第五話 マイフルとメイドのパワー

 なんか誰かが一言だけ発したあと、全員が呆然として固まっている。目の前に魔物が迫っているのに呑気なものだね。


 あ、もしかして本当はこれから相手を殲滅する準備が整っていたとかだろうか? 冷静に考えてみれば、いくらブラックウルフとはいえ300年も経った現代で対処できないとも思えない。


 確かにブラックウルフは300年前なら、冒険者ギルドもあって、冒険者のランクがBランク程度は必要とされていたけど、流石に時代が違う。


 むしろ今なら優れた魔導具か何かであっさり倒すことも可能だろう。そう考えたら、もしかしたら私は余計な事をしてしまったのかもしれない。

 

 冷静に考えたら今時旧式の馬車というのもおかしな話だ。しかしそれが魔物を狩るための囮代わりだとしたら得心も行く。


 大体、彼らの装備もおかしい。今時いかにも重そうな鎧とか、剣とか弓とか時代錯誤も甚だしいだろう。

 

 私などこんな身軽な軽装であるにも関わらず、魔導の力で防御力に関しては古代のオリハルコンの装備なんかより遥かに上なのだ。


「ご主人様いかがいたしましょうか?」


 そんなことを一人考えていた、運転席から降りたメイが私に指示を仰いできた。


 改めて正面に目を向けると、ブラックウルフも動きを止め膠着状態だ。


 だけど、これに関しては当然だろう。私の創ったこの車には、魔物が忌避する術式も組み込んである。


 その為、半径50m以内には中々近づけない。まあ、強力な魔物や魔獣だとそこまで強い効果はないがな。


 本当はやろうと思えば魔獣だろうと竜だろうと近づけさせない術式も組み込めるんだけど、それをやると実際走っている場所がどの程度危険なのかがわからなくなる。


 それだと安全は確保できても情報が集まらなくなる。だから、ある程度の相手に、しかも50m以内という範囲を決めて組み込んでいるわけだ。


 これならとりあえず魔物は視認できる位置までは近づいてくれるからな。


 しかし、ブラックウルフにしても、あとは後ろの誰か判らないけど追われていた、え~と種族は全員ヒューマ人間族みたいだな。


 彼らも一向に動こうとしないな。これがもし狩りの途中なら邪魔するのも悪いと思ったけど、このままブラックウルフと睨み合っていても仕方ないか。


 ま、ここはとりあえず私達で片付けて、何かこのブラックウルフから必要なもの、と言っても対して役立ちそうなものは手に入りそうにないが。もしそれで必要なものがあるというなら渡して上げればいいか。


 そんなわけで、私は無限収納リングから愛用の武器を取り出す。


 何だあの杖は? なんてボケをかましている者がいたけど、当然これは杖じゃない。

 円筒状の細長い銃口を備え、スコープ照準持ち手グリップ引き金トリガーを備えたマイフル魔導小銃だ。


 これは私の自信作でもあって、銃口内には螺旋のように術式が刻み魔力マイフの流れを円満にさせるマイフリング螺旋式圧縮術式が施されている。


 マイフルという名称もこのマイフリングから取ったものだ。そしてこれ専用の弾丸はダマスカスDK弾かハイラルHR弾のどちらかが使用可能だ。


 仕組みとしては引き金を引くと先ず弾丸を接触した箇所の術式が発動し爆轟、その衝撃で弾丸が直進し、筒内部の術式によって螺旋状に回転し更に加速、最終的に筒内部から飛び出した弾丸が相手に命中しダメージを与える。


 この際、DK弾の場合は基本的には単純な物理ダメージを与えるだけなんだけど、HR弾の場合は弾丸にも術式を施し、銃口内のマイフリングと反応させて様々な効果を付与することも可能となっている。


 ちなみにこれらの弾丸は全てドワーフに作成してもらったものだ。どちらも魔法銀との合金だが、材料としては鉄の方が豊富な為、弾の数も必然的に鉄の配分量が多いDK弾の方が多くなる。

 

 HR弾は作成が結構大変なのと、最終的な術式の調整は私がやる必要があるので多少手間が掛かる。


 まあ、現状残弾数はDK弾で千発以上、HR弾でも数百発とあるから暫くは問題ないだろうけど。


 うん、でもこれらの弾も前は一発一発込め直す必要があったんだが、あのベンツと試行錯誤して後付で弾倉をつけられるようにしたから、大分楽になったな。この弾倉はマイフルにワンタッチで取り付けられるから交換も簡単で良い。


 弾倉に込められる弾の数は12発だけど、これはあまり多いと長くなって邪魔になるというのがあってのこと。


「さてっと、ところで君たち、あのブラックウルフは私達で倒してしまっていいかな?」

 

 とは言え、一応準備ができたところで後ろで未だに呆けてる人間に聞いてみる。確認も取らずに動いてあとで何か言われても嫌だからだ。


「え? え? え~と、君が、あれを倒すのか?」

「う~ん、正確には私とこのメイがかな」


 尋ねてきたのは、その中で唯一執事っぽい格好をした老齢の男性だった。白髪頭の中々ダンディな男である。


「子どもと、あの美人の女が?」

「でも、どうみても戦える格好じゃないよな?」

「子どもの方は妙な杖を取り出したけど、女の方はメイドだぞ?」

「そもそもあの杖どこから出したんだ?」


 なんか口々に色々言いだしたな。まだ私の銃の事を杖とか言ってるし。


「あの? もしかして余計なお世話だったかい? そうだったか、あれを狩りに来たのなら、そっちにもやり方があっただろうし。メイ、どうやら迷惑そうだから退散しようか」

「承知致しましたご主人様」

「ちょ! ちょっとお待ちを!」


 本当は色々話もしてみたい気がしたけど、歓迎されていないならあまり長居はしないほうがいいかもしれない。そう思ったんだけど、白髪の男が引き止めてくる。


 なんだろうか? やはり邪魔されたことに怒っているのか?


「そ、その、困っているのは確かなのです。あの魔物に仲間も大勢やられましたし、このままでは全滅してもおかしくない。ですから、助けて頂けるなら――」

 

 最後にお願いします、と頭を下げてきた。う~ん、仲間が大勢? あれに? 本当に? だとしたらちょっと油断が過ぎるんじゃないだろうか。


 まあ、ブラックウルフは夜動き回ることの方が多いから、この時間なら大丈夫と思って油断していたのかもしれない


 とにかくそういうことなら。


「判ったよ。じゃあメイ、また予定変更になるけど、あの魔物をさっさと片付けよう」

「さ、さっさと?」


 何か執事が目を白黒させているけど、そこまで驚くほどの事じゃないだろう。まあ、とにかく――


「よっと――」

「ま、魔獣の上に……」


 魔獣? 何を言っているんだ? とにかく、車の屋根の上に乗って、メイには前に出て戦ってもらうことにする。


「じゃあ、私がここから5匹撃つから、メイは残りを頼む」

「かしこまりましたご主人様」


 そんなわけでハントの始まり。弾はDK弾で十分だな。スコープのレンズ越しに十字型の照準を合わせて、ブラックウルフの頭を狙う。


 ブラックウルフは未だに戸惑っていて車体には近づいてこない。術式が効いている証拠だな。


 で、引き金を引く。射出された弾丸は淀みなく筒内部のマイフリングにそって回転し、獲物に向けて突き進んだ。


 螺旋回転を以て飛び出したおかげで、空気抵抗を受けることもなく淀みなく弾丸が射線上を突き抜ける。このマイフリングのおかげで加速効果も加わり、打ち出された弾丸の速度は初速から音速を超えている。


 この弾丸は円錐状で先端が尖っている。これも空気抵抗を受けないようにするための使用で、ベンツとも試行錯誤したものだ。


 ちなみにDK弾は先端が尖っていて貫通性を高めているが、HR弾は先端は丸みを帯びている。理由はハイラルはダマスカスに比べると強度が弱いというのが原因だ。


 だから貫通弾にしてもあまり意味がない。しかし魔弾として見た場合、後からの加工がし易いという利便性がある。


 それによって弾丸そのものに魔法の効果と発動条件が組み込めるのはやはり大きい。つまりHR弾は弾そのもののダメージよりはそれによって発動する魔法での影響を優先させていることになる。


 逆に言えば魔法に耐性のある相手には、DK弾の方が有効ってことだな。実際単純な物理的な威力ならDK弾の方が遥かに威力が高い。


 このブラックウルフに関しては魔法でも物理でもいけそうだったから、弾数が多いDK弾を使わせてもらったかたちだ。


 ちなみにこのDK弾もモードを変えることで術式を変更させある程度の強化の他、形状を変えることが出来る。錬金術の応用だ。


 それもタイプが4種類あって、一つは通常形状の先端が尖っているタイプ、もう一種は弾が当たった瞬間にハンマーの頭のように先端が変形するタイプ。これは貫通性は失われるけどその代わり衝撃を効率よく伝えて一撃のダメージが増す。


 大型の魔物や魔獣なんかを相手にすると、貫通する弾だとダメージにはつながらないケースも多い。そういった時はこの形状の方が有効だ。


 もう一つは当たった瞬間に弾からスパイクが飛び出るもの。この影響で弾は当然目標物の内部に留まり、生物であればかなりの苦痛を与え続けることになる。


 自分はこの弾丸を生物に使うのはあまり好ましく思ってないけど、上手く使えば戦闘以外の面で役立つことがあるから取り入れていたりする。


 最後は発射された直後に弾丸が砕け散弾になって飛び散るタイプ。これは攻撃範囲が広まり一度に殺傷できる相手も増える。しかし、細かくなた分威力は減る。


 まあそんなわけで、この魔物に関しては通常使用の貫通弾で、あっさりとブラックウルフの眉間に風穴があいた。


 私が攻撃を仕掛けたことで、ブラックウルフも興奮状態に陥りいよいよ忌避効果もなんのそのでこちらに向けて駆け出してくる。


 この車の効果だと、ヘイトが高まった相手までは押さえつけらない。まあでも、そうやって自分たちから突っ込んでくれたほうが狙いがつけやすくて助かるわけだけどな。


「ヒット! ヒット! ヒット! ヒット! そしてこれで最後の、ヒットだ! 残りを頼む!」


 向かってきたうちの5匹をマイフルから放たれた弾丸が次々と貫いていく。その間に何匹かはダークボルトを放ってきたが、残念ながら私には届かない。魔導車には相手の魔法を防ぐ障壁が常に展開されている。屋根の上に乗っている私にもその効果は及ぶ。黒色の礫は全て私に達する前に打ち消された。


 そして私の掛け声に合わせてメイが飛び出す。

 

 その間に弾倉を取り外し別なものと入れ替えておく。しかし、私が次の弾丸を発射することはなさそうだな。


 近づいていったメイに向けて、今度はダークファングや闇の付与を行使した爪で襲いかかるブラックウルフだが、先ず爪の攻撃はあっさりとメイが受け止め、そのまま頭を掴み地面に叩きつける。その所為で割れた果実のように魔物の頭が砕けた。


 ダークファングもメイにあたりこそしたが、かすり傷一つ負っていない。それを認め、悔しそうに唸り声を上げたあと、牙をむき出しに飛びかかるが、メイも負けじと跳躍、軽やかにそれでいて優雅な洗練された動きで右足を振り上げ、かかと落としをその脳天に叩き込む。


 ありあまったパワーによって、衝撃が脳天から尻尾まで突き抜け、ただのかかと落としの筈なのにダークウルフの身体が左右に分かれた。なんか地面もそれにあわせて抉れてるし。


 ……うん、自分で創っておいてなんだけど、力すご!


 と、いうわけで、結局彼らを追いかけていたブラックウルフ8匹は、私達の介入で5分も持たず殲滅された――

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