第四話 追われている者

「納得がいかんぞ。なぜこのような物を身に付けておく必要があるのか」

「もうしわけありませんご主人様。ですがブタン様のご指示なのと余計なトラブルに巻き込まれない為です」

 

 運転席でハンドルを握るメイが言った。凛とした横顔は我が作品ながら素晴らしいとしかいいようが無いが、こういう時わりと融通がきかない。


 なんでも、エルフというのは今でも珍しい存在として扱われているらしく、その素性がバレると厄介な目に会うことも多いらしい。


 全くそんな差別的偏見など300年も経てば消えているだろうに心配症な事だ。

 とは言えあまりに言われるものだから仕方なく私は変装の指輪という自作の魔導具を嵌め髪の色を金に、両目を碧眼に変えた。


 そして当然エルフの長い耳も隠している。私としては耳だけ隠せば十分だと思うのだが、金と銀のオッドアイやこの年で白髪というのは何かと目立つのだとか。


 全くもって煩わしい話である。むしろあれから300年も経っているのだから、人間とて瞳や髪は自由に色を変えたり出来る程度の技術力は余裕で持っているだろう。


「そこまで嫌であれば戻りましょうか?」

「馬鹿を言うな。行くに決まっているさ、この文句はあれだ、言ってはいるが実際はそこまで深刻になるようなものではない程度のものだ」

「そうですか、それなら良かったです」


 そういいながら凛々しい表情で運転を続けるメイ。悔しいことに私より運転が様になっているのだから参る。


 まあ私はこの見た目故に、運転しようにも座席を目一杯寄せないと足が届かないからな。そのせいか外側から見ると不格好に見えてしまう。


 それ以前に運転技術が伴ってないと言われると、何も言い返せないが。


 それにしても――やはり道路はもっと拡張しておくべきだった。オフロード仕様だから道なき道でも問題なく走れるが。木と木の隙間を縫うように走る姿は中々迫力がある、というかちょっと怖い。


 スピード計を見ると120キロは余裕で出てた。私が作っておいてなんだが、なんでこのスピードでこんなハイレベルな運転が出来るの!? 


 メイのハンドルさばきが見てて恐ろしいぐらいだ。神がかっていると言っても良い。そして気の所為かちょっと運転が楽しそうだ。


 ただ、道なき道、しかも山の斜面を駆け下りている形。つまり当然道も悪路なわけで――


「ウェエェ……」

「大丈夫ですかご主人様?」


 うん、一旦車を止めてもらうと外に飛び出し、そしてこみ上げてきたものを出した。するとメイが優しく背中を擦ってくれるけど、あまり見られたくはない姿だな……拒否する余裕なかったけど。


 でも、まあ、メイは私の作成したアンドメイドだしな……私の為に動くのも当然だろう。


「ふぅ、とりあえず落ち着いたよ」

「それは良かったです」


 何故か膝枕をされる形で、魔導瓶の水を飲ませて貰っている。中々いたれり尽くせりだが正直照れくさい。


 とは言え、自分で創ったとは言えこの質感――まあ、正確に言えば私が設計し、素材の加工やボディの形成などはあのオーバードワーフのベンツにお願いしたんだけどね。


 しかし、改めていい仕事してくれたと思うよ。なんというか本当、本物の女性に触っているかのような、まあ、あまり女性に触れた経験ないけどなんとなくそんな気持ちよさがある。


「でも、ずっとこうもしてられないよね」

「私はご主人様が回復されるまでこのままで大丈夫ですよ?」


 うん、そういう意味ならもう回復できたしね。だから膝枕からメイを解放し魔導者に戻る。


「じゃあ、そろそろ出発しようかって、うん?」


 助手席のドアを開けてメイを促そうとした時、ふと車内に搭載されたマジックMフィールドFマップMが反応を示した。

 

 これは周囲の地図を透明な盤上に表示する魔導具なんだけど、危険な相手は赤い点として、動物に関しては黄色、知的種族は白、高位な生物は青で表示する。


 危険な相手というのは極度の興奮状態だったり、空腹で獲物を求めていたりなど、そういった状態の事なのだけど――それが数にして8、画面上に表示されていた。


 そしてそれとは別に黄色と白の集団も。点の動きを見るに、恐らくは赤い点の何かに他の集団が追われているといった状況のようだ。


 追われている方の中に白い点もあるわけだから、当然会話の通じる種族だと考えられるな。

 そうなると、これを助けて上げれば私は300年ぶりな他種族との邂逅につながるかもしれない。


 まあ、相手がエルフだったら他種族にならないけど、エルフがこんなところで集団行動するとは思えない。


「メイ、この赤い点に追われている者たちを出来れば助けたい、お願いできるかな?」

「承知致しました、では急いで出発しますのでお乗りください」

「うん、じゃあ頼むよ!」


 私が助手席に乗り込むと、すぐさまメイがアクセルを踏み込み、相変わらずのとんでもないハンドルさばきで目的地に向け走り出す。


 MFMには周囲の地形も反映されているから、最短のルートを行くのはそれほど難しくはない。ただ、このまままっすぐ行くと急斜面の、なんというかほぼ崖の場所に突き当たるような……。


「あれですね」


 そしてそのほぼ崖な場所につくなりメイが指差す。ここからだと街道の様子がはっきりと俯瞰できた。


 そうか、メイは先ずここで追っている何かと追われている何かを確認しようとしたわけだな。


 うんうん、この判断力も流石だ。で、私もその様子を確認するが。


「何だこれ、何の冗談だ?」


 思わず口からそんな言葉が漏れてしまう。追っているのはあれはブラックウルフだな。名前の通り見た目が黒い狼のような様相。ただ、口が顎の端に届かんばかりに大きく裂けているという特徴がある。


 闇魔法が得意で、遠距離からはダークボルトという黒い礫、中距離ではダークファングという牙に似た魔法攻撃を放つ。爪に闇属性を付与して切り裂いたりもしてくる魔物だ。


 あいつらは基本夜行型なのだが、この時間でも獲物を狙うって事は、きっと餌にありつけない日がしばらく続いたのだろう。その場合連中は昼間でも関係なく襲ってきたりする。


 で、問題は逃げている方で、なんというか、馬車という随分と旧式の移動手段を取っていた。その周りに走っているのは護衛だろうか? そっちは騎乗してなんとか馬車を守ろうとしている形か。


 いやはやそれにしても驚いたぞ。馬車と言えば私が研究に没頭する前、つまり300年ほど前に現役だった乗り物だが、それを未だに使っているものがいたとはな。


 馬車というのは、まあ言うまでもないが動力を馬に頼っている乗り物だ。私のこいつ、つまり魔導車が魔力マイフを動力として利用しているが、それに比べると随分と単純な仕組みであると言える。


 そして当然だが馬車の速度は馬の能力に依存する。通常馬の速度は平均で5~8km程度。全力で15km前後といったところだ。

 

 ただ、馬は当然生き物である以上走り続ければ疲れるのが欠点か。その為、体力の消費を抑えるためにも牽引する馬を多くすることはあるが。


「50頭立てか……」


 そう今走っている馬車は馬が50頭、つまり馬力で言えば50馬力だ。

 なるほどこれなら馬一頭毎の負担は1/50となる。


 これであればそれなりに速度は伸びるかもだが、あまり速度を出しても馬車が耐えられないな。


 一方でブラックウルフという魔物は、見た目狼に近いだけあってかなり足が速い。常時80kmペースで1時間以上走行出来る体力もあるので、このままでは馬車側のほうがいずれ追いつかれる。


 そうでなくても護衛の馬はついていくので精一杯だ。


「メイ、このままじゃ被害が増えるな。とにかく急ごう」

「判りました、では下ります」

「うん、やってく、え? 下る?」

「行きます」


 そしてメイは一言そう告げると、ほぼ崖の道なき道を、魔導車で駆け下り始めた。


「う、うぉおぉおぉおおぉ! 死ぬ! 死ぬうぅうぅうぅぅうう!」

「ご主人様、口を開けると舌を噛みますよ」


 そう言われても、こ、これは流石に怖すぎる! 殆ど落ちてるし! で、でも、しっかりタイヤは崖についている! 走っている! 運転技術凄すぎだろぉおぉおおぉおお!


 そしてこのあまりに大胆なショートカットが幸いし、あっという間に地面に着地、そのまま森を抜け、車体を横滑りさせながら街道に飛び出し、ブレーキ音を響かせながらボディが一回転! うぉ、目が回る!


 そして回転が終わり、車が動きを完全に止めた時、再び私は胸の奥からこみ上げるものを感じたが、とにかくそれはぐいっと飲み込んでドアを開け、外へと飛び出した。


「やれやれ死ぬかと思った……うぅ、気持ち悪、でも、なんでそんな旧式の馬車で移動しているのか、これみたいな魔導車使えば絶対追いつけないのに」

「……は?」


 とりあえず、第一声で素直な疑問を口にしてみたけど、そんな私の耳に届いたのは誰かの間の抜けた声だった――

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