第一話 善は急げ
そうと決まれば善は急げだ。私はすぐにブタンへお願いし、旅に必要そうな食料や水を揃えてもらう。
その間私は水鏡を使って身なりのチェックを行った。水鏡と言ってもこれも私の研究した魔導具で、正式には
普段は軽くて丈夫な枠だけの道具なのだが、触れることで反応し、枠から霧状の水を噴出する。それが枠内で上手く形成され、非常に鮮明に姿を写す水の姿見となるわけだ。
う~む、それにしても300年経っても全く変わっていないな。エルフ特有の長く先の尖った耳は勿論として、ハイエルフ特有の白い髪に男性にしては白すぎるとも言える肌。瞳は銀と金のオッドアイで、これもハイエルフの特徴だ。
まあ、それはいいのだが――やはり見た目は精々12~13歳程度のなんとも幼いものだな。そこは本当に変わりがない。
通常エルフの成長は18歳を過ぎてから200歳までは定着し、200歳を過ぎるまでは老化現象が起きず、ハイエルフに関して言えば生涯老化現象が起きない。
だがしかし、それでもハイエルフと言えど通常であれば18歳までは成長する。
だが、何の因果かしらないが、私の成長は12歳で完全に止まってしまっているのだ。
<KBR> これが私の唯一の困った点であり、全くもって由々しき事態ともいえるのだけど、こればっかりは私の研究でも解決策は見つからなかった。
ま、私自身これは早々に諦めたけどな。まあ、見た目が幼くてもそこまで不便はないだろうと考えていたのもある。
だが、人里に下りるとなるとそこはちょっとは気にしないといけないところなのかもしれない。まあ、気にしたところで何も変わらないが。
とりあえず服だ服。とはいってもどんな衣装がいいだろうか? 何せ300年も経ってしまっているからな。
うん、やはりここは無難な選択だな。いつの時代でも大丈夫そうな感じに、黒のズボンに白の開襟シャツ、その上から赤のベストと。
鏡の前でポーズをとる。無難だな、無難に少年だ。なんか悲しい、とても余裕で三桁の年齢に達しているように見えない。
まあいい。私は更にごそごそと部屋をあさり必要なものを取り出していく。
先ずはなにはあってもこれだ、無限収納リング。これは文字通り腕輪の中に念じたものを放り込んでおける魔導具だ。
収めたいものを視界に収めて念じさえすれば瞬時に腕輪の中に取り込まれるので楽だ。しかも目についたものであれば複数同時に収納も可能だったりする。
そしてこの腕輪はしっかりと名称のある代物であれば自動で目録を作ってくれるので管理も楽だ。ちなみに中身を参照したい場合は念じれば脳裏に浮かぶ。
私はその中にどんどん魔導具を詰め込んでいく。もともとしまっておいたものもあるが、人里に向かうなら見比べるのに少しでも多いほうがいいし、もしかしたら多少でもお金になるものがあるかもしれない。
何せ300年も経っているのだから、これまで私が常識と思っていた常識は一切通じない可能性が高い。それは貨幣であれ一緒だろう。今の財産が使えないということになれば、魔導具を売ってでも金に変える必要がある。
尤も――300年も経ってしまっている以上、私の研究など古臭いだけの骨董品扱いの可能性もあるのだけどな。
でも、それでも少しは可能性を信じたい。それが研究者ってものではないだろうか?
というわけで、当然着替えもたくさん用意しておく。一応途中で魔物なんかに出くわす可能性がないとも言えないからな。
このベストもそうだが、魔法の効果として物理攻撃遮断や、魔法吸収、それに傷んでも勝手に補修してくれる自動補修機能も付与してある。
だから基本的にはこれを着ていればそれほど大事になることはないと思うのだが、しかし300年経っているからな。私の魔導理論がいつまでも通じるとは限らない。
場合によっては全く防御効果は期待できないといった可能性が高いから、護身用の魔導具は多めに収納していった方がいいだろう。
うん、とりあえずこれで使えそうな魔導具は収納した。他にも必要があればマジックタグがついているから参照収納すれば大丈夫だろう。
このマジックタグはつけておくと無限収納リングと連動していつでもリングから召喚出来る。そう考えたら別にわざわざリングに入れとく必要もないんじゃないか? とも思えそうだけど、リングから取り出すのに比べると若干時間が掛かるからね。まあ、数秒の違いだけど。
さてと、準備が整ったところで今度は車庫へと向かう。
「ご主人様、
車庫につくとメイド服姿のメイが一揖して、メンテナンスがバッチリであることを教えてくれた。
彼女は私の作成した
ちなみにメイというのは固有名詞だ。アンドメイドは何体かいるので、名前をつけておかないと不便だしね。
そして彼女は私が作った中でも初号機、つまり一号さんだ。うん、それにしても見た目は本当に人間と変わらないな。
肩に掛かる程度の空のように青い髪。均等の取れたプロポーション。背は高すぎず低すぎず、切れ長の瞳は時折凍りつくような冷たさも感じさせるが、星のような綺羅びやかさも兼ね備えている。
まあ、ようは美しいってことだ。本当、作った私でも油断すると見とれてしまいそうになる。ちなみにメイド服のデザインは当時の執事だったブーに任せた。
そのまま私は300年の引きこもり生活に入ってしまったから、実は完成したメイド服姿のメイを見るのはこれが初めてだったりする。
うむ、頭のひらひらしたブリムはやっぱりそれだけでメイドっぽさを上手く演出しているな。で、身体に着衣されてるのは貴重としたメイドドレス、なのだが、スカートの丈、改めて見るとちょっと短くないか? いや、これが時代の流れというやつなのだろう。デザイン頼んだのだいぶ前だがきっとそうなのだ。
「ご主人様、どうかなされましたか?」
「あ、いや、メイは相変わらず綺麗だなと思ってな」
「そう言って頂けるとメイド冥利につきます」
うやうやしく頭を下げてくれた。うむ、魔導感情回路も質疑応答機能も問題ない。300年経っても変わってなくて安心したぞ。
初号機とは言えベースとなる機能は全て彼女に備わっているからな。どんなに汚れても安心な水魔法の効果を利用した自動クリーン機能、それに人間と同じ、いやそれ以上の五感機能(ただし痛みに関してはかなり鈍くさせている)、そして魔力を自動補填して半永久的に動作を続ける自動魔力変換蓄蔵機能搭載で隙はない。
300年経ってもまったく劣化していないだけある。我ながら自分で自分を褒めてあげたい出来だ。
それはそれとして、私は改めて自分の作成したマジローダーに目を向ける。
当時馬車が主流だったらこの世界においては画期的ともいえるこの発明は、ようは馬がなくても自走できる馬車だ。
ただ、馬がないのに馬車というのはおかしな話。そもそもなんで馬がなくても自走するのか? というところだが、これは有り体に言えば魔法の力だ。
ま、魔導具だしな。つまり動力は
正確にいえば大気中に漂うマイフ粒子体を集めエネルギーに変換にしたもの、それが
で、このマジローダー、なんか面倒だから魔導車は形としてはまさに馬車から馬を無くし、ちょっと洒落た屋根付きの車体に車輪をつけて、前面部を出っ張らせてそこにマイフを蓄えつつ駆動力として放出する
車体には馬車で言う御者代にあたる操縦席、そこに起動用のスターター、操縦用のハンドル、魔力放出量の制御を行うギア、加速するためのアクセルと停止するためのブレーキを設置してある。多くは魔法制御が行いやすいように
ハンドルと言えば大きな街で門を開けるのに使用するタイプは円形の木製だったりするが、これは車輪と同じ素材を使っているのだ。
そう、それはゴム。これは私が命名したのだが、ガムガムの樹から採取できる蜜を利用して作成したもので、ある程度熱を加えることで丈夫で弾力性に富んだ素材になるのが特徴だ。
ガムガムだからガムでもいいのだけど、なんとなくゴムの方が丈夫そうだからゴムにした。
で、ハンドルもそうだが、つまり車輪もやはりこの魔導車に使われてるのはゴム製だ。とはいってもこれにはなかなか苦労もあったんだけどな。
何せゴムで車輪をつくるまでは良かったんだが、それ単体だとどうしてもつるつると滑ってしまう上に高速で走り続けるとどうしても痛む。
だから最初は魔獣の皮を加工してゴム車輪に被せたりしたんだが、それでは動きも悪くなってしまう。そこで色々試行錯誤をした結果、ガムの蜜にクラーケンから採れるイカ墨を混ぜることで丈夫になることを発見。そこから強化ゴムの車輪を作り上げ、更に元々の鉄の車輪に炭によって黒く変化した車輪をかぶせる事を思いついたわけだ。
で、更にイカ墨と蜜を組み合わせると固まるまでの加工もしやすくなるので、車輪に溝をつけてあげることで、滑りやすいという欠点も克服したというわけだ。
そして、この魔導車用の車輪だが、ゴムの強さがまるでダイヤのように硬いということから、ダイヤをもじってタイヤとした。
う~ん、そう考えると結構苦労があったな。これを作るのも。なんとも感慨深い。
「とりあえずスターターに触れて、よし起動だ!」
スターターもやはり魔力の乗りやすい魔法銀と魔石を組み合わせたものだ。
魔法銀はマイフ粒子体が銀に染み込み魔法銀化した鉱石。魔石はマイフ粒子体が特に色濃く現出している地域で精霊と結びつき生み出された魔力の塊みたいな石だ。
このふたつは魔導具作成には欠かせない素材で、これのおかげで私もいろいろな魔導具が作成できたともいえるな。
となみにスターターに触れると石版のような部位が青白く光る。この光っている量は魔導車の動力となる魔力量の残りを表していたりもする。
基本的に魔導車はマイフ粒子体の存在する場所であれば自動的に魔力を蓄積していくが、そこまで早いわけではないのが欠点だ。
なので魔力切れを起こした場合はそのまま暫く放置しておくか、直接魔力を送り込むしかない。もしくは
まあ、でもこの程度、300年も経っている今ならもっと効率のいい方法が確立されているかもな。
例えば私が考えていたのは魔力を補給するための魔力スタンドだ。これを設置することで高速で手早く魔力が補給できるという仕組みだ。
勿論魔力の補給にはある程度費用が発生することとし、例えば一割あたりいくらとか決めれば新しい商業に繋がる可能性もある――と、それぐらい流石に外界ではもう思いついているか。
いけないいけない。何せ300年だからな。所詮は年寄りの考えるものだ。若い感性には負けるだろう。
ま、なにはともあれ魔導者の準備も整った。あとは世話になったドワーフ族のベンツあたりに挨拶しておくかな。
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