岬け家訓第113条『死なばひとりで知ればもろとも』
「わたしが、死神に……?」
どういうこと?
わたしがここにきてからはじまった、戦い。
家訓を覚えるたびに、からだをおそう浮遊感。
それに、どんな意味があったのか。
「やはり、そういうことだったか」
ガララ! と音を立ててわたしたちが出てきた教室のドアが開く。
「蒼馬くん!?」
ゴーナがぎょっとした声をあげるけど、蒼馬先輩には聞こえていない。
あれ? でも今の蒼馬先輩は『シノカ』を持っていないから、あの教室には入れないんじゃ……?
「ああ、ぼくはね、『この教室』に入っていたんだよ」
わたしの疑問を見抜き、以前よりどこかやわらかくなった笑顔で、蒼馬先輩は種明かしをする。
そっか、『シノカ』を使えなくても、旧校舎に入って、「7-1」組に入ることはできるんだ。
わたしたちが入れる「7-1」組と、旧校舎から直接入れる「7-1」組は、見た目は同じだけどちがう空間。
つまりわたしたちが出てきた教室と、同じ出口だけど、ちがう空間から、蒼馬先輩は姿を現したということだ。
「広人くんがいるということは、いま優依くんに話したのは、ニアさんですね?」
「お見事だよ。おれの声が聞こえていないのが、残念だ」
「ニアさんは、これまで積極的に戦いを行ってきた。ぼくからも、そうとうな『縁』を巻き上げていきましたしね」
ニアさんは沈黙。
蒼馬先輩の話に、任せるということだろう。
コホンとせきばらいをして、蒼馬先輩は「さて」と話しはじめる。
「まず、この戦いのシステムは、おかしなことだらけだ。七人の死神つきが、『シノカ』にチャージされた『縁』を奪い合い、ゼロになったものから脱落。だけど、マックスが100縁なのに、最初に『シノカ』にチャージされているのは、全員70縁」
言われてみれば……たしかにおかしい。
たった30縁の移動で、『シノカ』はフルチャージになる。
けど、30縁を失ったひとの『シノカ』は、「70-30」で、40縁。
かんたんにフルチャージになるひとが出てくるのに、脱落するのは逆にむずかしい。
「ただ、フルチャージとなった『シノカ』にも、『縁』を受け渡すことはできる。だけどフルチャージになった『シノカ』は、それ以上チャージすることができない。超過したぶんの『縁』は、失効してしまう。これはじっさいに、ぼくが負けることによってたしかめた」
なるほど……たとえば、おたがいにフルチャージされた『シノカ』の持ち主同士が戦いを行うと、負けた側は『縁』を失うけど、勝った側はそれ以上『縁』がふえることはない、というわけだ。
それなら、戦いがつづけばつづくだけ、トータルの『縁』は減っていき、脱落者がどんどん出るようにはなる。
「だけど、たとえば、全員の『シノカ』の残額を把握し、絶対に勝てる勝負を選び、自分で勝敗を選ぶことができるひとがいれば……『縁』の総額は、大きく変動しない」
ちょっと頭を悩ませて、やっと蒼馬先輩の言いたいことがわかってきた。
まず、自分が70縁で、相手が100縁だとしよう。
その場合は、相手に勝つ。すると、仮に20縁が移動することにして、自分は90縁。相手は80縁。
次に、『シノカ』の残額が少ない相手を選ぶ。残額は30縁ということにしよう。
このとき、相手にわざと負ける。、またまた仮に20縁が移動することにして、自分は70縁。相手は50縁になる。
自分がフルチャージにならないように。
フルチャージか、それに近い『縁』の持ち主に戦いをいどみ、勝つようにして。
『シノカ』のチャージがつきそうな相手に、わざと負けるようにすれば。
もともとの、全員70縁という状態に、常に近づけておくことができる。
問題は、蒼馬先輩の言ったとおり、全員の『シノカ』の残額をしっかり把握して、自分の勝敗を、自分の意思で決められるくらいの力がないといけないことだけど……。
それと、なんでわざわざそんなことをするのか? という点も気になる。
自分の願いをかなえるために戦う死神つきたちは、当然、ライバルの脱落を、まずは願うはずだ。
なのに、だれも脱落させないように頭をひねるというのは、戦いの目的と矛盾している。
「その矛盾した行動をしていたのが、ニアさんだった……というわけさ。もうすこしはやく気づいていれば、話ができるうちに真相を聞きたかったんだけどね。まったく、ゴーナめ……」
ニアさんがゴーナを見て、やれやれと肩をすくめる。
ゴーナはふん! と鼻を鳴らして、廊下に座り込んでいた。
「ニアさんは、戦いを止める……というより、お流れにしてしまいたい側の死神だった。それはたぶん、ゴーナも同じだったはずだ。もっときちんと、話をしておくべきだった……と言っても、彼女がぼくに話してくれたとは思えないけどね」
蒼馬先輩はだれもいない廊下を見つめる。
ゴーナはその視線の先を、じーっと見つめていた。
「早々に戦う理由を失った怜央くんとイッペンさん。戦わないと決めていた緑くんとヨルさんと、優依くんとレーコさん。それ以外の四組が、じつはけっこう激しく戦っていたのは、知っていたかな」
えーっと。
まず6年生の飯田紫苑先輩と、ロック。
わたしのとなりで話している、5年生の真田蒼馬先輩と、ゴーナ。(脱落ずみ)
あとは、3年生の橋本美砂ちゃんと、ミナミさん。うーん、美砂ちゃんの性格的に、激しくやりあってそうだ。
最後に、目の前にいる2年生の佐伯広人くんと、ニアさん。
わたしが転校してきてから一ヶ月以上。この四組は、わたしたちにはおかまいなしに、戦って、『縁』のやりとりをしていたわけだ。
だけど、脱落者はまだ、蒼馬先輩だけ。
「そのあいだ、とくによく動いていたのがニアさんだった。かなえたい願いがあるシオン会長とぼく、そして暴れ回りたい美砂くんは、単純に自分の目的のためだけに戦っていた。そこで、広人くんにききたい」
広人くんはにやりと笑って、肩をゆする。
「きみの願いはなんだ?」
「……蒼馬先輩、それはふれちゃいけないとこじゃないっすか?」
かなえたい願い事……怜央くんはそれを口にしていたけど、シオン先輩や蒼馬先輩はまったく口外していない。
奇跡を起こしてでもかなえたい……その重みは、今のわたしにはわかる。
だから、軽々しく口にしたり、教えたりしたりは、みんなしていないし、してはいけないとわかっているのだ。
「あいにく、ぼくはもう脱落していてね」
「ずりー! まあいっか。もう終盤みたいっすし」
ニアさんを見てから、広人くんは両手の人差し指を「いいね!」って感じに立てて、蒼馬先輩に向けてぐいーっと突き出す。
「願いはないんすわ。ニアがいいやつだから、つきあってやってただけっす」
「きみはやはり、高潔なひとだね」
「コウケツ……って、ほめ言葉っすか?」
「もちろん」
「えー? じゃあ照れちゃいますよ?」
蒼馬先輩はにこりと笑い、「7-1」組のプレートを見上げた。
「ぼくはニアさんの側には立てなかった。ぼくにはかなえたい願いがあったからね。だけど今はもう、ぼくは『シノカ』を失った。なら、ニアさん……広人くんと、協力関係を結べると思うのだけど、どうだろう?」
「おれはいいっすよー。ニアはそこんとこ、どうなの?」
「……ああ、蒼馬が聡明だとは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。『シノカ』を失ったのは惜しいが、だからこそ今なら協力できるだろう」
「ニアもオッケーみたいっす」
「ありがとう、ニアさん。ではさっそくですが、『あれ』をどうするか……ですね」
うむ、とうなずくニアさん。
でも『あれ』って、なんだろう?
「見たほうがはやいから、新校舎にもどろうか」
わたしと怜央くんにそう言って、蒼馬先輩は出口をさししめす。
「蒼馬先輩、それより、なにが起きているかわかっているなら、ちゃんと説明してください」
「ああ。だけど、それにはふさわしい場というものがあるだろう?」
意外なことに、蒼馬先輩はお茶目にウインクをしてみせた。
「探偵が真相を語る場には、ちゃんとメンバーをそろえないと」
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