岬け家訓第67条『無視を通せば道義が引っ込む』

「岬優依です! いご、よろしくお願いします!」

 ぱちぱちぱち、とあたたかな拍手がわたしにふりそそぐ……どうだレーコさん! まず第一関門の自己紹介を見事果たしたわたしの勇姿!

 レーコさんとでくわした翌日、わたしは予定どおりにミサキ小学校4年1組に転入した。

 あのあと掃除をほったらかして姿を消していたわたしに、おとうさんとおかあさんはすこし……いや、けっこう……うん、かなり……怒っていたけど、それはもはや過去のできごと。

 わたしは無事、こうしてミサキ小学校4年1組、出席番号30番としてこの教室に立っている。

 ちなみに、ミサキ小学校はぜんぶの学年が、1クラスしか存在しない。

 4年生のクラスの人数も、わたしが転校というかたちでふえて、やっと30人。

 校舎はびっくりするほど大きいけど、そのほとんどはあき教室らしい。

 ちょっとぶきみだけど……いかん! レーコさんにまどわされるな。

「じゃあ岬さんは後ろの……好きな席を使ってね!」

 担任の先生が笑顔でそう言う。

 教室の後ろには、使われていない机とイスがずらーっとならんでいた。

 だが、「6×5=30」。この教室はたて1列6人が横に5列になっているので、つまりわたしがすとんとおさまるスペースはきちんとあるのだ。

 ふふふ、なに、かんたんなかけ算だよ。

 まあ、ひとめ見れば一発でわかることなんだけどね。

 わたしは迷うことなく窓際の6番目の席に向かい、よいしょっとランドセルをおろした。

「手伝おっか?」

 となりの席の女の子が、わたしの大にもつを見て声をかけてくれる。

「うん、ありがとう」

みどりぃ、ほっときなよそんな子」

「わたし、瀬名せな緑。よろしくね、優依ちゃん」

 緑ちゃんは見ていると心が落ち着く笑顔を浮かべている……けど。

 その後ろの席の机の上にだらしなく座っている女の子は、わたしにいやーな視線を送ってくる。

 緑ちゃんはほんわかしか見た目に反して、その子を完全に無視している。

 うーん、どうにも、よくないなあ。

 わたしに意地悪をしてくること以上に、無視はいけない。

「岬け家訓第67条! 『無視を通せば道義が引っ込む』!」

 いきなり腹の底から声を出したわたしに、クラス中がぎょっとこちらをふりむく。

 し、しまった……いつものくせで、つい家訓を大ボリュームで読み上げてしまった……。

 前にいた学校では、1年生のときからこんな調子だったのでまわりのみんなが勝手になれていってくれたけど、さすがに転校していきなりはだめだよね……。

「おいおい、こいつ、まさか」

「えっ、優依ちゃん、もしかして……」

 ありゃ? なんだかびっくりしている様子のおふたりさん。

 そのとき、ちょうどノイズの入ったチャイムがなった。

「優依ちゃん! ちょっときて!」

「え? でもまだ教科書とかが……」

「いいから」

 机の上からひょいと飛び降りた女の子を見て、わたしはあっと声をあげそうになる。

 その子はよく見れば、制服を着ていた。

 ミサキ小学校には制服はない。それによく見ると、その子はわたしたちよりもすこし大人びていて、小学4年生と言われると違和感がある。

 そして……その子が座っていた席。

「6×5=30」。かんたんなかけ算だ。

 わたしが座ったのは、横に5列ならんだうち、ゆいいつあいていた前から6番目の席。

 となりの席の緑ちゃんも、当然、前から6番目の席に座っている。

 なのに……なんで緑ちゃんの後ろの席に生徒がいるの?

 わたしの出席番号はいちばん後ろで、クラスは全員で30人なのはまちがいない。

「6×5=30」もぴったりだ。

 つまりこの子は……存在しない31人目の生徒……?

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