第二話 オーバードワーフのベンツ
「なに!? お前が外に? 本気なのか?」
「勿論! 私もいい加減世間知らずのままというわけにもいかないからな」
「むぅ、300年ぶりに姿を見せたと思えば本当にお前はいつも突然だな」
私の話を聞いてハンマーを下ろすたくましい腕が止まる。相変わらず、この洞窟の岩肌のようにゴツゴツとした体つきをしているな。
ただ、彼は普通のドワーフとは大きく違う点があった。それは今立ち上がった様子からして明らか。その身長は小柄な私が見上げ続けてれば首が痛くなるほど。
そう、本来のドワーフは体つきは逞しいけど、背は低い。だけど、このベンツは違う。それにやれやれとさすった髭とおでこの部分がM字のようになっている部分を除けば比較的量が豊富な髪の毛の色も本来のドワーフとは異なる。
普通ドワーフは若い時には髭も髪の毛も茶色だが、歳を重ねると灰色に染まっていく。だけど、ベンツの色は薄めの琥珀色。しかも生涯変わることはない。
これはオーバードワーフの特徴だ。そう、私がハイエルフなように、彼もやはりドワーフの中では珍しいとされるオーバードワーフだ。
だからこそ普通のドワーフとは身長も髪の毛の色も異なる。ついでに言えば目の色だって琥珀色だ。
何より平均寿命も、一般のドワーフは120歳前後だが、オーバードワーフの彼は大体800歳前後だ。
ハイエルフほどじゃないが十分な長寿種族といえるだろう。だからこそ300年ぶりにあってもまだまだ元気なんだろうけど。
「全く、お前と魔導自走車だったか? あれの部品を作っていたときはちょいちょい顔を出していたくせに、急に顔も見せなくなるんだからな」
「すまなかったな、だが私の中じゃちょっと3日ほど徹夜したぐらいの感覚なのだよ」
「……全く、一体どういう神経してるんだか」
肩をすくめて見せるベンツ。だが実際そのとおりだから仕方ない。
「でも、仕事はその間もお願いしておいただろ? ブーやブタンが
「ああ、おかげでお前よりもあのワーマル族についてのほうが詳しくなっちまったよ」
目を眇めてそんな事を言う。確かにブータンでブーから数えて四代目だしな。
しかしブーにしてもブータンにしてもあれで中々細かい。私が無意識に設計して頼んでおいた部品を彼らが変わりにこのベンツに発注していた上に、その記録をしっかりと取っていたのだからな。
ま、おかげで私も300年分の自分の行動が掴めたわけだけど。
「まあでも、私は来ていなかったけど、自分で創ったものを改めてみれば判るよ。やっぱりベンツはいい仕事をする」
「おだてたって何も出ないぞ」
ぶっきらぼうに答えるベンツ。だけど頬の辺りがピクピクしてる。あれは嬉しい証拠だな。
だけど、私の評価は本物だ。このベンツ、オーバードワーフとてただ長生きだけしてきたというドワーフではない。
職人として言えば、恐らくこの世界で彼に敵う相手はいないだろうな。それぐらいの腕前を持ったドワーフだ。
何せ世界で唯一オリハルコンを自作できるドワーフだからな。まあ、オリハルコンの性質は私の研究で看破したのだけど、理論上可能なのと実際に出来るのとでは天と地ほどの違いがある。
私は魔導具を作ることには自信があるけど、鉄や金属となると専門外だ。だから彼に頼むしかない。
魔導具に使用する金属にしても彼のつくったハイラルでないと魔力ののりが悪いのだ。
ちなみにハイラルというのは魔法銀と鉄の合金だ。魔法銀というのはようは銀とマイフ粒子体が化合して出来上がったもので、純度の高い銀鉱石が存在し更にマイフ粒子体が潤沢な場所でないと発生しない。
故に貴重な資源ともされるわけだが、このベンツが暮らす山はその条件にピッタリで魔法銀の発掘できる鉱山がいくつか存在する。
その上、質の良い鉄の取れる鉄鉱山まで存在するという珍しい地形だ。
何せ鉄はマイフ粒子体と結びつかないし、純度の高い銀の採れる山周辺では本来鉄はあまり採れないのだから。
だからここはドワーフからしてみれば夢のような山岳地帯というわけだ。
そしてだからこそ数多くの合金も生み出す事ができた。
例えば魔導具を作る上で欠かせないハイラルは魔法銀と鉄を組み合わせたもので、魔法銀の比率が高いものだ。
鉄も組み合わせているから強度も補えて、そして魔力のノリもよく術式との相性が高い。複雑な術式でもハイラルを利用すれば刻むことが出来る。
しかも魔法銀の比率が高い分、加工性に優れ、複雑な形状にも耐えられる。出来上がった後も改造が楽だったり中々のスグレモノだ。
ちなみにこれで鉄の比率の方を上げたものはダマスカスと呼び、鉄の成分が強いぶん丈夫な金属が出来上がる。ただし魔法銀の比率が少ない分、魔力のノリは当然ハイラルより低く、単純な術式しか刻めないのが欠点かな。
合金には他にも鉄と魔法銀にアダマンを加えたアダマンタイトや先にあったような伝説の金属とされるオリハルコンなんかがあるけど、どちらも量産には向かず、再加工もしにくいという欠点がある。
特にオリハルコンで作ったものは完全に一点ものになるからな。剣とかある程度企画が決まってるものを作るにはいいかもしれないけど、私のように色々と魔導具を拵えるタイプには全く向かない。
「あれ? お客さん?」
すると、ベンツの作業場に一人の少女がやってきた。小柄で燃えるような紅い髪と宝石のような紅玉眼が特徴的な愛らしい少女である。
見た目には人間の少女に近いけど、この髪と目はドワーフ族の女性の特徴だ。
つまり彼女はドワーフだ。
「初めまして、エドソンといいます」
「え!? 貴方がエドソンさん? 話には聞いていたけど、こ、子供みたい……」
うん、そこまではっきり言われるといっそ清々しいけど、わりとショックかもしれない。
「ははっ、それにしても可愛らしい娘さんだね。ベンツの知り合いかい?」
とりあえず言われたことはスルーしてベンツに尋ねる。すると彼がニヤリと笑い。
「知り合いどころか血縁者だよ。つまり俺の娘だ」
「ええええぇええええぇえええぇえええ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。だってそうだろ? 少なくとも彼は300年前までは私と一緒で独身だったんだ。それなのにいつの間に娘なんてこしらえたんだよ!
「ははっ、おどろいたようだな? 40年ほど前に結婚したんだよ。名はロールスで今年でえ~と、15だったか?」
「16歳よ、娘の年ぐらい覚えておいてよね」
全く、と腕を組んで父親を睨めつける。いや、それにしても驚いたな。まさかこのベンツがな――
「でも、パパの言っていたの本当だったのね。本当、エルフとドワーフが仲良くしてるなんておかしいの」
「ああ、こいつとは仕方なくパーティーを組んでいたことがあるんだけどな」
「仕方なくは余計だろ」
全く失礼な男だ。とは言え、確かに最初出会ったときはやたらとツンケンしていたかな。私がハイエルフと知ると露骨に嫌な顔をしたし。
「だけどこいつはエルフといっても変わりもんだからな。鉄にも忌避感ないし、やたらと俺になついてきて鍛冶の事を聞いてくんだよ。それでなんとなく馬が合うようになっちまったわけだ」
「へ~確かにエルフなのに珍しい気がするね。不浄の代物といって鉄を嫌ってるエルフ族は鍛冶という行為自体理解してないのに」
なんか色々脚色が酷いぞ! なついたとか、いや、確かに鍛冶師で腕利きのドワーフと仲良くなっておけば魔導具の作成の助けになると思って近づいたりはしたが、ずっとムスッとしていたベンツに気を遣ったのはむしろこっちなのだからな!
ま、とは言え確かにかつてのエルフとドワーフは馬が悪かった。理由はエルフ族が極度の自然思考だったのが大きい。
それに鉄嫌いだったのも大きいか、正直私からしてみたらこんな馬鹿らしい話はない。でも、ふたりとも妙なことを言っているな。何せ、あれから300年も経っているんだから。
「いやいや、流石に今更、鉄が不浄の代物なんて迷信信じてるものはいないだろ? エルフといっても」
確かにエルフは長いこと鉄の存在を否定していた。その理由の中には鉄は争いを生む材料でしかないという考え方が一般的、とされてきたけど実際は違う。
その最たる理由はエルフ族が鉄に触れると不浄の力に侵されるから――それがエルフ族が鉄を嫌う一番の理由だったのさ。
だけど、これも蓋を開けてみればなんてことはない。ようは昔の賢者とも称されたエルフの長が激しい鉄アレルギーだったという話だ。
アレルギーというのはある物質にたいして肉体が過剰に反応してしまうことで、当時のエルフは鉄に触れると激しい炎症を伴いかぶれたり水疱が出来たりしたようだ。
そのことから、エルフ族は鉄を不浄の代物と決めつけてしまったようだが、実際はアレルギーなんてものは個体差があるから、一人がなったからといって全部のエルフが鉄に反応するわけでもない。
ただ、当時権威のあったエルフの賢者がそんなことを言い始めたものだから、結局エルフ族の間に広く蔓延してしまったわけだこれが。
だが、私はこの原因を解明し、エルフ族に研究結果を論文として纏め渡したことがある。だから、今更エルフが鉄を不浄の代物なんて勘違いしているなどありえないのだ。
「……ふぅ、全くお前は世間知らずだな。本当にそんなことで外界に下りて大丈夫か?」
「ははっ、ベンツに言われたくはないな」
ドワーフはエルフに比べると柔軟な考えを持っていて、ヒューマの街で鍛冶師をやってるドワーフなんてのも珍しくはないが、ベンツに関してはこんな山奥に作業場をつくってずっと鉄を打ってるような奴だ。
世間知らずという意味では私と対して変わらないだろう。
「でも、エドソンくん外界に出るんだね。いいな~私もつれてってもらおうかな」
うん? なんかいつのまにかくん付けになってるな。いや、いいのだがな。どうせ見た目はこんなだし。
「お前はダメだ。まだ早い」
「え~パパだって私の細工の腕は大したものだって褒めてたじゃん」
口をとがらせて拗ねるロールス。でも細工は得意なのか。確かにドワーフの女性は体力や膂力は男のドワーフに劣るが、その分手先の器用さは男以上でかなり細かな細工も得意としている。
だから宝飾具系の魔導具なんかを作るときはドワーフの男よりロールスのような女の子に頼んだほうがいい。
それにしても外にいきたいか。年頃ならそう思っても仕方ないかもしれんな。
「私と一緒にいくかはともかくとしても、外に出るぐらいはいいんじゃないのか? 見聞を広げるためにも悪くないと思うがな。可愛い子には旅をさせろと言うし」
「……それでもダメだ。とにかくまだ早い!」
全く頑固だね。ま、ここからは親子の問題だ。私がこれ以上口出すことじゃない。
「とにかく、旅立つ前にあえて良かったよ。じゃあそろそろいくとするか」
「おう、ま、この扉があればどうせいつでも会えるんだろうけどな」
うん、それ言われちゃ身もふたもないがな。
「まあ、気をつけてな。お前色々常識欠けてそうだし」
「何? 私がか? ははご冗談を」
なんかため息つかれたけど失礼なやつだな本当。まあ、確かに300年の穴は大きいと思うがこうみえて私は社交的なんだ。
そんなわけでベンツの作業場に設置させてもらってる扉から部屋へと戻る。
我ながら便利な魔導具だが、これでもかなり前に作った魔導具だからな。
今はきっともっと、更にものすごい魔導具が開発されてることだろう。本当に今からワクワクがとまらないぞ。
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