第三話 屋敷からの旅立ち

「本当にいかれてしまうのですね……」


 見送りに来たブタンがどこか物悲しそうに述べる。そんな目をするなブタンよ。人は出会いと別れを繰り返し強くなるのだ。お前見た目豚だけど。


「留守のことは頼んだぞ。何、落ち着いたら扉はいつでも繋ぐことが出来るしな。その間、この屋敷も好きに使ってくれて構わないし」

「はあ、まあ、それはいいのですが、本当に大丈夫でしょうかね?」

「うん? なんだ可愛い嫁や子供と暮らせるんだぞ。この屋敷じゃ不満か?」


 ちなみに嫁と子供は紹介してもらったが、どっちも死ぬほど可愛かった。子供に関してはこいつの面影なんてさっぱりなくて思わず本当は別に父親がいるんじゃないのか? と疑ったほどだ。


 だから親切心で魔導具による遺伝子調査しようか? と尋ねたら怒られてしまった。親切心でいってるのに。


「旦那様は、ずっとこの山で暮らした分、世間の常識には疎いですからね」

「ふむ、確かにあれから300年も経っているのだ。そういう面もあるであろうが、しかしだからこそ楽しみなのであるぞ。何せ300年だ! その間に外では一体どれほどの進化があったのか! きっと私などでは想像も及ばないようなとんでもない発明品が生まれているに違いない!」

「……旦那様、その件ですが、実は外界は――」

「ストップ! そこまでだブタン!」


 私は彼の言葉を途中で遮る。一体何事か? といった様子で首を傾げるブタンだが当然だ。


「ブタン、お前はこれから食べようと思った豚まんの具を、あっさりとバラされたらどう思う?」

「いや、豚まんの具の中身は豚だと思いますが……」

「そう! つまらないだろう? 楽しみが減ってしまうだろ!」

「うん、話聞いてください旦那様」


 何故だろう? 私は至極わかりやすい例え話をしたつもりなのだが、ブタンの反応が悪いぞ。


「つまりご主人様は、例えばまだ聞いたこともない物語を聞こうとしている時に、先に結末を言われてしまってはつまらないだろうと、そう申されているのですね」

「そのとおりだメイ。流石私の作ったアンドメイドだな! よく理解している!」

「確かに今のはメイさんが優秀ですが、旦那様の例えが全く意味なかったことは事実ですよ」


 むぅ、まるで私が悪いみたいではないか。執事の癖に失礼な奴め! あんな可愛い嫁を見つけてきて生意気な奴め!


「なんでそんなメラメラと嫉妬深い目で見るのですか? まあ、でも判りました。つまり自分の目で見て知りたいから、余計な情報は与えるなと、そういう事ですね」

「うむ、そのとおりだ」

「承知致しました。ですが、それならばやはり旦那様、メイさんは一緒に同行させてあげてください」


 うん? メイをか?


「しかし、屋敷の掃除などメイは必要だろう?」

「それは他のアンドメイドがいるでしょう。それに私や嫁もいるから十分ですよ」

「自慢か貴様!」

「なんでそこで怒るのですか!」


 全く。私がいない間は屋敷を好きにしていいとはいったが、嫁とイチャイチャラブラブすると思うとちょっと腹立たしいぞ。


「とにかく、もともとメイさんは外界にも顔を出していたので旦那様より遥かに外のことについては詳しいです」

「そうなのかメイ?」

「基本的なことはわかると思います」

「ふむ、そうなのか……」


 そう言われると、確かに何もしらないよりは知っているものがいたほうがいいかもな。


「判った、ではメイも一緒に連れて行くとしよう」

「ありがとうございますご主人様。お役に立てるよう精進いたします」


 敬々しく頭を下げてきた。むぅ、自分で作成しておいてなんだが可愛いぞ。


 まあ何はともあれ、このままずっと話していてもいつまでたっても出発出来ないので、切りのいいところで話を切り上げる。


 そして私とメイは自作のマジローダー、ようは魔導車だが、それに乗り込んだ。

 メイが運転致しましょうか? と聞いてきたが、こればっかりは譲れない。何せ私もこれは初めて・・・運転するのだ。


 ワクワクが止まらない! さあ、いくぞ外界の人里へ!


「ご主人様、お気をつけください」

「うむ、暫く戻らぬが留守は頼んだぞ」


 そして私はスターターに魔力を込め、マッテリーの稼働を確認。

 そしてアクセルを思いっきり・・・・・踏みつける。


――ギュルギュルギュルギュルギュル! ブオォオオッォオオオン! キキーッ! ドッガーーーーン! 


 すると擬音にしてみると中々に派手な音が豪快に周囲に鳴り響いた。


 何事か? と聞くまでもない。考えなしにアクセルを踏んだ結果、魔導車が急加速、屋敷周辺に敷設された道路を外れ、巨木に激突したのだ。


「……旦那様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だこれぐらい! 見よ。これだけぶつかっても傷一つ付かない。正面には危険が近づくと自動でオートガードの魔法が発動する仕組みになっているからな! これが見たくて、私は敢えて衝突実験を行ったのだ!」


 そうですか、とどこか呆れた様子で言葉を返すブタンである。


「さて、それでは今度こそ、お別れだ! ゆくぞ!」


 再び轟音を鳴り響かせ車輪が激しく地面をえぐり、そして遂に、動き出した、後方に!


「……おかえりなさいませ旦那様」


 抜けた筈の門にまた舞い戻ってきた私へ、冷ややかな目を向けるブタン。そして顔に赤みを見せる旦那様、つまり私である。


「……その、ちゃんとバックが出来るかの最終確認だ」

「……ご主人様、私が運転を代わりましょうか?」

「な! 何を言う! これは私が!」

「代わりましょうか?」

「――はい……」


 結局メイが運転をする魔導車の助手席に私が乗ることになってしまった。うぅ、設計したのは私なのになんとも恥ずかしい。


 とは言え、改めてメイがアクセルを踏み……あっさりと車は移動を開始した。凄い軽やかに、なんというか揺れも全く無いし……本当自信なくしてしまいそうだ――






「……今度こそ言ってしまいましたか。まあ、メイがいれば大丈夫かとも思いますが……ご武運を――」


 こうしてエドソンはメイの運転する魔導車に乗せられ走り去った。そしてふたりの乗った魔導車を見送った後、一人思いの丈を吐露し、屋敷へと戻っていくブタンなのであった――






◇◆◇


『グァル、ギュア、ガガルァ、ギイァ――』


 不気味な声が疾駆する馬車の後ろから多数響き渡る。私の手綱を握る手が汗で湿っていくのが判る。


 まさか、こんなところであんなものに出くわすとは――ハリソン伯家の執事として長年勤め続けた私がなんたる失態か。


「くっ! あっちへいけ、消えろ!」

「迫る障害を焼き撃て! ファイヤーボール!」


 護衛として雇っておいた冒険者の声が私の耳に届く。彼らは馬で私の操る馬車の後ろについてもらっている。そして他にも数名、伯爵家に仕える騎士が護衛としてついてきていた。


 だが、その内の数名はあの最悪な魔物の手によって既に落ちてしまっていた。


 残りの護衛や騎士たちが今もなんとか寄せ付けまいと頑張ってはくれているが、それも時間の問題かもしれない。


 私は念のため後ろを窺ってみるが――やはり結果は同じだ。我らを追ってきている魔物はブラックウルフ。

 

 黒い狼という些か安直過ぎるネーミングにも思えるが、その実、あれは恐ろしい魔物だ。


 しかし本来あの魔物は夜にこそ活発に動き回るもの。だからこそ我らも日が上っているうちにこの森を抜ける街道を突き進もうと考えたのだ。


 だが、見通しが甘かったのか、馬の休憩もあって一度だけ休んでいたその途中、12匹のブラックウルフに取り囲まれてしまったのだ。


 我々はすぐにお嬢様たちを馬車に乗せ、逃亡を図ろうとしたが、ざんねんながらその段階で護衛の冒険者の半分と護衛騎士の数名を失ってしまった。


 死んでいった者たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だが、いまそれを後悔しても仕方がない。


 不気味な唸り声を上げながら、後ろから迫るブラックウルフが魔法を放ってくる。

 

 闇魔法と称される術式の一種のダークボルト、闇色に光る石の礫のような物を撃ってくるのだが、威力は投石など比ではない。

 

 鋼鉄の鎧でも軽々と貫く上、飛距離もそれなりにあるので、数がいると厄介なことこの上ない。


「ルイス! やつら走る速度を上げてきた、このままでは追いつかれる!」

「くっ、確かに早い! 強化魔法も使用してくるのか!」


 ブラックウルフの駆ける速度が明らかに上がった。あれほどの速さ上昇魔法でしかありえない。

 肉体を強化する魔法で脚力を上げたのだろう。


「こうなっては仕方がない、私が殿を務める、それで時間を稼いでいる間に逃げてくれ」

 

 愛用の白い馬を駆りながら並走する女騎士、アンジェリークが述べる。白銀の鎧を颯爽と着こなす彼女は見た目の美しさからは考えられないほどに手練の騎士だ。


 ハリソン領内は勿論の事、王国軍の手練の騎士にもその剣の腕前は引けをとらないと誉れ高く、ブラックウルフに強襲された際もその内3匹を一人で切り伏せてしまった。


 残りの全員が一匹を悪戦苦闘しながら倒している間にだ。それほどまでに強い。


 だが、それでも残り8匹のブラックウルフを一人で相手するのは無茶が過ぎる。


 しかし――強化魔法で速力のついたアレが手におえないのも確かだ。接近されると奴らはダークファングという魔法も行使してくる。


 あれは闇の巨大な牙で食らいつかせる魔法で、飛距離はダークボルトに劣るが、威力が数倍高い。巨岩もあっさり噛み砕くほどだ。


 その上、爪に闇の力を纏わせることで強化され、重装備の騎士であってもその爪があればまるでボロボロの布切れの如くあっさり切り裂かれてしまう。


 そんな相手に、いくら腕が立つとはいえ女の騎士を一人で向かわせていいものか……。


「もうダメだ、このままでは持たない、私はいくぞ!」

「いや、しかし!」


 思わず引き留めようと片手が伸びる。だが、その時だった、突如後方を走る馬が嘶きその動きが止まった。それに倣うように、なっ!? とアンジェリークが驚きの声を上げ私もつられて手綱を引き、馬車の動きを止めてしまった。


 だが――それが失敗だったと私は後悔する。なぜなら後ろに控える護衛の冒険者とブラックウルフとの間に、突如地面を引きずるような音を奏でながら割って入ったそれは、あまりに面妖な姿をしていたからだ。


 最初はてっきり馬車なのかと思い、もしかしたら我らが魔物に襲われているのを知り、それを見ていた他の旅のものが助けに来てくれたのだと考えたりもしたが、よくよくみると明らかに馬車と異なる。


 そもそもそれには馬がいない。何よりあれは森の奥からやってきた。馬車ならそれはありえない。なぜならそれがやってきた方向には道と言える道などないからだ。というよりは向こう側に見えるのはほぼ崖に近く、斜面が急すぎて上ることは勿論、下ることだって普通に考えれば不可能だ。


 だが、見るにその何かは、斜面を猛スピードで駆け下りてきた。しかも見るからに重量感溢れるそれでた。


 一体これはなんなのか? 頭のなかに疑問が渦巻く。みたところ外装は鋼鉄製のようでもあるが、鋼鉄のこのような如何にも重たそうな代物がなぜ馬もなく動き回るのか。


 そうなると考えられることは一つだ。魔獣――そう魔獣の類ならば、それぐらいのことはあり得る。普通では考えられない性質を持つのが魔獣だからだ。


 だが、ならばなおのこと厄介だ。ただでさえブラックウルフが追ってきている状況で魔獣の乱入。


 すでに私の中では絶望しか無い。これはとにかくお嬢様だけでも逃して――


「やれやれ死ぬかと思った……うぅ、気持ち悪、でも、なんでそんな旧式の馬車で移動しているのか、これみたいな魔導車を使えば絶対追いつけないのに」

「……は?」


 だが、私の予想の斜め上をいく出来事が目の前で置きた。なんと魔獣の口(?)からまだ幼く愛くるしい少年が姿をみせたのだ――

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