第八話 300年振りの街並み

 さて、門番の許可もおり、街に入ってすぐに思ったことは、やはり代わり映えしないなということだ。


 街の作りも含めて、全く昔と変わっていない。300年経ったというのに、時が止まっていたかのようだ。


 勿論変わらない良さというのもあるのだろうが、建物は木造か石造りのどちらかであり建築方式にもこれといった変化はなさそうだ。


 特に石造りの建物は味気ない箱型の物が多く、色も素材のままで自然体と言えば聴こえはいいが、無機質で味気ないといった言葉の方がピッタリはまる。


 何より石を積み上げただけというのがな。いまだにこんなやり方とは、せめてコンクリートぐらいは使って欲しいものだ。


「うぅ、もっと乗っていたかったのじゃ」

「ほ~ら~わがままは、メッ、だよ~」


 街の中心にある広場のあたりで車を止め、ハリソン伯爵家の者たちと別れることとなった。

 街に入る上でちょっとしたチェックだけで済んだのは彼らのおかげと思えるのでお礼はしっかり述べさせてもらった。


「この度は本当に助かりました。これを宜しければお受け取りください」


 別れ際に執事のルイスが袋に入った金貨を渡してくれた。それにしてもまだこんな不便な硬貨なんてものを使ってるんだな……。


 とは言え、今の私には貴重だ。流石にその場で中身は確認できないが30枚程度入ってそうだしありがたく受け取らせてもらった。


「此度の件は旦那様が戻り次第しっかりお伝えさせていただきますので」

「いや、それには及ばないよ。通りがかっただけであるしな」


 どうやら領主は舞踏会が終わった後、色々と立ち寄るところがあったらしく、アリスとサニスの姉妹を先に帰らせたようだ。


「エドソンよ! 我らはそなたの手で救われたのだから、何か困ったことがあったならいつでもハリソン家を頼るのじゃ! そしてまたその魔獣に乗せて欲しいのじゃ!」


 はは、魔獣に乗るのが一番の願いっぽいかな。でも気持ちはありがたく受け取っておこう。


「アリスお嬢様、勝手にそのような約束をされては……」

「なぜなのじゃハリス! お父様ならきっと同じことを言うのじゃ! 受けた恩は倍にして返すものだと、お父様は言っておったのじゃ……」

「……アリス~」

「はは……たしかにそうでしたな。大変失礼致しました」


 ムキになるアリスに姉のサニスが寂しそうな顔を見せた。執事のハリスは神妙な顔を見せた後に頭を下げる。騎士のアンジェリークは静かに見守っていたな。


 少し気になりはしたが、あまり他人の事情に首を突っ込むものではないか。私も全てを明かしているわけではないし。


「ところで宿はどうされるおつもりですかな? それだけの魔獣も一緒にとなるとどこも難しそうではありますが……」

「あぁ、それなら心配無用だ。こいつを目立たなくする方法ならあるからね」

「ほう……高位の魔獣には大きさを自由に変えられるものもいると聞きますがこのマジローダーという魔獣ももしかして?」

「あ、うん。そんな感じかな」


 それで納得してくれるならもうそれでいいだろう。余計ないことを話して事をややこしくする必要もない。


「それならば安心ですな。それでは此度は本当にありがとうございました」


 改めてお礼を言うと、彼らは自前の馬車で去っていった。領主だと言っていたし屋敷にでも戻るのだろう。話していた様子だとこの街の周辺に屋敷を構えていそうだ。


「ご主人様、私達はどう致しましょうか?」

「そうだな。とりあえず車は一旦しまうとするか」


 無限収納インフレジーリングを操作し、車を中に吸い込んだ。これで宿はどこでも問題ない。


「……ご主人様、魔導具を扱う時には周りの目も少し気にされたほうが……」


 メイに言われて辺りを確認すると、車が消えたことに驚いている人が何人か確認出来た。


 ふむ、言われてみれば少し迂闊だったか。あまり目立ちたくはないのでとっととその場を離れることにする。


「とりあえず宿を探すとしよう。何をするにも寝床は確保しておかないとな」

「はい、ご主人様」

「ところで宿はどこになるんだ?」

「商業区よりになるかと思います。他には冒険者街と呼ばれる場所にも存在しますが」

「そっちは却下だ。今と昔が一緒とは限らんが、冒険者は騒がしいことが多かったからな」

 

 昔の記憶ではあるが、馬車を護衛していた冒険者もそこまで違いがあるとは思えなかったしな。


 とりあえず商業区に足を伸ばすか。この手の街は大体中央に広場があり、そこを基準に区画分けされていることが多い。大まかな分類で商業区とされるのは南東側になるそうだ。


 徒歩で向かうが流石に商業区は活気にあふれている。大きな通り沿いには露天商の姿もあり、声を上げて売り物をアピールしていた。


 市場もあり青果や多種多様な肉が売られていた。

 走行している間に宿の並んでいる区画につく。高級宿から庶民向けの宿、そしていかにも質より値段といったボロボロの宿もあった。


 さて、問題はここからどの宿を選ぶか。お金関係はメイに任せているが。


「メイ、宿に使える予算はどれぐらいだ?」

「かなり余裕があると思いますが、今後旅を続けるならあまり贅沢を続けるのには不安もあるでしょうし、だからといって安いだけでセキュリティーのしっかりしていないところは魔導具の管理という面では不安もあります。ですので、一泊銀貨数枚程度で泊まれる宿が無難かと思われます」


 なるほど。銀貨数枚か、だけど、いろいろ見てみるとそのタイプの宿が一番多いようだ。さて、どこにしようか。


「あ、あの、宿をお探しですか?」


 うん? 私がどこの宿にしようか迷っていると、ふと横から声をかけられた。

 横を向くと、私より頭一つ分ほど背の高い少女が立っていた。小顔で瞳の虹彩は赤。肩まである栗色の髪は癖が強く、そして耳は猫耳だった。


 この猫耳だけで彼女が獣人ビスティア族の生まれであることが判る。ビスティアは人の特徴が強く出た種族だ。ちなみに獣の特徴の方が大きい種族は半獣ワーマル族という。


 そしてビスティアといえばブタンが結婚した嫁でもある。猫耳系のビスティアの女は可愛らしいことで有名だ。そしてこの子もやはり見た目には可愛らしい。


 ただ、もう一つ気になる点があった。首輪だ。恐らく、いや、これは間違いなく隷属の首輪だな。300年より更にずっと前から存在する代物で私からすれば忌むべき魔導具だ。


 それにしても、まだこんな物が残っているとはな。しかし、そのことで憤っていても仕方ない。


「確かに私達は宿を探している。もしかしてどこかオススメがあるのかな?」

「あ、えと、オススメというか、もし宜しければ私がお世話になっているのが宿屋だったので、まだお決まりでなければ如何でしょうか?」


 なるほど。つまりこれは客引きってやつだね。う~ん、でも確かに宿は決まっていないし、折角だから。


「うん、それなら案内して貰えるかな?」

「は、はい! どうぞこちらです」


 そして私とメイはビスティアの少女に案内されて宿屋に向かった。

 軽く話しながら移動するが、う~ん、やっぱり奴隷ということが関係しているのか、素材は悪くない、というより恐らくかなり可愛いと思うが、着ている服は決して上等とは言えないようなエプロンドレス。そしてかなり痩せてるな、髪も手入れが行き届いてないし、ちょっと勿体無いな。


 もしかしてあまり良い扱いはされていないのだろうか? 特にビスティアやワーマルは亜人と蔑称されることも少なくないしな。


「ところで、君の名前を聞いても?」

「……私は奴隷なので、許可なく名前を明かすことが出来ないのです。申し訳ありません……」


 伏し目がちに彼女が答える。いいたくないのではなく本当に言えないようだ。隷属の首輪は命令を無視すると激痛が走る術式が施されている。その痛みは嵌められている者にとって耐え難いものとなるので、どれだけ屈強な者であっても耐えることは出来ないとされている。


 だからこそ危険なんだけどなこれは……奴隷の全てが不当な扱いを受けているわけでもないが第一印象は良くは思えない。


 ただ名前を言えないのも、名前というものを特別に捉えている人もいるからなんとも言えない。

 

 中には真名は外には漏らさず、仮名だけで過ごす者もいる。教会の人間などに多いタイプだな。

 

 ま、とりあえずそれはいいか。明かせないものを無理して聞いても仕方ないし、奴隷の扱いも今私が気にするべきことではない。


「こちらになります」


 猫耳(仮としてそう称することにした)に案内された宿は木造3階建てのこれといった特徴のない宿だった。看板には太陽の小町亭とあり1階部分が受付と食堂、宿主の居住部となっていて、2階と3階を客室としているようだ。


「ご主人様。お客様をお連れいたしました」

「これはこれはいらっしゃい」


 受付にいたのは、随分と恰幅のよい女性だった。年の功は40代後半ぐらいか。ニコニコとした笑顔で出迎えてくれたが、私とメイの姿を見て、微妙そうに眉を顰めた。


「……随分と変わった組み合わせだね」


 私はメイに目配せした。受付は彼女に済ませてもらった方がいいだろう。何せ私は見た目が子どもにしか見えない。


「2人部屋をお願いしたいのですが泊まれますか?」

「うちはお金さえ支払ってもらえば文句ないけど先払いだよ。2人部屋なら銀貨4枚と青銅貨5枚だね」

「金貨でも構わないですか?」

「え? いや勿論構わないよ」


 少し主人が驚いていたな。こういう時に躊躇なく金貨を出せることが意外だと思ったのかも知れない。


「何日か止まるのだから、金貨分予約入れたらどうかな?」

「しかし、それだとかなりの日数になってしまいそうですが」

「そうなのか?」

「まぁ白銀貨1枚でも4日は泊まれるからね」

「ならとりあえず4日にしてもらうのはどうだろう?」

「そうかい。ならお釣りは白銀貨9枚だね」


 お釣りはメイが受け取った。しかし、このやり取りを見るには貨幣の種類や価値は昔と全く変わっていないということか。


 私の記憶では確か。


銅貨……流通している貨幣では一番価値が低い。

青銅貨……銅貨10枚分の価値。

銀貨……青銅貨10枚分の価値。

白銀貨……銀貨10枚分の価値。

金貨……白銀貨10枚分の価値。

白金貨……金貨10枚分の価値。


 だったな。ちなみに銅貨は実はどちらも金属として言うところの青銅製だが、青銅貨は色が光沢のある青であり区別される。


 銅は何かとかけ合わせることによって性質が大きく変化することで知られる。代表的なのは銅と錫をかけ合わせた青銅だが、ここでいう青銅貨はそこに多分のマイフ粒子と組み合わせることで光沢ある青色に変化させたものだ。


 マイフ粒子体と掛け合わさるものでは他に銀もあるな。銀はマイフ粒子体と合わさることで魔法銀マシルバに変化する。


 もっとも青銅貨はあくまで人工的に作られるのに対し、マシルバは自然現象として発生するという違いがある。

 

 まぁ話はそれたが、とにかく私たちは取り敢えずの寝床を確保出来た。しかし、金貨1枚でもこれだけ余裕があるとはな。


 そう考えると、ハリソン家の執事から受け取った報酬はかなり破格だったと言えるか。改めて心の中でお礼を述べつつ、猫耳に案内され部屋に向かった。

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