300年引きこもり、作り続けてしまった骨董品《魔導具》が、軒並みチート級の魔導具だった件
空地大乃
プロローグ
「冗談だよな? ブー?」
私は思わず豚顔の彼に聞き返してしまった。私にとってその回答がそれぐらいショッキングな出来事だったからだ。
今私は自宅の研究室にいる。私の得意としている分野であり、趣味とも化している魔導具の作成に勤しむためだ。
研究室は屋敷の地下深くにある。正確には屋敷の地下15階が全て私の研究室だ。そんな地下深くにある部屋などジメジメしてそうなどと思われそうだが、私の長年の研究の賜物で、湿度対策は完璧であるし、風魔法を上手く組み込んだ換気口のおかげで空気の出入りもスムーズかつ余計な成分は全て取り除き非常にクリーンな空気が常に取り込まれている。
私はこの魔導具を風魔式空気清浄具と名付けたが、まあとにかくそのおかげで研究室に多少篭っても問題はない。明かりだって昼は太陽の光を地上で取り込み研究室にそのまま運び、夜も魔導の力で室内を照らす魔導灯も完備されている。
当然水道だって抜かりはない。この屋敷の近くには綺麗な湖があるからな。そこから取り込んだ水を更に念のため濾過して給水しているため安全面でも問題がない。
そんなわけで、自分で作った代物とは言え、あまりに快適な研究空間だった為、ついつい発明に没頭してしまった。
何せふと気がついたら万を軽く超える量の発明を終えてしまっていたからな。その間全く地上に出ることもなかったし、時計もつけていなかったので今がいつの何時かもわからなかったので、彼、
ワーマル族というのは人型の種族で二本足で歩き考える力もあるが見た目が獣に近い種族だ。同じような種族に
そして彼はその中で豚型のタイプに属するワーマル族だ。彼らは知能は人と全く変わらないのだが言語がかなり難解なのでかつては魔物と勘違いされたりもしていた種族でもある。
まあその誤解は私やかつてパーティーを組んでいた仲間とで解いたのだが、その時助けた村の青年が彼である。
結局その後は何かお礼がしたいという話になり、結果として身の回りの世話をしてもらうに至ったわけだ。何せ彼は料理が上手かったからな特にポークソテーが。その味に感動して屋敷に住み込みで働いてもらうこととなり、今は私の世話をしてくれている。
その代わり移住スペースを提供し、屋敷周辺の畑や家畜小屋も好きにしていいと許可しているわけだ。ギブアンドテイクってやつだな。
そして私がふと我に帰った時、丁度ブーが夕食を食べ終えた食器を回収しに来たところだったので聞いてみたのだ、一体今はいつの何時か? と。
するとブーがたいそう驚いた顔を見せてくれた。ブーは私の世話のため料理は毎日作ってくれるし掃除洗濯も完璧にこなしてくれる。
しかしついついそれに甘えてしまい、研究に情熱を注ぎ、結果しばらく彼にも話しかけることがなくなっていた。というか、殆ど無意識で飯を食べ、用意された紅茶などを啜っていた。私のご飯や飲み物が欲しくなるタイミングを彼は熟知しているからな。もはや執事といってもよい存在だろう。まあ、とはいっても流石に広い屋敷を彼だけに任せるのは忍びないから、安心を導くメイド型自立式ゴーレム、通称アンドメイドのメイにもサポートをお願いしているけどな。
まあそんな彼だが、驚いたような表情を見せた後、私にこう言ったのだ。
「今はガリレオ歴1456年の4月2日です」
そう、彼は確かにそういった。ガリレオというのはこの世界に名前をつけた人物の名前で、つまりはこの世界の名前はガリレオと、まあこんなことは誰でも知っている事だが。
問題なのはその年だ。私が驚いて彼に問い直したのもそれがあったからなのだが。
「間違いありません。確かに今はガリレオ歴1456年の4月2日です」
……どうやら聞き間違いでもなければ言い間違いでもないらしい。しかし何故それを聞いてそこまで驚くか? といったところだが――それは私が記憶している年がガリレオ歴1156年4月2日だったからに他ならない。
そう、つまりだ、つまりどうやら私がこの研究室に引きこもり続けている間に300年も過ぎ去ってしまっていたことになるわけだ。
これは参った。確かに万を超える魔導具を作ったりはしたが、それにしても300年とは。私の中では精々3年程度だろうという考えだったので軽くショックである。
300年、300年か、いやちょっと待てよ?
「待て待て、それは無理があるぞ。お前たちワーマル族の平均寿命は100年程度の筈だ。全種族で最も長寿とされるエルフ族でも平均寿命は300年程度でギリギリ、勿論ハイエルフたる私であれば寿命は優に千年は超えるが、そうでもなければ300年も経ってそこでピンピンしているのはおかしい!」
ビシリと指差し指摘してやる。完璧な推理なのである。どうやらおちゃめな冗談のつもりだったようだが、正直悪い冗談だな。
ただ彼は普段このような冗談を言うタイプではないが、まあそんな気分の時もあるのだろう。
「……その件ですが、実は私はブーではありません」
「……は?」
思わず間の抜けた返事を返してしまった。正直言っている意味がわからないのだから当然だが。
「何を言っているんだ? お前はブーではないか? 冗談にしてもあまり面白くはないぞ」
「冗談ではありません。旦那様の仰っているブーは私の曽祖父ですので」
「はい?」
更に抜けた返事が溢れてしまう。正直何を言っているのか理解が出来ない。祖父? しかも曽祖父と言ったのか今?
「お前の言っていることが本当だとして、だとしたらお前は誰なのだ?」
「そうですね、ブー曽祖父さんを対象として捉えるのであれば私は曾孫のブタンです」
衝撃の事実である。どうやら私の知らない間に執事として務めてもらっていた彼は曾孫に変わっていたのだ。
「本当なのか?」
「私が嘘をついているように見えますか?」
「う~ん……」
つぶらな瞳でじっと俺を見てくる。しかし、顔が豚だけに表情がわかりにくい。大体本当に孫だとしても私から見たら同じ豚顔だ。祖父が孫になったからと気がつくわけが、わけが――
「あああああぁあああぁ!」
「おっと、ようやくおわかりいただけたようですね」
「髪がある!」
「ええ、髪が生えてます」
これは衝撃の事実だ。なんというかワーマル族はそのベースの形態によって毛の生え方も変わるが、豚のタイプに関して言えば毛はなく、当然髪の毛など無縁の長物だったのだが、しかし彼にはその髪があるのだ。
これが本当にブーであるならこれはあり得ないことだ。似合っているかどうかは別問題だが、確かに執事らしいキチンとした形にセットされた黒髪がそこにはあった。
「信じて頂けましたか?」
「むぅ、確かに信じる他ないか。しかし、何故に髪が?」
「私の父、名前はブヒンですが――」
「必ず頭がブなのは何か意味があるのか?」
「特にないですが、なんとなくですね。というか、それ今は関係ありますか?」
「ないな、話を続けてくれ」
よく考えたら非常にどうでもいいことだった。
「私の父ブヒンはなんと結婚したのです」
「なにー! というか、そもそもからしてブーだって独身だった筈だぞ!」
「ブー曾祖父さんもとっくに嫁をもらってます」
「なにーーーー!」
衝撃の事実だ。まさか独身貴族だと思っていたあいつにいつの間にか嫁が出来ていたとは。私にだっていないのに!
「まあ、嫁がいなければ祖父さんも父も生まれませんし、私だって生まれてないわけですけどね」
……そらそうだな。
「とりあえず話を戻しますが、曽祖父、祖父ともに結婚したのは同じワーマル族のメス豚でした」
「自分の曾祖母さんやお祖母ちゃんにその言い方はどうかと思うぞ?」
いや、見た目は確かに豚なのだが。
「しかし父が結婚したのはなんと
「なるほどつまり人間か、ってなにーーーー!」
驚きすぎて顎が外れそうだぞ! まさか、まさかワーマル族と人間とが結婚するとはな。
いやお互いに染色体の数は一緒であるし特に不思議ではないのだけどな。なんというかやることやれば子供も生まれる――て! ああ!
「お気づきになられましたか」
「その髪はその影響か!」
顎を押さえてニヤリと不敵な笑みをこぼした。凄くドヤ顔でちょっと腹が立つ。
「まあ、つまりそんなこんなで今エドソン様のお世話をしていたのは、この私、ブタンとなります」
「そ、そうだったんだな。すまなかったな今まで気が付かなくて」
「いえいえ、父の代から全く気づいてませんでしたし、私も父の死後は跡を引き継ぐよう言われ続け、そのための教育も受けておりますので」
そうだったのか……何かやっぱり逆に申し訳ない気がしてきたぞ。いや、それ以前になにげにチラッとすごいこと言ってたな。父親も死んだのか……三百年も経てば仕方ないのかもだけどな。
「私のせいで将来を決める自由も奪ったようで何か悪いな」
「いえいえ、これでも結構自由にやらせてもらってますし、屋敷の生活は快適ですしね。おまけに結婚まで出来て勿体無いぐらいに幸せですよ」
「そうか、そう言ってもらえるなら、て! 結婚? 結婚!?」
「はい、結婚しました。ビスティア族のネコ科の娘と5年前にですが」
へへっ、と照れ笑いを浮かべながらそんな爆弾発言をする。ちなみに爆弾とは爆発の魔法の込められた魔導具で正式には魔導爆弾と言う。
それはそれとしてもだ、何か申し訳ないって気持ちが吹っ飛んだぞ! しかもビスティアの猫娘だと? ビスティア族の中でも猫系統の女は愛らしいことで有名だというのに! くっ私など恋愛どころか女の子の手すら握ったことがないというのに!
うぅ、そりゃこんなところで300年も引きこもってたらそうなるか……こんなことなら
しかし、それにしてもだ――
「どうやら、本当に三百年も経ってしまったのだな……」
しみじみと呟く。本当にちょっと研究に夢中になっていただけなのにな。普通のエルフなら見た目の変化で気づけたかもしれない。
エルフという種族は18歳を過ぎてから暫く成長は止まるため、見た目の変化はほぼなくなるが、200歳を過ぎると流石に老化が始まっていく。
だけど私はハイエルフだ。ハイエルフはそもそも老化は全くせず肉体は全盛期から全く変化がない上、その上で更に私には困った点がある。
まあ、それはそうとして――
「今後どうするかなぁ……」
「もう研究の方は宜しいのですか?」
私の呟きにブー……ではなくブタンが反応した。研究か――それもいいが、流石に300年経っていたと聞き気が抜けたな。
「今は少し気が削がれたかな」
「そうですか、それならば息抜きとしてたまには畑を耕してみたり家畜の世話をしてみたりするのはいかがでしょう?」
ふむ――確かに屋敷の周辺には広漠とした耕作地帯が広がっているし、牛や豚、鶏などの家畜も充実している。
自慢の灌漑設備で東の島国で手に入れた稲も、水田でよく育っているし、魔導設備で米の大量生産も可能としている。
鶏も新鮮で安全な餌を与え続け、完璧な管理のもとで育っているので、卵を生で食すことも可能だ。
大麦から小麦まで手抜かりなく育っているので、彼の作る手作りパンも旨い。酒蔵も完備し、ビールからワイン、ウィスキーに至るまであらゆる種類が酒造されている。
そう考えると、別に研究をしていないにしても暮らすには全く不自由はないし、やることも何かしら見つかるだろう。
だが、そう、だがしかし、ふと私は思う。
――300年も過ぎた今、人々の暮らしはどう変化しているのか? と……。
「うむ、よし! 私は決めたぞ!」
「そうですか、それでこれからは何を?」
「うむ、私は山を下りるぞ!」
「……いや、買い物であれば家の者が行ってきますが?」
「違うそうではない! 私は山を下りて人々の暮らしを見て回りたいのだ!」
「……本気ですか?」
本気なのだった――
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