですねぇ~」


 チェックの様子を見ながら感心している、そんなハリソン姉妹のやり取りは微笑ましく思えた。私も頬が緩むのを感じる。


「確かに問題ないようです。お手数をおかけしました」

「それにしてもおとなしい魔獣ですね。よく調教されているようです。これなら街で暴れたり知らない相手に噛み付くこともなさそうだ」

「プッ!」

「……どうかなされましたか?」

「い、いや、ククッ、な、なんでもない」


 不味い、今のは流石にツボに入った。噛み付くとは……いや、仕方ないのかも知れないがな。


「ご主人様、失礼ですよ」

「わ、判っている」


 メイに注意されてしまった。今のは確かに私も悪いな。 


「確認終了しました。お手数をおかけしました。それではようこそシドの街へ!」


 ふむ、ようやく街に入れるな。しかし、門でのやり取りは古臭いと思ったが、ここまで徹底しているのならば、怪しい人間が街に入る可能性は低いのかも知れないな。


 さて、それでは300年振りの人の街を堪能するとしようかな。

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